誠実の意味 2/5
―二日後
最近口の忙しい首都の住民の間で、こんな噂が持ち上がっている。
『多くの特権を奪われたヤルンヴォルケ公爵は、いずれ反乱を起こすだろう』と。
この噂は王宮内でも話題になっており、これを聞いて多くの廷臣が、現在の女王によるヤルンヴォルケ家排斥の動きに、それとなく慎重を求める発言をし始めている。
もちろんこれらは現在噂に過ぎない。
だが人間が噂話の奴隷であるのも、また事実だから、怪情報に心揺れた者から、誰かの思惑通りに騒ぎを始める。
すると今度は追い詰められた脅威を恐れ、貴族の多くが王党派貴族とヤルンヴォルケ公爵の仲を取り持とうとし始めた。
こうして貴族と市民。
共に怪しげな噂を探し求めて、語る者が居るならば、皆誰の言葉にも耳を傾けた。
フリットと話し合った二日で、だいぶ街の空気は変わる。
街は何かが起きる気配が充満し。
この気配の中、自分は連中が感づいて逃げ出す前に急がなければと思った。
……敵もまた、この現実感の中で、同じ焦燥感を覚えている筈なのだから。
―襲撃の日、第6応接室
「それでは先輩宜しくお願いします」
自分は仕事の引き継ぎに来た、護衛者の先輩にそう言って頭を下げた。
「ああ、任せろ。ヴィクタ様の身の安全は俺が守る。
お前とは一緒にスコーペッド港で戦って以来の仲だ、しっかりと務めを果たしてやる」
そう言って、先輩は嬉しそうに笑った。
彼はこのパーティに出席して、貴族の子女と仲良くなるつもりだ。
加えて次期アルンスロット公爵であるヴィクタとの関係値を上げる事も目論んでる。
自分の代わりを務める事は、彼にとっても悪い話ではないのだ。
「それにしてもケーシー“こんな日”にチーノの情報が舞い込むなんてツイて無いな」
自分の事を“ツイて無い”と言う割には、素敵な笑顔を浮かべる彼。
「いやぁ……」と言って言葉を濁すと、傍できちんとした身形のルカスが口を挟んだ。
「ケーシーも災難だな。
情報屋からの知らせが“今朝”届くだなんて」
フリットからのタレコミが今朝届いたと聞いたルカスがそう言って、自分に同情を示した。
「ロサスはコッチの事情なんか知らない。
ソレにチーノの事だけはどうしても自分がやりたいんだ」
そう言って本当の動機を隠して、説明を続ける自分。
「ケーシー、本当に一人で大丈夫か?」
ルカス同様着飾ったヴィクタがそう言って心配した。
「ええ大丈夫です。
情報の精度も分からないのに、兵士を使う訳にはいきませんから。
今回であの情報屋が信頼できるかどうか、見極められると思います」
そう言って微笑むとヴィクタは「まぁ、荒事はケーシーに任せておけば間違いはないか」と言って頷く。
この時、コンコンと誰かがこの応接室の扉を叩いた。
「アルンスロット様、お迎えに上がりました」
扉の向こうから聞こえる、メッセンジャーの声に、ルカスは「今からソチラに参ります」と返して、ヴィクタを見る。
「……もう時間か。
それじゃあケーシー、僕達はパーティに行ってくる。君も頑張れよ」
ヴィクタのこの言葉「ありがとうございます」と謝辞を述べて、見送る自分。
そして先輩を交えた彼等はこの応接室を出て行った。
「……ふぅ」
パーティに興味がないと言えば嘘になる、貴族が集まる催しだ、華やかな上に出世の糸口も転がろう。
だが、それは今の自分には縁の無いモノだ。
「…………」
応接室にある棚から自分の私物を取り出す。
今回は室内戦を想定し、手甲と鎖帷子、そして短剣を用意した。
鎖帷子のフードですっぽりと頭を覆うと、視力を戻すために解毒剤を飲む。
見る見るウチに、応接室を飾る鏡の中の自分が白くなった。
「はぁ……」
戦いが始まる前。心は戦いに向けて昂揚し、そして恐れた様にこの胸を不安で満ちた。
いつもの様にやればいい……
いつもの様にやればいい……
そう何度も胸の内で繰り返す。
心を研いでいく……
コンコン
また誰かが扉を叩いた。
「ルカスが忘れ物取りに来たかな?」
邪魔だな、そう思いながら扉を開けると、そこにはびっくりした顔のマーアンが居た。
「なんで?」
思わず素っ頓狂な言葉を発する。
彼女の視線は自分が被る、鎖帷子のフードに注がれており、それを片手で脱ぎながら、マーアンを応接室の中に入れた。
「ケーシー、これから仕事?」
「ああ、うん」
「一緒に行こうかなって思ったんだけど、パーティ行かないの?」
なんていうタイミングでこの女は此処に来たんだ!
「そ、そうだね。誘ってくれてありがとう。
こんな事が無かったら、一緒に居たいけど無理なんだ」
まさかマーアンの名前が載ってるかもしれない顧客名簿を抑える為に、これから麻薬の売人共を襲撃する等とは言えない。
「結構重装備だね」
「あ、ああ。鎖帷子着てるからね」
「白いケーシーだ。
アハハ、戦うときはいつもそうなの?」
「まぁ、視力が戻るから……
黒いと近視の乱視だから良く見えなくて」
「フーン……やっぱり武官なんだね、とっても似合ってるよ」
「ああ、ありがと……」
ここで初めて自分も美しく着飾った、今夜の彼女が目に入った。
普段と違い、大人びた化粧と、それに合わせた落ち着いたドレスの彼女。
すらりとしたスタイルの良さが際立っていた。
「腰が細い……」
「ええ、ドコ見てるの?」
「ああゴメン、凄く綺麗だから」
思っていた事を思わず口にしてた。
「アハハ、やだぁー、私のこと好き?」
軽く冗談めいた口調の彼女、自分は「うん」と頷く。
「……嘘ぉ、うふふ」
思わず手甲を嵌めた手を彼女の肩に伸ばしかける。
……その時手甲の黒鉄の煌めきで、正気に戻った。
「またねケーシー、私もなかなかでしょ?」
今日は得意げな猫の様に笑うマーアン。
そのまま自分に微笑みかけながら、応接室を出て行った。




