俺の姿は未来のお前……死神への贈り物
「はぁはぁ……んグ、ハァ」
自分が追い込まれているときは相手だって苦しい。
自分だったらこう思う、とっとと心を折っちまいな、と……
だから、折れない心の持ち主であることを示すように、自分は再び剣を屋根に構えた。
切っ先は、誇り高くも空を貫く。
鎖帷子を覆う、防寒用の布切れは、チーノの斬撃幾度もを喰らってもうボロボロだ。
風になびいてヒラヒラと、うっとおしくもはためいている。
「おいおい、また馬鹿の一つ覚えの様にか拘束か?
そんなんじゃいつまでたっても、俺は倒せねぇぞ。
息だって上がってるじゃねぇか。
なぁ、男なら斬り合いをしようぜ?なぁ……」
チーノが、俺の心を窺うような眼で、剣を犂に構えながらそう呟いた。
「何言ってる、これが勝つ為の策だ。
お前、忘れてないか?
階下はアルンスロットが制圧しつつある。
……時間は自分の味方だ、チーノ。
時間を重ねた自分は、やがてここにやってくる仲間と共に、おまえを倒すことになるだろう。
お前に残された時間は僅かなんだよ、チーノ。
近接戦を仕掛けていたのはこの為だ……」
……女の為に、あの顧客リストを見た人間を皆殺しにしようとする俺は、半分嘘をついた。
コイツを裁判にかけるわけにはいかない。
……死人に口なしだ。
マーアンがシグリーズ王女だという疑いを立てさせないためにも、今ここでこいつを殺す為にここまで来た。
仲間がここに踏み込む前に、決着をつけたかった。
だが、もう半分。
時間がコチラの味方だというのは本当である。
その事実に動揺したのか、チーノは目線を一度階下に投げた。
外では下の階でモノをひっくり返す音が響いている。
掃討戦はいよいよ大詰めで、アルンスロットの兵が、ここに間もなく踏み込んでくるというのが想像できた。
チーノは一瞬たじろいだかのように、一歩退く。
その時、剣の構えを“犂”から“屋根”に持ち替える。
この時奴の右手、僅かに薬指と小指が痙攣した。
……奴の苦しい胸の内を、この指の震えに見出す。
血の匂いを嗅いだ……
次の攻撃で全てを決めよう……そう思い、自分は足の小指の置き所にもこだわる。
此処をこうしてとか、様々な剣の道筋を思い巡らす。
体の僅かな傾き、そこから出せる剣の筋が見えていた。
……心を張り巡らせた有心の果て。
どうしたら良いのかが全て判る。
心から言葉が消える……
空間にのめりこむようなこの感覚。
……こんなのは初めてだった。
剣を立てて、相手の剣筋を消し。
代わりに最短の動きで時間を詰め、剣をし手に打ち込む。
『!?』
驚愕するチーノ……防がれた剣を巻いて、宙に跳ね上げた。
がら空きになった敵の胴。
剣をそのまま下に振り下ろす。
ブウォーン!
その瞬間、チーノの胸元から強烈な暴風が自分を襲い、自分を後ろに下がらせた!
驚く自分の前で、チーノは跳ね飛ばされた剣の柄から伸びた紐を手繰り寄せ、剣を手元に戻す。
そして青ざめた顔で自分を睨みつけた。
「バシーモン以外では初めてだ。
俺に最後のアミュレットを使わせやがって」
「風のアンブロイト?」
思わず尋ねると、チーノは「何でもいいだろ」と呻いた。
「おい、トールスカン、お前幾つだ?」
いきなり年齢を聞かれた。
答える気もないので「そんなのどうでもいいだろ」と返す。
「……畜生。若いっていうのは暴力だ。
急に殺し合いの最中に上手くなりやがる。
こっちはこの年になったら、いろいろ変えるだけで大変なのに、苦もなく良い剣士に化ける。
畜生、女神は依怙贔屓だ。
なんで最後の最後、こんなのを俺の元に送って寄越したんだ。
女神フィーリア……恨むぜ」
残り一〇日間の命……そう自嘲しながら、生きる事に対して執着するチーノ。
他人に思えなかった。
……雑念を振るう。
今一度、感覚をこの場所にのめりこませた、何をするべきなのかの全てを知る。
先程見た剣筋が忘れられないのだろう。
自分の剣筋を見極めようとして慎重になる、チーノ。
互いに屋根に剣を構えた。
左に剣を少し傾け、そこから伸びる剣筋を見出す。
それを遮断するようにチーノの剣も、屋根に構えて、相対するように切っ先が傾く。
……剣筋が、滞る。
それを見て右に自分の剣筋が傾く。
握りも変えながら……
自分の切っ先に紐が付いているかの様に、チーノの切っ先もまた、自分の剣と鏡合わせの様に動いた。
ぴんと張られた見えない紐に、まるで牽引されるかのように、だ……
「…………」
足が前に出た。
驚愕するチーノ、思わず剣を憤激(強撃)に打ちおろす!
紐が、撓んだ……
手の中で剣が縦回転で、下からぐるりと回転する。
そして両刃の剣の逆刃で真上から相手の手首の上に撃ち落とす!
―奥義、撓め斬り
ザシュ!
チーノの指は剣を握ったまま腕から手首ごと落ちた。
両手で握っていた時の様に、剣を振るおうとしたチーノ。
血糊が柄に付き、剣をあらぬ方角に飛ばしてしまう。
紐は……手首と共に飛び去った。
俺は自分の剣を、そんな老人の胸に突き入れる。
肋骨を砕き、右肺の奥に差し込まれる俺の剣。
「…………」
「…………」
互いの体が止まる、そして自分は、剣を奴の左胸から引き抜いた。
シャン……と、軽い金属音が立ち、剣は鎖帷子と擦れながら、奴の体から離れる。
……チーノはグシャリと膝から崩れ落ち、そして胸を押さえてこちらを見た。
やがて口からあぶくを含んだ血を口から流す。
奴は、ここで初めて“ふっ”と笑うと「死にたくねぇよ……」と呻いた。
「おい、弟弟子……覚えておけ。
アルンスロットだって、王族だ。
今の俺の姿は、未来のお前なんだぞ」
「…………」
自分は、もう裏切っているよ……と、心の中で呟いた。
女で、道を狂わせた、俺。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……
息が苦しい……おい、後生だ一つ頼みを聞いてくれ」
「何?」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……んグっ。
苦しいんだ、俺の首を刎ねて楽にしてくれ」
「…………」
「はぁはぁ……頼む」
そう言うと、チーノは静かに首を伸ばした。
苦しそうな息使いだけが、辺りに響く。
「……わかった」
剣を上から下に振り下ろした。
老人の首が胴から落ちる。




