奴隷の首輪自慢?
今日は街をパトローするのです。
パトローは巡回のかっこいい言い方みたいですよ。
この街の風景にも慣れてきたので、危険地帯と安心地帯を調べるのです。
安心地帯がわかったら、そのうち自分の縄張りを作るのもいいですね。
私は、縄張りに誰も入らせないような、ケチんぼではありません。
勝手なことさえしないのなら、追い払うようなことはしないのです。
まあ、他の群れの縄張りを奪うと、面倒が起きると思うので、見極めが大切ですね。
こっちの道は人の気配は多いですが、歩いている人は少ないですね。
みんなのんびりしていますが、時々見張りのような人も見かけるのです。
ここはもう、誰かの縄張りなんだと思います。
あっちは何があるのでしょうか?
なんだかいろいろなものが混ざっていて、匂いが揃っていないような感じがします。
まるで、食べ物やおもちゃ、虫や葉っぱを一つの箱に詰め込んだみたいですね。
まあ、行ってみればわかるのです。
それがパトローなのです。
首輪を着けている人達が居るのです。
でも、なんだか首輪を嫌なものだと思ってるみたいです。
首輪は、私にはごすじんがいます。というしるしなのですよ。
それが無いと野良だと思われてしまうので、首輪は大事なものなのです。
野良の奴らは生き汚くて、私はあまり好きではないのです。
身勝手で、自分優先で、守るものも自分だけ、という相容れない連中なのです。
お手もお座りもないのです。褒められたことがないから、分からないのですね。
ごすじんに会わなかったら、私もアレになっていたのでしょうか?
考えたくないですね。
いえ、考える必要もないのです。
私には、ちゃんとごすじんがいるのだから。
首輪を着けていれば、ごすじん以外の人も、私を見て安心するのです。
なのに、ここでは周りの人が、首輪と首輪を着けている人を警戒しているようなのです。
ははぁん。さては首輪の主がろくでもない人なのですね。
知っているのですよ。
ごはんをちゃんと食べさせてないとか、やっちゃいけないことを教えてないとか、そういう場合は主ともどもあんな目を向けられてしまうのです。
まぁ、他の群れの事はとやかく言ってはいけないのです。
よそにはよそのしきたりがあるのです。
だから、よその人達も私とごすじんに、とやかく言うことはできないのです。
「おい、苦情担当どもを呼んで来い」
「どうしたんです?」
「あそこ見ろ。見かけねえ奴だ。多分高く売れる」
「往来で仕入れをやるってんですかい?」
「バレなきゃ平気だし、バレても伝手はある」
「それも商売のコツってやつですか」
「ああ、季節の贈り物は欠かしてねえ」
ハゲた人が、ニヤニヤ笑いながら首輪を手に近寄ってきます。
何ですか?
私を群れに入れたいのですか?
お断りなのです。私にはごすじんが居るのです。
なので、まずはごすじんに話を通してください。
ごすじんが受け入れるとは思えませんけどね。
次は、体格のいいおじさん達が私を囲むように近付いてきます。
ふむ、私を捕まえて首輪を着けさせ、無理矢理この群れに入れようとしているのですね。
そうか、わかったぞ。
お前らは敵だ。




