獲らぬムジナの皮算用
「士長、報告を」
「先日、ヤーゴット領で民衆を扇動し、おかしな風潮を作ろうと画策した者がおりました」
「うむ、そこまでは把握している。その後は?」
「賛同者を率いて猟獣会に現れ、揉め事を起こそうとするも失敗に終わった模様です」
「オオムジナは未熟なれど獣人なのだから保護しろ、だったか?」
「は、間違いありません」
「その後、一人になるまで待ち、秘密裏に捕縛いたしました」
「近隣の領か、はたまた他国か、糸は手繰れたかね?」
「いえ、それが間諜や工作員の類ではなく、単独犯だったようで……」
「ハテ?かなり高度な教育を受けているようだと聞いていたが……組織的なものではなかった?」
「はい、基金?とやらを作り、篤志家を募ってその金で贅沢をするのが目的だったと述べています」
「白を切っているのか?どう見ても、目的は領の発展の阻害だろう?」
「オオムジナの保護に賛同するものを集め、討伐の中止を訴えて事件にし、売名する気だったようです」
「それは奴らの跋扈を奨励し、治安を崩す、その下準備として不和の種を蒔いたのと同じことだが……」
「その辺りは、まったく想定していなかったようで……こちらが現時点での調書となります」
「そもそも、オオムジナを保護すると壮語して、金を出す者がいるのか?」
「元居た場所では、それに似た活動が生業として成立していたと言っていました」
「元居た場所……とは?」
「それがどうにも的を射ず、モクヒケン?や、ベンゴシ?に、タヨウセイ?など意味の分からないことばかり……」
「気狂いの類だったか」
「受け答えの最中は、まともに話が通じていましたし、言葉の意味は不明ながら、自己消失している様子はありませんでした」
「意識は保っているものと判断し、拷問へと切り替えたのですが、六度目に鞭を入れた際に逃げられました」
「あー……どっちの逃げた、だ?」
「生きることのほうです」
「たった六度の鞭打ちで、逃げた……体を捨てたというのか?」
「申し訳ありません」
「いや、判断を誤ったとは思っていない。私でも、そう指示するだろう」
「何か残した言葉などはあったか?」
「覚悟や気構えを持った状態とは思えず、伝え残すようなことは何も」
「……それもそうか」
「ただ一言……チョバチョブ?という声を聞いています」
「チョバチョブ?それは断末魔というやつでは?」
「いえ、叫ぶということもなく、何かを嘆くかのように発せられました」
「まあ、あまり気に病むな。尋問中の事は罪に問われない、相手が現世から逃げ出しただけだ」
「痛み入ります」
「しかし、困ったことになったのも事実だ」
「重ね重ね、申し訳――」
「そうじゃない。君の報告がどうであれ、処置は決定されていた」
「処置……ということは、やはり?」
「ああ、そして再発を防ぐために、見せしめが必要だったのだが……」
「見せしめ……そこまでですか?」
「領主がいる地で民を扇動し、非公認の組織を作ろうとした……と、上層部は判断した」
「内乱の誘致に当たると?」
「まあ、そう捉えられても不思議ではないからな」
「確かに、内部的には権力構造を持ち、外部にも影響し始めている様子でした」
「不本意だが、代役を立てるぞ。顔が知られていない死刑囚に哭いてもらおう」
「内乱罪ともなれば、残忍な処刑方法になってしまいますね」
「もともと死刑囚なのだから、皆それなりの行いはしてきている……少しは同情もするがね」
「背格好が近いものを選定いたします」
「言うまでもないことだが、この場の話は……」
「は、外部には漏れぬよう徹底します」
「馬鹿な貴族が、概略だけでも模倣しないとも限らんからな……だからこその見せしめだが」
「今回の調書については如何しますか?」
「部分的には有効活用できそうだが……だからこそ破棄だ、燃やしてくれ」
「すべて燃やすのですか?」
「書庫に収めてしまえば、誰の目に触れるか分からない。新しい悪用の仕方を思い付く者がいたら困る」
「では、そのように」
「任務に対して、虚しさや罪悪感を感じてしまうかね?」
「そのようなことは……いえ、あるのかもしれません」
「これは独り言だが……」
「はい?」
「卑下することはない。馬鹿な貴族が治める領があっても、国が回るのは君たちの働きあってのことだ」
「ええ」
「表立って賞賛される機会はないが、私は君たちを誇りに思っているよ」
「光栄の至りです」




