塞翁が馬
「ほう、違うと?おかしいと申したか?」
「あっ、いや、すまない。こちらの話なんだ」
なんだか馬の人?人の馬?の目つきが変わりましたよ。
「それは無理筋というものだろう?今のは明らかに私に向けられたものだ」
言葉遣いも変わっています。
「厳密には世界そのものに対する指摘なのだけど……まあ、ドラゴンがいるなら今更か……」
「参考までに聞かせて頂きたい。私のどこが不自然だと見抜いた?」
おや?別に怒っているわけではないみたいですね。
「見抜いたというのが正しいのかはわかりませんが、違和感という意味なら体つきですかね……もちろん下世話な話ではなく」
体つきからすると女の人でしょうか?それともメスですか?よくわかりません。
「それもおかしな話だな……私の体格と身なりであれば、せいぜい多少の心得がある旅人にしか見えないはずだが?」
「なんと言うか……重心とか分布に説明が付かないと言いますか……その」
「なるほど、足運びや秘めたる風格は……フフ、努めて隠しても、隠し切れるものではないということだな」
「あー……こういうタイプか……」
なんだか人の馬は勝手に頷いてしまいました。
「あまり触れ回ってもらうと困るのだが、私はいわゆる密使というやつでね」
「……あまり、向いてないように思いますが?」
「そうだろうそうだろう。何ゆえ私が人探しなどという些事に従事させられねばならぬのか」
「それは……当然の帰結と申しますか……」
ごすじんの顔から苦笑いが取れません。ずっと張り付いたままです。
「なるほど、妬みや嫉みが評価を歪めていると言いたいのだな?」
「評価が捻じ曲がってしまうのはやり切れないですよね」
「ほう、貴殿も身に覚えが?」
「あ、いえ、恒常的に普遍的で一般的な話です。はい」
ごすじんが嫌がっているみたいですが、ごすじんを困らせる悪いやつではないみたいです。
それに、ごすじんが私の首を捕まえています。締めてはいないので苦しくはないですが、これは注射の時の動いちゃダメの儀式ですね。
ということは、私が何かするとごすじんが困るということです。
しょうがないので「ぐるる」も「ウー」も我慢しますよ。
「もし良ければ、テーブルが空くまで待つより、相席を提案させてもらうが……如何かな?」
「いえ、お構いなく……おとなしく待ちますので」
「貴殿の慧眼に敬意を表し、ミードを一献振舞わせてもらいたいのだがね」
「それは是――いえ、頂く……理由がない、ので」
「ならば食事の間、情報収集への協力、その報酬というのはどうだろう?」
「それなら、まあ……」
ごすじん?
ようやくごはんの時間ですよ。
ごすじんと一緒に座って、運ばれてきたごはんを見ます。
これはなかなか美味しそうですね。
「貴殿からは有用な情報が得られそうだ。何せ私の偽装を見抜いた眼を持っている」
「買いかぶりでは?」
「そうかな?情報の価値は知る者ではなく、知りたい者によって定められるものだ。だからこそ、誰かの何気ない一言が勃興をも左右し得る」
「それも少し大げさなような気がするけど……」
「まあ、私が色々と尋ねるから、貴殿は答えられることを答えてくれれば、それでいい」
「答えられること……では、内容によっては答えなくても構わない、と?」
「もちろん、そのミードで洗いざらい聞き出そうなんて考えてはいないさ。まあ、気にせずグッといきたまえ」
「では、ありがたく――」
「初めは……そうだね、泣かし屋と呼ばれているハンターの噂を聞いたことはあるかな?」
「ぶホァ!」
ごすじん?
「おや、聞いたことがあるようだね?それとも、貴殿も泣かされた覚えがおありかな?」
「ゲッホ……ゴホ、噂は聞いたことがあります……」
「なるほど、では接触は?」
「噂は聞いたことがありますが、その噂はデマ――出鱈目ですね」
「ふむ。なぜ出鱈目だと?」
「そんな噂に合致するハンターは、実在しないからです」
「実在しないという証拠まで掴んでいるというのか。それは有益な情報と言えるな」
「泣かし屋の噂を調べるのが、仕事だったのですか?」
「おっと、立場上口外できない事はある、そこは心得ておいてもらいたい。どこから、そして何まで話すかだが、そうだな……貴殿、銀角と呼ばれている賞金稼ぎをご存じか?」
「ええ、まあ……」
「たとえ敗れても鍛え直して挑み直す、という不屈の武人でもあるが……噂の泣かし屋はその不屈の心を折って泣かせてみせたという」
「そんな噂が立ったら本人が黙っていないのでは?」
「本人は否定も肯定もしないで静観している。だからこそ噂の真実味が増した面もある」
「それを確かめる必要があった、それが使命ということですね?」
「話が早いな……これは内密だが、もし実在すれば引き抜きも視野に入れて接触する予定だったのだ」
「やっぱり密使のお仕事……向いてないと思いますよ」
「エストまで赴く手間が省けた。報告にも余裕ができたな……やはり私には人探しなど役不足なのだ」
「私の証言だけで済ませていいんですか?裏を取る必要などは……?」
「私の偽装を見抜くほどの眼を持つ人物、その証言を軽視するほど、私の眼は節穴ではない」
「それは暴論のような気も……」
「貴殿は猟獣会の符で宿泊、つまり証言が虚偽と判明した場合、猟獣会に働きかけて追うことができる。だから嘘を吐く危険は冒すはずがない。違うかい?」
「いえ、おっしゃる通りですね」
ごすじん、ごはんが冷めてしまいますよ。食べなくていいのですか?
わたしはもう食べ終わってしまいましたよ。




