第40話 高台に迫る影
静まり返っていた廃倉庫群の一帯は、今は火薬と硝煙の混じる黒い風が吹き荒れていた。
レッドは窓辺から俯瞰して見据える。戦況はこちらが極めて劣勢だった。
ならず者たちは何十人と徒党を組み、遊撃で高台に向けて回り込もうとしている者もいれば、複数台の寄せ集めのスクラップ車を盾として進行する集団も視界に映る。
遮蔽物で身を隠しながらも、着々と距離を縮められていく一方に、レッドの表情に翳りが見えた。
分厚い鉄板を被せて括り付けただけの車両が、鈍重ながら即席の駆動式要塞のように寄せ集めの隊を組んで、一直線に高台へ進攻する。
そんな組織に対して、現状はレッド一人だけで対処しなければいけない。極めて芳しくない戦況であった。
「ナナちゃん! 近くにあるポーチから予備のマガジンを全部こっちに頂戴! それと絶対に立ち上がっちゃ駄目よ!」
レッドは声を荒げながらもナナに指示をする。劣勢を押し返す兆しが訪れるまでは、決して耐えらなければならない。
秩序無き世紀末の世では、生け捕りにされた女性が辿れる死様は碌な物ではない。
「これで全部です!」
ナナの華奢な両腕は銃声で震えていた。しかし、それでも自身の役割を全うしようと、健気にも足元まで運んでくれる少女の意志は揺るがない。
レッドは感謝を伝えようと口を開いた。だが、鳴り止まない騒音で声を遮られ──口元を歪ませる。
高台を叩きつけるような銃声音は激しさを増すばかりだった。怯える暇すら与えない攻撃の嵐の中で、レッドの指先に震えはない。
割れたガラス片から敵の位置を把握すると、注がれ続ける弾丸の雨に怯えず、冷静沈着に反撃を繰り返す。
レッドは遮蔽物の陰から身を出さず、ちらりと覗く銃身を窓枠に突き出すと、四倍率スコープに映り込む存在を狙撃する。
風の巻き返しを自身の能力で視認し、あえて照準を僅か左に逸らす。引き金を絞り、弾丸は空中で軌道が変化すると、狙った通りにならず者の頭蓋を吹き飛ばす。
自動排莢されるドラグノフ狙撃銃に新たな一発が薬室に滑り込み、静かな射撃音を響かせて、撃ち倒した相手から次の獲物に狙いを移す。
“カチン”最後の一発を告げる乾いた音。
レッドは即座にマガジンキャッチを押し込み、空の弾倉を蹴るように投げ捨てる。
次の一本を取り出し、ドラグノフのマガジン挿入口に斜めに差し込む。ボルトを手早く引き、薬室へ確実に装填したことを確認する。
ストックに頬付けて、レッドは深い呼吸を数回繰り返す。
息を止める。トリガーに掛かる指に力が伝わると、照準のクロスヘアに収めた者を次々に仕留めていく。
射線の全てを射抜く勢いで発砲された口径7.62×54mmR弾が、碌に狙いを定めずに放たれる弾丸の猛威を掻い潜り、仕留める。
しかし、戦闘の濃さは増していくばかりだ。いくら優れた狙撃手でも、一発を撃つ間に十倍以上の弾丸が迫りくる戦況は打破できない。
次第に遮蔽物として身を隠した壁も厚みが薄れていき、突き抜ける穴は増えていく。高台へと差し迫ったならず者たちの笑い声が、屋外から膨らんで重圧をかけてくる。
「チッ! また弾切れ!」
下唇を噛み締め、叩き落とすように空になったマガジンを放り捨てる。並べられた残り少ないマガジンの数に悪態を吐くも、やるべきことは変わらない。
「あの! 何か手伝えませんか!?」
ナナは不安を堪えた非力な声を絞り出していた。
そこには自身の無力さを歯痒く思う一方で、レッドを案じる気持ちが滲み出ている。
怯えたナナと視線が交差したレッドは、険しさが押し寄せる中で、余裕を失っていく自身の張り詰めた表情を一喝する。
「──ええ。じゃあ、あたしが必ず勝つことを祈って! ナナちゃん応援頼むわよっ!」
両手で頬を勢いよく引っぱたく。レッドはジンジンと痛む頬を広げて、ナナに向かって余裕の笑みを浮かべた。
「作戦変更よ。籠城戦といきますか!」
レッドは気合を入れ直し、勝気に銃器を構えた。
再装填を済ませたドラグノフ狙撃銃を抱え、姿勢を低くして銃弾が撃ち込まれる射線から、素早く出入口に向かって移動する。
高台を訪れた時、シロウに言われたことを思い出す。
レッドは“登る程度は耐えられる”老朽化した階段の支柱に向けて狙撃を開始した。
野太く、粗暴な声が地上から這い上がっていた。危険はすぐそばまで来ている。
レッドは息を吐き切り、階段を支える四本の支柱を削るように的確な猛連射をしていく。
銃身の先端から熱で煙が立ち昇り、スコープの視界が霞む。歯を食いしばりながらレッドは視線をズラして照準を修正した。残りのマガジンは数少ない。
しかし、惜しむことはできない。
ドラグノフ狙撃銃のバレルに取り付けたサプレッサーの耐久度が高温で真っ赤に弾けても、射撃音は鳴り止まなかった。
支柱の三本が砕け、折れ曲がった階段からは悲鳴とともに、落下するならず者たちの姿があった。中途半端に折れ曲がった階段は、軋む音を立てて左右にふらついている。
その様子を落ち着いて観察する者たちがいた。
地上から見据える二人は陽炎のように揺らめき、身のこなしは素早い。レッドの身を乗り出した必中の狙撃に対して、落下して負傷した者たちを、何食わぬ顔で肉壁として狙撃を防いでいく。
“カチン”撃ち尽くしてしまったドラグノフ狙撃銃が、空の薬室を覗かせる。
満を持したように、ならず者たちは動き始めた。
両手にはそれぞれ湾曲したククリナイフを握り締めている。
不安定に揺れる階段を飛ぶように駆け上がっていく姿は只者ではない。
二人は近接戦闘を得意とした軽装で、陽射しの反射を抑えるために、目元を黒い煤のようなものを塗っていた。
器用に体勢を崩さずに襲い掛かる二人は階段の手すりを蹴って、体を捻ると踊り場を飛び越えた。レッドが待つ高台の外部へと、丈夫な足場に向けて一気に跳躍する。
そして堂々と足並みを揃え、同時にレッドの元へと着地をした。
影が揺れ、獲物を狙うギラリと光る眼光は、“殺す気満々”の笑みを吊り上げていた。




