うたかた
魚の人は首から上だけを水から出してごすじんと話しています。
「確かに私は君たちの事を何も知らないが、君は地上の人間について詳しいのかい?」
「んだな。オラ普段は漁港の近くに棲んでるだ。陸の人の事は漁師連中から教わってるべ」
「普段は……?」
「んあぁ、旦那様を探しにな、遥々ここまで遡上してきたのっす」
「一人でかい?」
「……」
魚の人が鼻のあたりまで水に沈んでしまいました。
「何か答えづらい質問だったかな……なら、無理には聞かないよ」
よくわかりませんが、ビミョーなオトシゴロというやつなのですか?
「オラ生まれはここじゃねえべ、だども最近流れを堰き止めてる壁が無いなったからな」
「そういえば野営地の堰が壊されたとか聞いたなあ」
「まだ見ぬ旦那様を求めて鰭さ扇いでみたんだべ」
「旦那様は見付かっ……いや、忘れてくれ」
「言い切ってんのとおんなじでねぇか」
耳?ヒレ?がパッと広がっています。
あれは怒っていることを見せ付けているようですね。
「すまない。失言だった」
「お詫びにオラと契ってもらっても構わねえぞ」
「そもそも生活圏が違いすぎるだろう?一緒に暮らせないじゃないか」
「オラとしちゃ、子供をこさえられりゃそれだけでも……」
「いや、それが一番の問題なんじゃないか?」
「オラが子供らは手ぇかかんねえぞ?卵ん中で育って出てくるし、そっから育つための養分は自分の腹に抱えてっからな」
「まず、過程が……いや、孵る卵が成立するかどうか、それすら分からない」
「つれないお人だよぉ」
次はヒレ?がしおしおになりました。
なかなか面白い人みたいですね。
「同族から見つけるという選択肢はないのかい?」
「そったらこんなトコ、一人でやって来るわけがねえべ」
「あぁ……」
「どいつもこいつも、オラが歌ぁコケにしくさって、鰓にフジツボ生えちまえばいいんだべ」
「そんなに悪く言われるほどかな……?」
「オメ、あいつらの味方すんのけ?」
「そうじゃなくて、君の歌が、だよ」
「オメやっぱし、オラの旦那様でねえか」
「その話は一旦置いておこうか」
「歌。じょわじょわ、べーべー?」
「うん……まあ、そういう感想もあるだろうね」
「何がいけねえのか、教えっちくれねえだか?」
「すまないが、君たちの歌についての基準が分からない。良さも悪さもわからないよ」
「だども、悪く言われるほどか言うたでねか」
「普通の歌を聴く機会があれば、それと比べての差し出口はできるかもしれない」
「んなら、普通のん歌ってみるのっす。ちゃんと聴いとくんだべ」
♪――
ラーラーラー
フゥゥー
アーハー
ルールルー
フーワー
――♪
おお、今のは普通に聞こえました。
何もおかしくない普通の声です。
「これは……普通だね」
「ああ、普通だべ。なーんの面白みも無え普通の歌い方だ」
「それが嫌なのかい?」
「当然だあ」
「あと、最初に聞こえていたものは、複数の声が同時に出ていたような……」
「違いの分かるお人だなあ、聞き分けていたんだべ?」
最初に聞こえた音は、混じった変な音だったのですが、ごすじんは同時に鳴った別々の音として聞いていたみたいです。
「オラたちは喉からも鰓からも声を出せるんだべ。喉から出す声はキンキンのピーピーで、鰓から出す声がガラガラのドスドスだ」
「一人で高音域と低音域を担当できてしまう、ということか」
「だども、みんな喉でしか歌ってねえ。そんなのは変だべ?勿体ねえべ?」
「だったら両方使って歌ってみよう……と、思ったんだね?」
「流石だなあ。分かってるなあ。子供は何人がいいべ?」
「必要ない、かな?」
「勢いだけでは押し通せねえか……」
「ただ、聞き分けることが出来たということは、差を感じたということでもある」
「差、だべか?」
「まあ、私は義務教育の音楽の授業くらいしか、含蓄が無いんだけどね……」
「ギムキョーイク?」
「よっく分かんねけど、なんとなく頼もしいべ」
「和音として奏でることが出来たら、もっと良くなるんじゃないかと思う」
「わぉーん!」
何だか魚の人がかわいそうに見えてきました。
ごすじんの「良くなった、もう一回」という合図でド・ミ・ソーとかレ・ファ・ラーという謎の声を上げ続けています。
目も鱗も水気がなくなってきたような気がします。
このままだとカラカラに乾いてしまうかもしれません。
というか、調査依頼はもういいのですか?
「今度はドとミを同時に出してみようか」
おお、この声はじょわじょわ聞こえないのです。
「次はドとファの組み合わせだ」
これも、ぎゅーぃぎゅーぃしていませんね。
「じゃあ、ドとソ、行ってみよう」
音が混じるのとは違いますよ。重なって別の新しい声になっているような……
「高いレと低いレを一緒に」
耳掃除をしていないのに、まるで耳クソが消し飛んだみたいにキレイに聞こえます。
「私の知識ではこれが精いっぱいだから、あとは自分で磨き上げてくれ」
「わかったのっす。これで近海イチの旦那を釣り上げてやるんだべ」
魚の人は実はすごかったのですね。でも、それをできるようにしたごすじんはもっとすごいのです。
「ただ、オメなかなか酷いお人だべな……」




