最後の舞台に辿り着いた若者
さぁ、どうする?もうお前達に切り札は無いぞ」
敵達はこの言葉で困惑した思いをますます広げていった。
だが、その中から怒りに満ちた叫びが上がる。
「冗談じゃねぇぞ!」
見ると怒りに満ちた表情の3人の男が、ギラギラと剣を輝かせ、そして震わせながら自分を睨みつけて叫んでいた。
「俺たちは十分悪を成してきた。
今更許されるものか……生き残らせてもらえるなんて思うんじゃねぇ!
人殺しも、麻薬も、女も、酒も、ゆすりたかりに強盗だって何でもやってきた。
今更天国に行けるとも思っていねぇ。
お前たち貴族どもだって綺麗に生きたとか言わせねぇ。
どうせ俺達は皆地獄行きなんだ。
てめぇら男らしく、悪人らしく最後まで戦って死ねや!」
その言葉で敵の目から動揺が消える、死ぬ覚悟ができたのだろう。
「……時間を稼げ、ケーシー」
この時二番役の相棒がぼそっと呟いた。
言葉に従い「良い目を見た奴はそれが正しいだろうな……」と相手に告げた。
「何?」
「良い目を見た奴はそれで良いと言ったんだ。
そこのお前、おまえはたっぷり金をチーノから貰ったんだな。
良い家に住み、イイ女を囲い、手下を顎で使って名誉のある男になれた。
だけども、だ……お前らの中で、お前ほど恵まれた奴はどれだけいる?
その隣の奴は?そいつはこいつに奴隷のように使われていたんじゃないのか?」
「うるさい!黙れ黙れ!」
「人をこき使った奴はいいなぁ!」
「うるせぇ、うるせぇ、うるせぇっ!」
「おまえは死ねよ、おまえは責任者なんだからこの不始末の責任を取れや!
他の奴はこれから取り調べだ!」
「黙れ、黙れ!てめぇら、このガキを黙らせろ!」
怒りで燃えたぎった悲鳴のような、絶叫が響いた瞬間、2番役の相棒が「伏せろ!」と告げる。
瞬時に伏せた瞬間、幾つもの切り裂くような音が頭上で鳴り響いた。
ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン……
チン、チン、ザク、ザク、カーン……
『ぎゃあ!』
『ぐぉっ』
『あ、ああ、うぁぁぁぁ』
『イテェ、いてぇ、痛ぇぇぇぇよぉぉぉ』
顔を上げると、幾つものボルトを体に刺した、敵の群れが痛みにのたうちまわりながら、廊下のアチラコチラに転がっている。
背後に目を向ければ弩を抱えた10名前後のアルンスロット兵が、再び滑車を使って弩の弦を巻き上げていた。
彼らは再び自分の頭越しに、とどめのボルトを発射する。
ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン……
無慈悲なボルトは、痛みを訴えていた敵の群れを、物言わぬ肉に変える。
先程まで勇ましく闘えと叫んでいた男も、この攻撃を受けて、モノも言えずただビクン、ビクンと痙攣するだけの存在となって戦う事を辞めた。
頭に角のような、ボルトが2本生えている……
背後の味方に、手で合図を送った自分は盾を構えながら、奥まで進む。
「はぁ、はぁ、はぁはぁ……」
後列にいた敵は。まだ生きていた。
瞳孔が開いた眼で、視線を仲間の死体に注いでいる。
今しがた見た悲劇が信じられないと、言わんばかりの表情でただ座っていた。
「おい、チーノはどこだ?」
「はぁはぁ、はぁ……」
答える代りに、恐怖で唇を紫色に染め上げ、ブルブルと小刻みに震えながら、こちらを見上げる敵。
「もう一度聞く、チーノはどこだ?
キナイデル・ホズマックの事だ」
「た、助けて……助けてくれ」
「チーノはどこだ?」
「お、俺はたまたま逃げそびれただけなんだ。
殺しはしていない、ただのちんけな麻薬の売人なんだ……」
「それは後ろの奴に言え!
チーノはどこだ?言わないと今すぐ斬るぞ!」
「助けて、お願いします、お願いします……」
これは埒が明かない、そう思った自分は「チーノの居場所を言え、悪いようにはしない」と、嘘をついた。
……自分には、彼の運命に棹を挿す権限はなかったのに。
敵はホッとした表情を浮かべて言った「チーノは二階の東の部屋だ、もともと領主が使っていた部屋」と告げる。
「…………」
それを聞いた瞬間、自分は階段に向けて走り出した。
◇◇◇◇
「ヤークセン、勝手に行くな!」
自分の背中に、誰かの声が届く。
それを振り切って自分は、木製の階段を駆け上がり、二階の東側の部屋に突入する。
マーアンを守る為に、チーノはこの場で消さねばならない!
「はぁ、はぁ……」
今しがたまで人が居た気配が漂うこの部屋に、人影は無かった。
盾を構えてクローゼットや、ベッドの下に短剣を突き入れても反応はない。
未だにパチパチと音を立てる暖炉の薪と、その炎がまだ奴が近くにいると語りかける。
「チーノ……いや、キナイデル・ホズマック。
もうお終いだ、どこだ、何処に居る?」
人の気配もまだ拭えないこの場所に、自分は必死に語りかけた。
「もうこの屋敷はアルンスロット家の兵が包囲し、そしてお前の手下もあらかた片付いた。
後はお前だけだ、チーノ……
いよいよお前の悪行はこれまでだ」
逃げ場はもうないぞ、チーノ観念しろ……
「我が師、グラガンゾがお前の来るのをあの世で待っている。
後は自分がお前をソコに送るだけだ……」
この瞬間、ブワァァッとした殺気がうなじの辺りに立った。
振り返ると、部屋の出口で蛇の様な目をしたしわくちゃな老人が、自分を瞳孔の開いた、木の穴の様な真っ黒な眼でこちらを見据えている。
「チーノ?」
ついこの前見た時とは、まるで別人だがこの男。
確かにチーノに他ならないと、自分の六感が伝えている。
老人は、怒りに満ちたすごい形相でこちらを睨むと黙って、廊下へと足を向けた。
「待て、逃がすか!」
そう叫んで急ぎソイツの後を追う。
老人は年齢を感じさせない足取りで、廊下を駆け抜けていく。
必死に追いかける自分。
階下では、まだ残党が居たらしく、再び戦闘が始まっていた。
戦いの音が響き渡る。
老人は階段を上に上にと駆け抜けていき、階段の一番上、屋上の扉を開けて外に出た。
「待て!」
ここで逃がしてたまるか!
こうして自分も外に飛び出る。
……寒い、と思った。
早朝の鈍い光が染み込むような、寂しい屋上に飛び出た自分。
そこは洗濯の際に使うであろう、衣類を干す場所だった。
物干し竿に、ロープが壁にぶら下がる。
やけに広い空間だ。
チーン、チンチン……
この時コインが、この区域の奥で鳴り響いた。
あそこに奴が居る、そう思うと何も考えずにそこに目を向け、そして近寄っていく。
(どこだ?どこだ?)
いつ襲われるか分からない恐怖、感覚を張り巡らし、目線をこの開けた場所の至る所に投げていく。
(どこだ、チーノ……どこだ!)
コインの音は罠だと思った、しかし手掛かりはこれしかない。
見失うことを恐れた自分は、ついにコインの音がした所に来た。
コインは……ヴァンツェル・オストフィリア国の銅貨だった。
ブン……と、この時僅かな空気の音が聞こえた。
思わず盾を構えて、音のした方角からの、飛来物に備える!
バキィツ!
すごい衝撃と共に、盾が砕け、そして手から弾け飛ぶ。
「はぁ……」
見ると盾には投げ槍が突き刺さっていた。
そしてそんな自分を、ニマニマした表情であの老人が、階段の真上にある屋根から見下ろしている。
「年齢に見合わず、、強い槍を投げるじゃないか。
殺し屋のジジイ……」
そう語りかけると、奴は何も言わずに高所から飛び降り、そしてこの区域からの唯一の出口である階段の扉に鍵をかけた。
そして自分にこう語りかける。
「お前、さっき俺にこう言ったな。
『我が師、グラガンゾがお前の来るのをあの世で待っている』と……
お前……バシーモンの野郎と何か関係があるのか?」
「バシーモン?エラーコン・グラガンゾがお前を追っているんじゃないのか?」
自分がそういうと、老人はカラカラと笑いだした。
「ああ、エラーコン……つまりアイツは“世捨て人”だと名乗ったのか。
いや、人違いの可能性もあるから聞きたい。
ヴァンツェル・オストフィリア国のテアルテのソードマスターである、グラガンゾ家の人間。
ソレがお前の剣の師であることは間違いないな?」
「ああそうだ、間違いない」
「ならばそれはバシーモンの野郎で間違いない。
俺はお前の兄弟子だ。
どうしてもお前に聞きたくて、ここまでお前を誘導したんだ。
殺しのトールスカン……お前が俺の弟弟子なんじゃないかと、ずっと俺は思っていたんだ。
バシーモンは元気か?
ここ最近じゃ、あいつは俺を殺しにやって来もしないんでな……」
「先生なら死んだよ、キナイデル。
もう葬式も出した」
「…………」
チーノはそれを聞くと一瞬あっけにとられた表情を浮かべた。
そして「あは、あはははは、死んだ?死んだのか、アーはっはっはっ!」と笑いだす。
この様子に面食らっていると、奴は再び声を上げた。




