質量を持つ絶望
「私は……もう、駄目だ」
ごすじんが、息も絶え絶えに伝えてきます。
「これ以上は……無理みたいだ」
顔は青白く、唇は紫色になってしまっています。
弱気はダメなのです、気をしっかりと持つのです。
どうしてこんなことに……
今日はヤギを狩りに来ていました。
ヤギはクマの好物なので、クマが街に近付いてこないよう、先に狩ってしまうのです。
ごすじんと一緒に出発して、ヤギを仕留めたのですが、雨が降ってきました。
雨宿りのために、でっかい木の下に移動したのですが、空がゴロゴロ鳴りだしました。
ごすじんが言うには、このまま木の下にいると危ないのだそうです。
なので、近くにあったほら穴に避難しました。
ほら穴の中は、壁に生えた苔がぼんやり光っているので、真っ暗ではありません。
そこに……やつらが居たのです……
ほら穴に入る前に、中に危険なものが潜んでいないか、匂いを確認したはずなのです。
それなのに、それなのに……
「あ、うぁ、私の事は、気にするな……これからは――」
いけません!
ごすじんの言葉でも、それは受け入れるわけにはいかないのです。
弱音を吐いてしまうのは、誰にでもあることです。
だから、別に構わないのです。でも――
「諦める、だめ!」
こんなのは私が蹴散らしてしまえば済むだけのことですよ。
やつらは何もしてきません。
ほら穴の中を、ただ這いずり回っているだけです。
胴体はずんぐりむっくりで、ごすじんの靴と同じくらいの大きさがあります。
黄色と紫のしましま模様で、表面が濡れているみたいにつるつるテカテカしています。
虫?のように見えますが、翅は無いみたいです。
長い触角をふいんふいん動かしているのは、周りを探っているのですか?
足は後ろの足だけやけに長くて、ギザギザのモジャモジャです。
やつらはゾロゾロと、足の踏み場も無いくらいにたくさんでやってきました。
ただ、それだけです。
私たちを狙っているようには見えません。
ぶつかったり重なったりしながらモソモソと動いていますが、何かしてくる様子はありません。
それどころか、ぶつかったときに足が取れたり、触覚が取れたりしています。
でも、こいつらがごすじんを苦しめているのは確かなのです。
ごすじんの腕は、鶏肉みたいにプツプツが浮き出ています。
私には効いていないので、どんな方法を使っているのかがわかりません。
だったら、何もできないようにしてやるまでですよ。
ごすじんがよく飲んでいたお茶とか水、あれの入れ物を踏ん付けたような感触がします。
ちょっと硬くて、ちゃんと踏まないと転がっていきますが、上手く体重をかけたらペコッと潰れるやつです。
こいつらは転がっていかないし、今の私は、あの頃よりも重たいのです。
ごすじんをいじめているのはお前か?それとも、お前か?
踏んづけるたびに、黄色い汁が飛び散ってぬるぬるしますが、気にしません。
「アー!ウワァー!」
ごすじんが悲鳴を上げているのに、気にしている余裕なんてありません。
たまに飛び跳ねるやつもいますが、噛み千切ってぺっします。
硬そうな歯ごたえなのに、簡単に牙が通りますね。
殻が薄いのか、中身が柔らかいのか、だと思います。
噛んですぐのところは、苦くて酸っぱいのですが、その奥の身からはトロっとした甘みを感じます。
でも、味わっている場合ではないので、すぐにぺっしています。
「アッハハ……大きい。彗星かな?」
「おーい、誰かいるのか?」
む?穴の外から声がしました。別の人が来たみたいです。
動けなくなったごすじんを引きずって、声の方に向かいましょう。
私にはどうすることもできませんが、他の人ならごすじんを助けられるかもしれません。
「雨の日にここに入るなんて……無茶なやつらだな」
あ、とんがり耳が顔の横から生えていますね。
前に会ったとんがり耳の人は、よく分からないことを言っていましたが、この人は大丈夫そうです。
「あんたは平気なのか?そっちの人は……ダメみたいだな」
ごすじんは気を失っているようです。
とんがり耳の人は、荷物から小さい箱を取り出すと、ごすじんの鼻に近付けます。
「ふがっ?う、私は……あれ?ここは?」
おお!やったのです。
少しだけ蓋を開けると、ごすじんが目を覚ましました。
箱からは何とも言えない匂いが漂っています。
「この洞窟は、雨が降るとオゾケクツムシの巣窟になるんだ。知らずに入ったのか?」
「雨宿りをしようとしたのだけれど……オゾケクツムシ?」
「あー……それについては、思い出そうとしない方がいいだろう」
「すまない……ちょっと遅かったみたいだ……この世の恐怖を凝縮したようなアレが、そうなのか」
「思い出してしまったか……まぁ、しばらくは夢に出るかもしれないね」
ごすじんが落ち着いたのを見て、とんがり耳の人が話を始めました。
「この洞窟は奥に断層と言うか、高い壁が聳えていて、その下に池があるんだが……
雨が降ると小川が出来て、一時的に滝ができる。きっと上の層のどこかが地表に通じているんだ」
よくわかりませんが、雨の時はいつもと違うということですね。
「小川と滝で流された奴が上から落ちてくる。で、あいつらは飛べないから上に戻れない」
「だからあんな光景が……」
「基本的には無害なんだけど……目の毒だ、気を付けなよ」
「ああ、覚えておくよ……ありがとう」




