キナイデル・ホズマック……チーノと呼ばれた男の半生
「じゃ、じゃあよぉ。俺はもう何処にも居ないアイツの影に怯えて、まるで鼠のように生きて居たって言うのか!?
なんだよ、なんてことだよ!
なんて滑稽な話だ……
とっくの昔に俺は自由だったのかよ、怯える必要もなかったのかよ……
……いつ死んだ?
アイツ一体何時死んだんだ?」
まるで気が触れたかの様なチーノの様子にたじろぎながら「二年前だ、俺がクラーを斬った数日前に死んだ」と答えた。
チーノは「そうか、そう言う事か」と呟くと、すごい形相でこちらを見る。
「奴は自分が死ぬ間際、お前という死神を俺に残して死にやがったのだな。
しつこい奴だ……
俺はお前が探しているチーノであり、そしてキナイデル・ホズマックだ。
おめでとう……
どちらにせよ、もう長くは生きられない身の上なのが残念だがな。
俺は酷い目にあった、マルティール(同盟)の連中は揃いも揃って皆クソだ。
この国の王族はどうしようもないゴミ揃いだ、気をつけろよ。
アルンスロットだって、例外じゃないからな」
「……主の侮辱なら受け入れない」
自分がそう返すと、奴は再びカラカラと笑う。
「世間知らずは幸せ者だ。
良いか、小僧。
俺はもうすぐ死ぬ、ここを逃げ延びたとしても一〇日も持たずに生きられないのさ。
どうしてか教えてやる。
冥土の土産だ……
俺はつまらない女に狂った、そして師であるバシーモンの弟を斬り殺した。
そしてあいつに常に襲われる暮らしを送ったんだ。
名前を知られる度に、何度も殺されそうになった。
何度もだ!
おかげで用心深くもなり、自分の容姿から何かを、すべて変えたいと思っちまった。
当ても無く流離うのも疲れちまったからなぁ……
成功し始める度に、バシーモンの野郎が出て、全てを粉々にされ続けたんだ、そう思うのも仕方がねぇよな。
そんな時に、俺の汚れ仕事に大金を出す貴族が現れた。
お前も知っている、グスタブ・ヤルンヴォルケ公爵だ。
彼は俺にとある薬を渡した。
公爵家に伝わる秘伝の魔法薬で、これを飲めば年齢も、姿も思うままに変えられるというものだ。
ただし三日に一度は飲まなければならない。
……効果はてきめんだった。
全く違う顔、違う人生を与えられた。
年齢だって若返った。
誰も俺が誰だか判らなくなったんだ。
名義は別の土地だが、俺が好きにできる土地まで与えられ、そこで思う存分金儲けもさせてもらえた。
俺は力をつけ、誰もが敬意を払う大きな男になれたんだ。
だが……お前らに潰された。
あの時ヴィクタ・アルンスロットを殺すために、あんな出来損ないのクラーに任せたのが運のつきだった。
自分でするべきだったよ、あの時俺はナシュドミル(王国)に居たのに……
その日からずっとアルンスロット家が、まるでしつこい蛇のように、こちらを襲ってきて、警察のクソ警部を抱き込んで俺達を追い詰めた。
……まさか、カーツに裏切られていたとは知らなかったぜ。
あいつ、イイ女だっただろ?
俺に従順で、頭のまわるイイ女だと思っていたのさ。
俺が一番愚かだったぜ……」
自分はこの時、始めてカーツが女だと知った。
情報屋のフリットはそこまで打ち明けてもいない。
そして……なぜフリットがあそこまで、チーノの事について詳しいのかの合点もいった。
そして……カーツが死んだと聞いた時、チーノがなぜ取り乱したのか、その理由もわかった。
大事な人だったのだ。
もっとも、カーツはそうは思っていないみたいだが……
「この国の王族はクソだ……あんなに尽くしたのに。
こんなにひどい目にあったのに……
用が済んだらゴミの様に俺を捨てやがった。
しかも姿を変えるあの薬……もしも切れたら急速に老いさらばえ、二〇日後には死んでしまうものだった。
……あいつら、あの薬を飲ませて俺が裏切ったら、薬を与えないことで死ぬ算段を付けて、俺を制御していたんだ。
あいつらは人間じゃねぇ、俺が言うのもなんだが、あいつらは俺を遥かに凌駕する悪だ。
なぜ上品な悪は、俺よりもまるで悪魔じみているのに皆その悪行を許すんだ?
不道徳を責めるというなら、俺みたいなチンピラを越える本物の悪が、お前らの上に君臨している。
そいつらを野放しにして、不道徳をなじる奴らは皆、本当は目が見えてねぇンじゃねぇの?
……話が逸れたな。
俺はあと一〇日も無い命だ。
けどよぉ……最後にあの姿を変える薬の原材料を作っている、場所を特定した。
ソレが、ヤルンヴォルケのクソ野郎の荘園である、ブラムスターヴェンさ。
だが、雪がそれを阻んだ。
もう俺の旅は終りだ、一か八かブラムスターヴェンに辿り着けば、俺は助かると期待したんだがな。
連中先手を打って、街道を封鎖しやがった」
最後の言葉は、まるで風に消え入りそうな弱々(よわよわ)しさだった。
「時間とともに体が衰えていくのが分かる、辛い話だ、若い奴には想像も出来ないだろうがな。
体が俺を裏切った、そんな気がしてくる。
死ぬなら戦って死にてぇ……
悔しいが、もう俺にはバシーモンが残した剣しか残ってねぇ。
……なぁ、最後に、一つだけタバコを吸わせてくれ。
火種は持っているんだ……」
そう言うとチーノは、特に自分の許可を取ることもなく紙に巻いたタバコを取り出し、そして懐の中から鉄製の火種入れを取り出すと、おもむろに紙巻きタバコをその中に突っ込んだ。
口にタバコを咥えて煙を吸うチーノ。
タバコに甘い匂が混じっていた……
「そのタバコ……アヘンを入れてるな?」
そう思わず口にすると、チーノはどこか穏やかな目で微笑んだ。
「売り物の品質を確かめるのも、仕事のうちだ。
この仕事しているとな、初めはこんなものに夢中になる奴が馬鹿に見えてくる。
だが、そのうち自分がやってみるようになるのさ。
食わせる側が食う側に回る、それがこの商売って奴さ……俺も馬鹿になったという事だろうな。
実に良く出来た話さ……」
何が“良く出来た話”なのかは分からなかった。どうでもいい話だ。
とにかくこの一本の煙草で、奴は恐怖や不安からも解放されたかのように顔色が良くなった。
戦える顔つきとなったチーノ、奴は剣を抜き払うと、その切っ先を天高くに向け、柄を肩口に寄せた。
……屋根の構え
自分は短剣を捨てて、腰に下げた剣を抜き払う、エラーコンから相続した剣。
自分もまた、屋根に構え、剣の切っ先を空に向けた。
「…………」
チーノが踏み込んだ!
放たれる憤激、振り下ろされるその剣筋に対して、剣を交わす。
ガシィーン!
激しく上がる剣と剣の衝突音、力勝負へと持ち込みにかかる。
剣を引こうとした相手に付け込んで、剣を押しこんだ。
剣の鍔と鍔で激しく押し合う。
拘束に持ち込んだ。
「グ、ぬぉぉぉぉっ!」
「斬られろ、クソがぁぁぁっ!」
できるだけ拘束する個所を、剣の中ほど、つまり“弱い”部分にずらす。
そして“刻斬”に持ち込んだ。
剣を相手の体に押し当てたまま。剣を上下して鋸引きにしてやろう。
「なめんな!」
そう言うなり、チーノは剣を捨てて、反転しそのまま俺の頭を横蹴りに蹴り飛ばす。
この奇襲に思わずたたらを踏んだ自分。
チーノは剣から伸びた紐を引いて、剣を袂に手繰り寄せると、腰だめに剣を構えた。
そして電光石火の突きを放ち、自分を下がらせる。
二度三度と放たれる奴の鋭い突き、剣を引きながら根本の強い部分で押すと、あいたわずかな隙間に、こちらも鋭い突きを放つ。
……破れ窓
剣は奴に頭を狙ったが、僅かに何本かの髪の毛を斬ったのみに終わる。
「ちィッ!」
強引に、武装を頼りに突っ込む。
奴のやや強めの一撃が、鎖帷子を叩く。
左から打つと見せかけ、防御の構えをとった相手の剣を乗り越えるべく、手首を巻いて巻き撃った!
剣は横に渡された相手の剣を乗り越え、相手の肩口に突き立てられる。
ガシャッ!
チーノはすかさず剣を高く上げ、剣が乗り越えるのを防いだ!
「器用な事するな、ジジイ……」
チーノと戦うと決めた時……自分はできる限り拘束に持ち込み、力勝負の長丁場に持ち込もうと決めていた。
若さもまた、武器だ。
……上から、押しつぶすように再び拘束に持ち込み、剣を相手に押し込む。
ギ、ギチギチ……
相手の動きを封じるように押し込み、幾度となく鋸引きにしてやろうと、刃を相手に押し付ける。
そのたびに身をよじって、拘束を外しては、切り結ぼうとするチーノ。
「はぁはぁはぁ……」
あえて聞かせるように呼吸音を響かせる。
幾度も切り結び、そして接近戦を試みた。
チーノは涼しい顔だ、それを見ていると自分が追い込まれている気がしてしょうがなくなる。




