密使・Mission・Missing
私に名前はない。偽名は多いが本名は捨てた。
敢えて名乗るなら黒風。識別のため、仲間からはそう呼ばれている……
どうして私が人探しのような雑役を遂行せねばならぬというのか?
しかも当の探し人は名前や人相すら不明で、二つ名とその噂が広まっているだけだという。
それでは任務として成立しないはずと思ったが、噂の内容がなかなかに苛烈だ。
銀角という賞金稼ぎがいる。
相見えたことこそないが、かの者の逸話は枚挙に暇がない。
敗北すらも糧とし、鍛え直して頂きへと挑み続ける不撓不屈の精神は、私も模範とすべきものだ。
しかして、その鋼のごとき心を折った者がいるというではないか。
なんでも人目を憚ることなく涙を流し、洟を啜っていたのだという。
噂の真偽は定かではないが、噂が流れているのは事実。
そして本人は、その噂について不干渉の立場を貫いており、それも事実。
そのことが噂の信憑性を上げてしまっている。
まあ、不名誉な噂を払拭しようと動けば、必死だ無様だと余計に勘繰る輩もいるだろう。
銀角ほどの人物ならば下手に口を挟むことはせず、その後の行動で示すに違いない。
そこへ来て私の出番というわけだ。
任務の内容は存在すら不確かな、泣かし屋なる人物の捜索。
噂が無根ならそれでよし、そうでない場合は秘密裏に接触して引き抜きの打診を試みるという。
だが、私にはもっと相応しい任務があるはずなのだ。
たとえば、悪の秘密結社に潜入し、首魁を誅罰するような……
もっと世のため、人のために広く貢献できる任務こそが、私に課せられるべき天命に思えてならない。
とはいえ、任務は任務、旅客を装った丙六番旅装に身を包み、エスト猟獣会を目指して進む。
その者は私を見るなり「違う」「おかしい」を言い放った。
制圧することは容易く思えたが、場所がよろしくない。
駅の中で騒ぎを起こせば、私とて放免とはいかない。
しかし、それは向こうも同じはず。まずは冷静に対話を試みるべきだ。
話を聞くにつれ、真相が明らかになっていく。
見抜いたというよりは、違和感を覚えた程度だったようだが……
我ながら恐ろしいな……隠蔽してなお周囲を慄かせてしまうこの貫禄が。
これは大いに任務の妨げに成り得る。配置転換を願い出なくてはならないのでは?
いや、そうに違いない。戻ったら進言すべきだな。うん。
駅の酒は少々高いがこれは必要経費だ。情報料として申請すれば通るはず。
なるほど、泣かし屋などというハンターは存在しないのだな。
なんということか!四日目にして任務を達成してしまったぞ!
……いや、報告を終えるまでは達成とは言えないか。
明日からは帰路に就くことになるから、彼らに同行するとしよう。
お互い賊避けも兼ねられるし、私のことを口外されないよう、監視の側面もある。
まあ、蒙昧な風来坊ではないようだから、迂闊なことはしないだろう……
というより、自発的に迂闊なことを避けてくれそうでもあるが……念のためだ。
一つ目の駅を過ぎ、次の駅までの中間に差し掛かった辺りで怒声が聞こえた。
丘に沿って街道が大きく曲がっている場所だ。
丘のせいで視界が遮られ、待ち伏せにはお誂え向きというわけだ。
視界が開けて状況が見えて来る。
旅人らしき側は二名、対する追い剥ぎは三名……他にも隠れているかもしれない。
意外にも旅人側が抵抗を続けており、このまま行けば加勢することができる。
そうなれば追い剥ぎを撃退することも――
「あれは演技だ。あそこにいるのは全員、賊だね」
後ろから声が聞こえた。
言われてみれば、第一声が聞こえてからここまで、誰一人怪我を負っている様子が無い。
互いの武器がぶつかって派手な音を立ててはいるが、身体に当てる気が無いかのような振り方。
まるで相手の武器に自分の武器を打ち付けることが目的のように見える。
「どこで気付いたんだ?」
「なんだか匂いが同じらしい」
「寝床、ごはん、おんなじ」
「丘の上に見張りでも置いて、我々が通りがかったのを合図に芝居を始めたのでは?」
加勢に入って三人を相手にするつもりが、加勢に入られて五人を相手取ることになるわけか……
「このまま救援に行くと見せかけて、先に旅人役を倒してしまうのはどうだろう?」
「貴殿――いや、あんたなかなか酷い人だね……脇に吊ってる槍を組み立てて渡しておくれ」
「こういう場合の……あー、刑罰というか処置というか……」
「殺しても問題ないよ」
「殺すのかい?」
なかなか酷い提案をしてきたくせに、人を手に掛けたことは無いらしい。
ただ、躊躇とはちょっと違うな……覚悟を決めるのに理由か時間が必要なタイプか。
「いいや、アジトに戦利品を溜めてるかもしれないし、半殺しでいこう」
槍を受け取る際、後ろで「ぶち」を付けるとか聞こえたが、もう問い返す時間もない。
「加勢するぞ!」
大きな声で言い放つと、旅装の二人がこちらへ寄って来た。
「ありがてえ、助かっ――ダェアァァ!」
さかさず太腿を刺し貫き、動きが止まったところに柄を振り下ろして腕を折る。
いや、本当に折れたのなら達人らしくて格好良いが、武器を取り落としたのでそれでよし。
「てめぇ!何てことしやがる!」
配役も忘れて追い剥ぎが詰めて来る。こんなに素直に語るに落ちるのを見たのは初めてだ。
「加勢するって言ったよ?それとも無用だったかな?」
その後は一方的だった。
普段から数の優位で脅すのが手口だったようで、心得を持つ者はいなかった。
ハンターたちは丘の方へ行き、見張りを捕らえて引きずって来た。
後はこいつらを縛り上げて、次の駅で通報か……そちらの方が面倒そうだ。




