前提は大事
今日はごすじんと一緒に、この前のお店に向かっているのです。
試作品だったパチンコと鉤手甲ができたから、受け取りに行くのだそうです。
鉤手甲というのは、手に付けるハーネスのことなのです。
違いました。ハーネスに似ているけれどハーネスではなかったのです。
でも、名前がなかったから、ごすじんの呼び方が名前になってしまったらしいです。
うーん、難しいですね。
それにしても、できたというのはどういうことなのでしょう?
この前は試作品だから渡せないとか言われましたが、あれはできていなかったということですか?
狩りに使うためではなく、形を確かめるためだったと、ごすじんが教えてくれます。
昔見た、お店の前のガラスに並んでいる、ごはんの匂いがしないごはんの偽物みたいなものでしょうか?
やっぱり難しいですね。
だから、ごすじんはすごいのです。
どのくらいすごいのか私にも分からないということは、とてもすごいということなのです。
おや、前から怪しい人が来ます。
この人はごすじんに用があるのでしょうか?
ごすじんの進路を見ているようですが、じっと見てから、急に見てませんと言い訳するみたいに下を向くのです。
視線の切り方がおかしいですね。
それに、私は気づいているのです。ごすじんの歩幅が変わったことに。
「あ、ごめんなさ――はぇ?」
怪しい人は何もないところで転び、誰もいないのに謝りました。
これはあれですね、ごすじんに用があったわけではなく、ごすじんに用を作ろうとしたのですね。
ふふん。歩いているごすじんにぶつかろうなんて、身の程が分かっていないようですね。
偶然を装っているつもりだったのですか?
ごすじんはだいぶ向こうから気付いて、間合いの調整をしていましたよ。
手も足も届かないから勝手に転んだことにしかならないのに、ごすじんが何をしたと言えるのですか?
ごすじんは見ようとしていないけれど、見えているのです。
私も、なかなかできるようになってきたのですよ。
今みたいな、見ていたけれど見ていないフリとは違うのです。
特にごすじんは、年季が違うというやつなのですよ。
ごすじんにぶつかるなら頭は低く、お尻は高くして、今から行くぞと合図するのがコツなのです。
こちらを見て両手を広げ、片足を半歩引いたら、それが準備完了のお返事なのです。
突貫せよとなるわけです。
そんな前提すら知らないのなら、ボール拾いから積み重ねたほうがいいのですよ。
まあ、ボール拾いも前提は大事なのですけれど。
重要なのは、ボールがごすじんのものだということ。
ごすじんはボールを捨てているのではないのです。
だから、拾ったボールを自分のものにしてはいけないのです。
私が、ボールを追いかけるのが好きなことを知っているから、投げてくれるのです。
そしてボールを届けると、褒めて貰えます。
ボールを返すと、また投げてくれます。
それをまた届けると、またまた褒めて貰えます。
でも、ボールを返さないと、次を投げて貰えません。
つまり褒めて貰えないのです。
この喜びの連鎖を自分から断ち切るなんて、なんともったいないことでしょう。
いえ、もったいないどころか罪深いと言うべきですね。
円盤も同じことなのですよ。
ちなみに、あいつは飛んでる時間が長いので、勢いが弱ってきたときにジャンプして取るのがオススメなのです。
ごすじんからは用がないみたいなので、この人は放っておきましょう。
パチンコと鉤手甲を受け取って、狩りで試してみるのです。
そのあとは……むふふ、円盤を捕まえて遊ぶのです。
プレイ・バウ




