残ネズミの鼠算
ああ、やはり素晴らしい。
こうやって毎月の収支を確認している瞬間こそ何事にも代えがたい至福と言えるだろう。
……いや、少々言葉が過ぎるね。
晩酌にも劣らない愉悦、あたりが妥当か。
何度見直しても、数字が変わることなどありはしない。
いや、変わってもらっては困るのだがね。
これは記録であり、事実だからだ。
そして、その推移を私が確認しているという現実。
これは、揺るがない数字に支えられた私、という盤石な存在を実感する行為に他ならない。
受付の方が騒がしいね?
また何か揉め事でも発生したのだろうか、まったく血の気の多い連中だ。
巻き込まれて怪我を負うなど愚の骨頂。
決着が付いたら、自然に静かになるだろう。
その頃を見計らって向かうとしよう。
……そろそろいいかな?
「ハンター同士の揉め事は困――」
「揉めてないニャ!めーでーめーでーえすおーえすニャ!」
「……つまり、揉め事ではないのですか?」
「ヒツカキの巣をたくさん暴いたから、お駄賃ウハウハを期待しながら帰ってきたら、どこもかしこもモリモリのブリブリなのニャ」
「あー……私は獣人諸君の方言には明るくないものでね、もう少し共通語で話してもらえないか」
「僭越ながら、補足させていただきます。
各人の探索範囲における巣の数が、例年の倍に達するほど発見されており、
掃討作戦の規模を見直す必要がある状況です」
「……流石に今更、まして今からどうにかするのは難しいね」
「ニャーも姉ちゃんも他の人も、みんな初め自慢してたけど、アレ?ってなったのニャ」
「とりあえず、巣の件は全会で共有を。私はちょっと対応を考える」
奴らは町ネズミなどの小型とは違い、繁殖期は年に二度しかない。
ふむ……前回の掃討作戦は問題なく完了し、想定をやや上回る駆除数を記録しているね。
掃討後は、日を置いて個体数の観測もしている。
……となれば、逃れた個体が、偶然にも全て子沢山だったとしても、巣の数が倍というのはおかしい。
考えられるのは、掃討作戦以降に繁殖以外の要因で増えたことだね。
いや、むしろそれしかないのでは?
そういえば、どこかの商会が取り潰しになったとき、いろいろな噂があったね。
解き放たれれば街が滅ぶような、何かを持ち込んだような話も混じっていた。
確かに猛獣でなくとも街は滅ぼせるが……飛躍し過ぎかね。
ただ、あの当時、倉庫を新調・改修、それも石材や板金にした店舗があるのはキナ臭いねぇ。
まるで今期の掃討作戦が、不振に終わることを予期していたかのようじゃないか。
まあ、あの件には首を突っ込んではいけないと決まっていた。
いまから掘り返しても無駄だろうし、今の地位を捨てて調べるほどの義侠心なんてものもない。
通達すらなかったということは、それが必要ないほど猟獣会が信頼されている?
または、私が軽く見られているか……後は、影響を想像できない馬鹿が遮断したとか?
そもそも本当に関係ないのかもしれない。
なんにせよ、現場は現場が回すしかないのだがね。
対策を考えるとは言っても、正直なところ打てる手段なんて限られている。
ただ、あると言えばあるのさ……最も効果的なヤツがね。
しかし、これは同時に諸刃の剣でもある。
これを機におかしな前例として定着してしまったら、私の落ち度になってしまう。
だが、それでも、損害を受けなかった倉庫の中身を、高値で売ろうと算盤を弾いている商人の顔を想像すると腹立たしい。
待っているだけで商機が巡って来るなんて、羨ましい事この上ないじゃないか。
なればこそ、私は今ここに裁定の槌を振り下ろす。
「おい、聞いたかよ?掃討作戦の参加報酬が五割増しだってよ。受付がスゲーことになってんぞ」




