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非情な飼い主、猛犬は処分されるのが運命となり……(後)

―夕方


ヴィクタは帰宅したと先生から聞いたので、白銀宮殿に向かった。

宮殿に入ると、執事から自分はすぐにヴィクタの部屋の近くの応接室へと向かうよう指示された。


「ヤークセンです、入ります」


扉を叩いた後、そう言いながら中に入ると中には深刻な表情のヴィクタとルカス。そして何故だかそこにバルブロ警部の顔があった。


「……そこに座れ」


ルカスが沈んだ声で一つの椅子を指さす。

それに従い椅子に腰かけると、ヴィクタが沈痛な面持ちで告げた。


「ケーシー、あれからどうなった?」

「犯罪者が聴講生として入り込み、アナセン様と会おうとしたと言うので大問題になりましたよ。

当事者として事情聴取(じじょうちょうしゅ)を受け、解放されたのはついさっきです」

「アハハハ、それは災難だったな。

なるほど、僕等が出て行ったのは正解だったという訳だね」


面倒事から免れたという事を喜ぶヴィクタに、思わずため息を零す。

しかし彼は一瞬笑った後、また沈痛な面持ちに表情を戻した。


「やられた、敵の方が一枚上手だったよ」


おや?そう思ってルカスや、久しぶりに会うバルブロ警部の顔を覗く。

……口を開いたのはバルブロだった。


「潜ませていたネズミが殺された。

奴等に一杯食わされたよ。

グスタブ・ヤルンヴォルケ公爵は自領内に在ったケシ畑や、そこで働かせていた外国人労働者、そしてチーノの手先を皆殺しにした」

『…………』


この話の重大さがイマイチ分からず、面食らって、警部の表情を見る。

目の前に居る3人が裏で動いている事には気が付いていたが、詳しい事は何も聞かされていない自分は、ここで考えを巡らせた。

……ヴィクタが重い口を開く。


「チーノの動きは手に取るように分かっていた」


バルブロが言葉を続ける。


「チーノ一家の最高幹部は6人居た。

ナシュドミルを仕切っていたクラヴァとその手下のクラ―。

ハルアーナを仕切っていたぺス、そしてその副官だったプラサァ。

そしてここエルドマルクでの仕切りを任されていたのが、ロソスとカーツだ。

ロソスの最後はお前さんが知っての通り、裁判に行く途中で死んだ。

ヤルンヴォルケ公爵配下の貴族が、ロソスが裏切ったのではないか?と思っていたからだ。

なにせ最近では奴等の動きは正確に把握していた、警察やアルンスロット様は……

だからヤルンヴォルケ公爵と(よしみ)を通じている貴族たちは前々から思っていたんだろう。

“誰か幹部に裏切り者が居る”と」


顔色も変えずにそう告げたバルブロ警部。

それを見ながら、自分も過去を振り返る。

情報屋フリット……彼の顔を思い出した。

奴は異常に詳しかった。

そしてその情報は正確だった。

彼は、ロサスを生け捕りにした夜、別れ際に自分にこう告げたのを思い出す。


『……大きな土産をお前さんに持たせてやる。

実は、チーノの腹心がもう寝返っているんだ。

アルンスロット家の勝利は疑いないだろう。

俺は協力を惜しまない、また連絡する』


そこまで思いをめぐらした時、思い当たる名前は一つしかなかった。


「……カーツ?」


思わずそう呟くと、警部は頷いた。


「ため込んだ財産と、家族や愛人を連れての亡命を条件に、フリットはカーツを寝返らせていた。

ナシュドミルやハルアーナの拠点が壊滅したことを受けて、奴は不安だったのさ。

次は自分じゃないか?とな。

だから、奴は仲間を売った。

しかし奴は下手を売った、家族を先に逃がしたんだ。それで公爵に感づかれた。

その後の公爵は大胆だったよ、何せ関係者を皆殺しにして、ケシ栽培をしていた村を丸ごと焼き払ったんだからな」

「!」

「そしてその事を警察や宮廷に報告してきた。

キナイデル・ホズマックと言う家臣が、チーノと名乗り、自らの地位を利用して麻薬の製造販売を行っていたので粛清した、とね」

「なるほど、つまり奴がこの学校に来た理由と言うのは、アナセン・ヤルンヴォルケに庇護(ひご)を求めたという事ですか」

「……その可能性が高い。

もう奴は逃げられん、大量に居た手下もグスタブが皆殺しにした。

港も封鎖している。奴の手下はこのスターハーヴェンに居る連中以外は何処にも居ない。

一か八か……これまで仕えていた主に救って貰おうと考えたんだろう。

だが、そのアテは外れた。

……コチラもアテが外れたがな、これでヤルンヴォルケ公爵やその傘下の貴族を告発できなくなった。

証言者も、証拠もこの世から綺麗に消えたんだ」


ヴィクタはそれを聞くと「ふ、ふふ……」と笑う。


「さすがはこの国を牛耳る、ヤルンヴォルケ公爵だよ。

躊躇いも無く、長年役に立たせた金の卵を鮮やかに切り捨てた。

こんな非情な奴は見たことも無い。

怪物だよ、怪物……自分の為にここまで悪に徹して見せた人間は初めて見た。

大人は怖いね、まさかそこまでするとは思わなかったよ。

……これでアイツをどうにもできなくなった」

「ヴィクタ様!」


ルカスが強くたしなめるように、主の名を叫ぶ。

ヴィクタはかすかに首を振ってルカスに目線を投げると、自分の方に顔を向けて言った。


「全部をケーシーに打ち明けられなくて悪かったね。

これまで僕らが君を外してコソコソしていたのを感じていたと思う」

「いえ、そんな事は……」

「実はアルンスロット家は、女王陛下の意向を受けてグスタブ・ヤルンヴォルケ公爵を挑発し続けていた。

首都の捜査権を奪い、連中が陰でやっていた商売、麻薬、その他の犯罪事(ビジネス)を潰したりね。

たまりかねた連中が暴発すれば(おん)の字だと思ったんだ。

そしてそれと並行(へいこう)して、裁判でヤルンヴォルケ公爵と、その手下の貴族達を告発しようともしていた。

……だが、証人であるロソスは暗殺され、そしてこちらに証拠や情報を流していたカーツは死んだ。

残念だ、間もなく勅許が下り、ヤルンヴォルケ公爵を討伐できる筈だったのに……」


……ああ、そう言う事か、と思う。

初めて聞く話だったが、驚きはしなかった。

この時マーアンの二人の母親の顔が、頭の片隅でちらつく。

あの二人は、きっと自分がどれ位この件を自分が知っているのか、探っていたのだと気が付いた。

ステューヴハインが、自分に接触を試みた理由もコレだろう。

自分はのけ者だったのかと思った。

たまらなく、苦く、酸性な思いが舌先を痺れさせ、そして胸の中を重くする。


「……悪く思わないでくれ」


自分の表情に気が付いたヴィクタが、一言フォローを入れ自分は「いいえ、護衛者(エスコート)ですから……」と、安心させるように笑って返した。

……気を抜いたら、表情が曇りそうだ。


「ケーシー……」


バルブロが不意に自分の名を呼んだ。


「嫌なら断ってくれて構わない。

今警察は、逃げたチーノの行方を追っている。

今回は奴の手下と思しき連中も全員捕まえるつもりだ。

だが一つ問題があって、それは警察の捜査権は王都(スターハーヴェン)の内側にしかないという事だ。

もし連中が王都の外に逃げたら、警察では打つ手がない。

そこで今回ヴィクタ様に協力をお願いしに来た。

チーノは以前ヴィクタ様の命を狙った事がある。

そこでこの国で最も強い特別法、王室侮辱罪並びに反逆罪の適用と、それに伴うアルンスロット公爵家の兵士をお願いしに来た。

王族であるアルンスロット家なら、報復の名目でチーノをどこまでも追い詰める事が出来る。

そしてその時、チーノと戦う時が来たら、お前さんも参加してもらえないか?

……チーノの顔を知っているのはあんただけなんだ。

今回を逃す訳にはいかない、チーノを今回必ず仕留める為にも、万全を尽くしたいんだ」


◇◇◇◇


チーノとの戦いに参加する事を了承した自分が、寄宿舎に戻ったのはそれから間もなくだった。

そして、自分の部屋に戻る前に、寄宿舎の女性棟の方に行き、出会った同級生にお願いしてマーアンに会いたいと伝えて貰った。

入り口で静かに待つ自分。

しばらくしてマーアンが友達を連れ立って二人で出て来た。

……怖がられているのか、警戒されてるなぁと思って、思わず笑う。

二人は少しびっくりした表情を浮かべ、やがてマーアンが平素の通りに口を開いた。


「今日眼鏡してないんだね」

「え?ああ……ヴィクタ様の訓練に参加していたんだ。

ヘルメットのバイザーが下ろせないから、するわけにもいかなくてね、それで……

フードの下も今日は(髪色が)白いんだよ」

「フーン……今日は何?」

「今日、政治学科棟が騒動だったのを知っている?」

「うん……チーノとか言う犯罪者が通っていて、アナセン様に会おうとしていたんでしょ」

話ながら目を細める彼女、自分の事も警戒している様子なのが見て取れた。

「今度、そいつと切り結ぶかもしれないんだ。

もし討伐隊が結成されたら、ソレに参加するのが決まってね。

それで、挨拶をしておきたかったんだ」

「へぇ……」

「それだけ、出てきてもらって悪かったね。

また教室で会おう」

「ああ、そうなんだ、うん。またね」


なんだ、随分とアッサリしてやがるのな。

そう思うと、がっかりしたやら、これで良いと思えるやら。

とにかく立ち去りたくて落ち着かない腰を抱え、付き添いの子にも別れを告げて、自分は部屋に帰って行った。


◇◇◇◇


こうして戻った自分の家。

何時も使うビーカーとアルコールランプ。

沸き立つお湯を、ミルで砕いたばかりのコーヒー豆の詰まったフィルターへと流す。

コーヒーは苦く、そしてその香りで口や胃が満たされると、何故かほっと安らいだ。


パチパチ、パチパチ


暖炉の薪は()ぜながら燃え、火は明かりと焦げた臭いを部屋に満たす。

音は絶え間なくこの部屋にあったが、それがかえって自分が一人ぼっちなんだという事を悟らせた。

この部屋に満ちる沈黙の音。

……この先、続くか、途切れるか分からない、自分の人生を思った。


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