非情な飼い主、猛犬は処分されるのが運命となり……(中)
「何か用か?エーデック」
「ああ、まぁ……魔薬学部の生徒が訓練に参加か?
まぁ、俺もそれなんだがな。
……少し、顔を貸せよ。
親戚の誼だ、お前に手柄を立てさせてやるよ」
何を言うのやら……
別に仲が良い訳もない奴に“手柄を立てさせる”とか言われて素直に乗りかかる筈も無い。
完全に敵陣営の奴だ、何かの魂胆がある。
断ろう……そう考えたが、その前にもウチのボスが反応した。
「やぁ、エーデック君だったね。確かグルヴァン家の……いつぞやはどうも、あれから少しは剣の修業でもしたのか?
前回はあれだけ人数を集めたのに、ケーシー一人に良い様にされていたね」
エーデックはそれを聞くと、一瞬苦々(いっしゅんにがにが)しい表情を浮かべる。
次に憮然とした様子にその顔を作り替えると「修行中ですよ……」と返す。
「ヴィクタ公子様にもいい話だと思ったんです。
他意はありません、お話しだけでも聞いてもらえれば……」
「と、言うと?」
「話を聞いてもらえれば……アナセン(ヤルンヴォルケ公爵家、公子)様も、ご協力を惜しまないとおっしゃってます」
「どう言う事だ……」
ヴィクタの問いに応え、エーデックは再び口を開きかける……
「ヴィクタ様方、急ぎコチラにお越しください!
授業が始まります!」
この時自分達を呼ぶ声が響いた。
「ヴィクタ様、この話は授業の後で……」
エーデックはそう言うとこの場を離れた。
それを見送る自分達。
「向こうから仕掛けて来るみたいだね」
ヴィクタの言葉にルカスが「話を聞きますか?」と尋ねた。
「……ケーシー、行ってきてくれるか?」
ヴィクタのその言葉で、自分が彼の元に赴くのが決まる。
◇◇◇◇
さて、こうして連れ立って授業に臨む自分達。
ヴィクタは自分に、解毒剤を飲むことを命じた。
視力が戻って、髪が白くなる。
これは眼鏡をかけたままでは、兜を付けられないからだ。
髪を隠すようにフードと、兜のバイザーで頭全体を覆う自分。この姿で授業に臨む。
内容は武装しての走り込み、武器の使い方に、実際の戦闘訓練、そして鎧を着た状態でのレスリングなど、基本的な事が主だった。
この軍事訓練は、上級貴族の子弟に合わせる様な優しい物で、辛くは無い。
それでもバテる貴族たち、まだ元気なのは自分の様に連れてこられた従者達だけだ。
頭を下げて肩で息をし、頭を上げて空を見上げる若者が林立する中、自分は周りを見渡していた。
アナセン・ヤルンヴォルケが居ない……
そしてチラチラとコチラを見る、一人の聴講生に目を向けた、
目が合った時その眼がまるで“蛇”の様だった。
「チーノです……」
傍に居たヴィクタに、自分は小声で囁いた。
「間違いないか?」
「ええ……ナシュドミルのスコーペッド港で見ました。
……奴に間違いないです」
「奴はコチラに気付いてるか?」
「気付いてます……だってアルンスロット家の人間がコッチを見ている訳ですから」
これを聞くとヴィクタは無言で頷き、そして目線を外した。
……なんとも形容しがたい、緊張感のある空気が練兵場に流れる。
チーノは自分達の存在にも目を配るが、ソレよりも別の人間が気になって仕方がない様子だった。
……具体的に言うとエーデックと、その友人たちの方ばかりを見ている。
「……奴の目的は、我々ではないみたいです」
自分がそう言うと、ルカスも「ああ……」と答えた。
「事情はエーデックが詳しいのかもね」
ヴィクタがそう言うと、彼はルカス相手にレスリングの練習を始めた。
◇◇◇◇
あれから1時間ほど経ち。授業が終わる。
早速自分はヴィクタ達と別れ、エーデックと、その友人達の元へと向かった。
「ああ。叔父貴、来てくれたんだ」
エーデックはこれまで見たことも無い馴れ馴れしさで、俺を出迎えた。
……気味が悪い。
奴の周りの友人たちも、気味の悪い笑みを浮かべて自分を出迎える。
「エーデック随分と今日は馴れ馴れしいな」
「何を言ってるんだよ、俺達は親戚だろ?
……今日は眼鏡を掛けてないんだな、そっちの方が似合ってるぜ」
そう言うとエーデックは、髪色を隠すために鎖のフードで頭を覆った、自分を手招きして、どこかに連れ出そうとした。
「どこに行くんだ?」
「言ったろ、叔父貴に手柄を立てさせてやるよ」
嫌味な笑みを浮かべて、案内を始めるエーデック。
ついて行くしかないと、覚悟を決める。
向かう場所はここから見える場所だった。
校舎の裏のさびれた一角。
そこに遠くからでも判るように、一人の男が立っていた。
……チーノだ。
蛇の様な目を、荒む様にしてこちらを睨む。
奴は自分とエーデックの両方を見ると、静かに言葉を発した。
「どう言う事ですか?」
聞いたエーデックは「どう、とは?」と尋ね返す。
「何故アルンスロットの人間がここに居るのですか?
アナセン様はどこにいるのですか?」
「アナセン様はお前とはもう会わない。
……失望したよ、キナイデル・ホズマック。
まさかお前が、ヤルンヴォルケ公爵様の信用を裏切るような真似をしていた、なんて」
「何っ⁉」
「調べはついているんだぞ、キナイデル。
お前はチーノと名乗り、随分と犯罪に手を染めていたみたいじゃないか。
麻薬の栽培をヤルンヴォルケ公爵領で行い、そして首都でその麻薬を売りさばいていた」
「何を言う!あれはすべて公爵様のご命令によるもの……」
「嘘をつくな!」
エーデックはそう言うと、手をさっと上げた。
すると隠れていた兵士がワラワラと飛び出す。
「お前達の悪事は全部暴かれた、そしてさらに偽証の罪まで重ねようとは……」
「どう言う事……という訳にはいかないのですね。
私を、切り捨てましたか……」
「切り捨てたとはずいぶん聞こえの悪い。
お前が公爵様を裏切ったのだろ?
貴様が私腹を肥やすために行った事を、殿下のせいにしようとは……
今回は叔父貴にこの事を見て貰おうと思って御呼びした。
お前……ヴィクタ・アルンスロット様の命も過去に狙ったんだってな」
「…………」
黙るチーノ、そんなチーノに武器を煌めかせた兵士が迫る。
それを見て後ずさり、逃げ道を確認するチーノ。
そしてエーデックがニンマリと気味の悪い笑みを浮かべて言った。
「……カーツが全て白状した。
あの世で先に、お前が来るのを待っている」
これを聞いた時チーノの目が大きく見開かれた。
次の瞬間奴は「ぬぉぉぉォォォォッ!」と叫ぶと一目散にこの場から駆け出す!
「追え!逃がすなッ‼」
エーデックがそう号令をかけると、たくさんの兵士がチーノを追って走り出した。
それを見送った後、エーデックは感情の無い目を笑みに張り付けて言った。
「叔父貴、済まなかった。
全てはあのキナイデルがやった事だ、後で(ヤルンヴォルケ)公爵様からも使者が、アルンスロット様の元にやって来るだろう。
どう詫びを入れたらいいのか、これから話し合いたいとグスタブ様からも申し入れがある。
コチラとしても精一杯の誠意を見せるつもりだ、ヴィクタ様にもその様に伝えてくれ」
「……これがお前の言う手柄なのか?」
随分と人を馬鹿にした話だ……そう思いながらそう尋ねると、エーデックは尊大な表情を浮かべてこう言った
「ああ、捕まえたらチーノをアンタに引き渡すよ。
せめてものお詫びだ」
これがお詫びねぇ……思わず鼻で笑う。
これを見てエーデックの友人が一瞬気色ばんだが、エーデックはそれを手で制すると「じゃあ、叔父貴……頼むよ」と言ってこの場を離れる。




