突入
……時間が経ち、夜明けも近くなった。
大きく積まれた木材の山、それに放たれた火が、月の無い闇夜の灯となる。
眼鏡を外し、薬を飲んだ。
鎖で編んだフードの下の髪は白く変わり、視力が戻る。
「14人は3手に分ける。
時間を掛ければ危険になる、速やかに動けよ……
1班は人質の救助。
2班は騒ぎを聞きつけた敵を食い止めろ。
3班はその間に裏口の鍵を開けろ。
兵士がなだれ込んで完全に夜が明けるまでに、カタを付ける!」
自分達を指揮する準爵配下の騎士が、これからの段取りを説明する。
彼はカレスケイドの館の見取り図を見せた。
「壁の形と、この礼拝堂の位置が特徴的だから覚えておけ。
我々は礼拝堂の後ろの大木をよじ登って、中に入る、すると左手を進むとここの物置の脇に出られる。
1班と2班はココで待機だ、朝になったらこの近くの窓を破壊して中に入る。
すると地下牢まではすぐだ。
そして地下牢に向かう廊下は狭い。
ここで2班は敵を食い止めろ。
敵は居館の東側、2階はカレスケイドの家族が使っていた部屋だが、アソコの部屋からくると予想される。
あの屋敷じゃ一番良い部屋で、暖かいそうだ。ならばそこか、その近くだろう。
3班は、夜の内に長い距離を移動し、騒がしくなったことで敵の注意が館に向いたのを確認したら、裏口を制圧、解放しろ」
『はい』
ここで話に出た、館東側の2階の窓を見上げた。
寒さに震える自分達とは対照的に、温もり溢れる薄明り。
きっと寒空の下で野営をする我等を呪いながら、あの部屋で熱いスープでも啜り、腹を満たしているのだろう。
明日の朝には、部屋を血で染める事になると知らずに……
◇◇◇◇
夜、野営をするアルンスロット家の焚火の明かりを頼りに、ひっそりと進む我々。
熱を奪う冷たい鎖の服、その上に幾重にも被せた防寒用の布切れが風に踊る。
……降り積もった雪は音を吸い込み、静かだった。
自分や仲間の口から立ち上る、呼吸の白い煙が、やけに視界に入る。
凍てつく様な寒さ……
「なぁ、ケーシー」
護衛者仲間が、ひそひそとした声で語りかけた。
「ナシュドミルはココより寒いって本当か?」
「ああ、もっと寒い。
寒すぎて丘の上に居ないと死んでしまう」
「丘の上?
もっと風が吹いて寒いんじゃないのか……」
「まさか……空気冷たすぎると雪も降らないし風も吹かない。
そして丘の下に籠るんだ、冷たい空気が……
ああなったら地獄だ」
故郷のナシュドミルを思い出しながら、自分は凍れる空気が、輝きながら空を飛んでいるのを思い出す。
思わず身震いした。
「なら、こんなのお前にはなんてことないんだな。
俺は寒くてたまらんよ、足踏みが止まらない」
「まさか……寒がりだと笑われるよ。
寒いのは嫌いだ」
「へぇ、以外……」
「ナシュドミルじゃ、寒いと死者が当たり前の様に出る。
だからほんの少し寒くなっただけで、魂ごと震えるんだ……
きっと寒いのが怖いんだろうな。
耐えられるけど、寒いのが恐ろしいんだ……」
肺を痛めない様に、口元を布で3重に包んだ我々。
喋るたびに靄の様な白い息が、布から零れる。
やがて目標の大木に到着した我々。
木をよじ登っては枝伝いに塀の向こうへと降りて行く。
自分も盾と剣を背負い、両手を振りながら次の人間に合図を送った。
やがて全員が礼拝堂の裏に降り立つ。
◇◇◇◇
静かに時は過ぎ、空が白じみ始めた。
太陽が雲の切れ端を、金色に染め上げた瞬間、ついに指揮官が声を挙げる。
「行くぞ!」
丸太に縄を3本、巻き付けそれを6人の男が取っ手代わりに持った。
6人の男の中央でブラブラと揺れる丸太。
丸太は疾走する男達から放たれ、木製の鎧窓をぶち抜く!
バッカーン!
轟音と共に穴が開く鎧窓。
手を差し込んで開け放つ兵士。
こうして開かれた窓に丸太をそのまま置くと、丸太を踏みながら自分は背負った盾と剣もそのままに部屋の中に入った。
「…………」
誰か居たらそのままガントレットで格闘戦を挑むつもりだったが誰もいない。
「入れ、誰もいない!」
移動しながら結び目を引く、紐を使って背負った盾と短剣が剣も床に落ちた。
「2班、廊下を確保しろ!」
響く指揮官の声。
侵入し終えて動き始める2班。
拾い上げた盾を構えた自分が、2班に加わるべく、剣を携え先陣を切って早歩きで進んでいく。
「居たぞぉぉぉっ!」
騒ぎは寒さから逃れて、部屋の中に居た敵を廊下に引きずり出した。
焼けて所々が崩壊した壁、吹きさらしになった寒い廊下、そして響いてくる我々以外の足音……
「…………」
廊下の壁で、相手が武器を持つ右手を抑えるべく、左手の盾の位置を調整する。
「ケーシー、俺が二番をやる」
「分かった」
この時即席で組み攻撃の相手を決めた。
組み攻撃は二人以上で行う攻撃だ。
今の場合だと、一番は切り込む際に盾を構え、相手の動きを剣と盾で封じる役。
二番は1番が盾と剣で相手の動きを封じた隙に、別の角度から剣を突き入れて相手を攻撃する役の事で。
狭い処での集団戦法で戦う、短剣を使った戦法だ。
敵は盾を構える自分の背後で、突入してきたアルンスロットの兵士が、地下の牢屋に向かうのをを見た。
……そして、盾を構えた俺が、彼らを隠すように立ち塞がる。
「誰か盾を持って……」
来い、と言いかけるその口目がけて。自分は盾を構え、相手に突っ込んだ!
「あっ!」
急襲された相手は、体をできるだけ盾の向こう側に置くべく足を動かす。
そして盾を叩く様にして剣を振るった!
パーン!
叩いた盾の縁、自分の鎧。
一撃が浅い……
構わず盾を相手に押し付ける!
大盾はただの防具に非ず、プレスと衝突をもたらす武器でもある。
ガッシャーンッ!
相手も鎖帷子を着込んでいたのだろう。
激しい金属音と共に、壁に押し当てられ、そして動かそうとした剣は自分の剣で抑えられた。
「くそ、クソォォォォォッ!」
「死ねぇぇぇぇえっ!」
次の瞬間奴は、こちらの二番に首を刺し貫かれる。
……コイツの罪深い日々が終わった。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
この様子を見て、他の奴も半狂乱になって自分に剣を振るって襲いかかる。
「…………」
今首を貫かれた敵を、まるで捨てるように、盾を動かして地面に放ると。
下がりながら二番を守るように、盾を構えて下がる。
視界の隅で、今しがたの敵が溢れる首の血を止めようと懸命に抑えて、床に寝転がるのを見た。
一瞬にして沸き立つ血の匂い。
ソレがどこか獣じみた衝動を自分に授けた。
「喰らえっ!」
気合と共に、敵が一撃を放つべく肉迫してきた!
一瞬腰を落とした、そして突き上げるように盾で、相手の顔面を叩く。
パーン……
一瞬のけぞる相手、視界は盾で塞がれる。
その相手の足の甲を目掛けて、俺の大盾の下部の縁を振り落とす!
グシャ……と言う、本能を呼び覚ます音を聞いた。
壊れた足、下がる相手。
「……ん!ンンッ!?」
うまく立てなくてよろける相手に、盾を構えてまた肉迫する。
そしてその首目がけて剣を払った。
頭が首から離れる。
筋肉にひかれて頭を失った首が、一瞬体の中に沈む。
そして首がまた体から出てくると、今度は勢いよく血を噴き上げ始めた。
『‼』
こうして瞬く間に死んだ二人を見て、他の奴はこちらに踏み込むのを躊躇する。
噴き上がる血柱の向こう、そいつらに向けて口を開いた。
「降参しろ、アルンスロット家はこの戦いの為に300人を投入した。
チーノの首を差し出せば裁判にかけてやる。
そうでなければ“死”だ」
そう告げると、相手は恐れの浮いた顔で囁いた。
「あ、アルンスロット……
ならば、殺しのトールスカンか、コニーがいるのか?」
「トールスカンは自分だ……コニーはここにいない」
そう告げた時、遠くから喚声が響く。
「ケーシー、裏門を破った!
もう少し其処を抑えてくれ!」
仲間の声だ……
どんどんと大きくなる、攻め手の足音。
大勢は決した……それを確信した。
「どうするお前ら?
ここで死ぬか?それとも法の裁きを受けるか……
チーノは必ず殺すと決めているが、それ以外の者については何も自分は聞いていない。
どうするんだ?」
自分がそう尋ねると、生き残った十数名の敵に動揺が広がる。
『無事だ、子供達は無事に確保したぞ!』
このとき仲間の声が響き、地下牢へと向かう回廊から、子供の声が湧き上がった。
『…………』
相手の顔からドンドンと血の気が引いていく……




