誠実の意味 3/5
鎖帷子の上から服を着た自分が、スキューゲヴィー区に辿り着いたのはそれから間もなくだった。
指定された場所についた自分は、そこに居た情報屋フリットに話しかける。
「悪い、今抜けられたところだ」
「遅いぜ、もしあんたが来る前にロサスが帰ったらどうしようか?と冷や冷やしたよ」
約束の場所からは、連中が根城にしている古物商の建物が見える。
「あの中には何人いる?」
「さぁな、あまり多くは無いだろう。
実際何人もの人間が出て行った。
だけどまだ金を持って何人か来る」
「ロサスは居るのか?」
「居る、ああそうだ、奴の似顔絵を用意してきた」
「見せてくれ」
渡された似顔絵を見てみると、魚みたいな顔の男が描かれていた。
「これは本当にロサス(鮭)なのか?
別の魚みたいな顔だ……」
「チーノにして見たら全部ロサスに見えたんだろ。
それよりいつ踏み込む?」
「何時でもいいが、方法は?」
「金は用意した。
売り上げを持ってきたと言えば開けてくれるだろう。
受け取りのサインをロサスから貰わないと、ボスに殺されるとか何とか言うさ」
「…………」
他のやり方はあるだろうか?思いつかない。
自信ありげなフリットの様子に「それでいい」と答えるしかなかった。
「今行くのはどうだ?
時間と共に現金輸送の為に、誰か用心棒が来るかもしれない。
だけど今なら事務所にあまり人が居ないと思う」
心の準備を整える間もない、現金輸送の護衛が来るなら、その前に片付けようとフリットは提案する。
「……それでいい、自信があるなら仕切ってくれ」
ソレに異を唱えず、従う自分。
こうして二人で早速、奴等が運営する古物商と言う名のゴミの山に辿り着いた。
「ケーシー、ひとつ頼みがある」
「なに?」
店の扉を叩く直前、真剣な眼差しのフリットが、思いつめた声を上げた。
「ロサスに最初に剣を向けるのは俺に譲ってくれ」
「どうして?」
「弟の手足を、実際にハンマーで砕いたのはロサスだ、だから俺が直にアイツを刺してぇんだ」
「……わかった」
「ついでだが、あんたがロサスに金をじかに渡す役をしてくれないか?
その時金を受け取るために奴が手を伸ばしたら、何も言わず奴の手を抑えて欲しいんだ。
そうしたらその手を俺がナイフで刺して“何か”に縫い付ける」
「…………」
奴の言葉の中に、鬼が潜む。
それを感じ取った自分は、気迫に押されて返事も出来ず、ただ頷いて返した。
自分の様子を見て、フリットは無言で貨幣の詰まった袋を渡す。
手甲の輝く手で受け取った。
フリットは自分を引き連れ、店の裏手へと回る。
そして裏手の扉を叩いた。
「スロンカツィアン区から来た、ティコだ。
追加の金を持ってきた」
フリットがそう声を掛けると、扉の目出し部分が開き、向こうから人がこちらを見る。
「追加?
スロンカツィアンからのお金はまだ届いて無いぞ」
「きちんと送ったぞ、まだ来てないのか?
クッソ、あいつ逃亡したのか?」
「おい、金を持ってきてないのか?」
「追加分はココにある。
しょうがないからこれだけでも受け取ってくれ、後の金は必ず払う。
……その事についての相談と、受取のサインをロサスさんから貰いたい」
「受け取りのサインは必要なのか?」
「俺が疑われるだろうが、もし貰えないなら金は持って帰ってボスに渡す。
下手すりゃ俺が殺されちまうんだよ」
「……ボスの名は?」
「ペーザー・チューワ―さんだ」
「はぁ……ちょっと待ってろ」
男は足音を立てて、どこかに消えていく。
しばらくして足音が戻ってくると、今度は扉そのものが開かれた。
「……なんだ、お前?」
手甲を嵌め、鎖帷子のフードを被り、金の入った袋をぶら下げる自分を見て、男が訝し気に声を上げた。
「護衛の若い衆を連れてきた。
おい、お前早く中に入れ」
フリットの言葉に自分は「はい」と短く返事を返すと門番役の男を無視して中に入る。
「それよりロサスさんに早く金を渡したい」
「あ、ああ……」
男は首を傾げながら自分を睨み、そして部屋の中に案内した。
事務所の中にはこの門番役を含めて4人の男がいて、全員が自分達を睨み付ける。
「金を持ってきたのに歓迎されてないんだな」
フリットが、案内してくれる門番役に、そう話しかけるが、彼はフリットを無視して一番奥の部屋に入った。
「ボス、チューワ―の所の金が来ました」
「ああ……」
奥の部屋では開け放たれた金庫と、その前に帳簿、そして金の入った袋が幾つも乗ったテーブルがあった。
その奥の椅子に一人の男が腰を掛け、帳簿と金を数えている。
「はぁ……受け取りのサインが欲しいんだって?」
男は鮭というより、ヒラメみたいな顔をしていた。似顔絵の通り……
「ええ、確認してください」
そう言うとフリットは自分を顎で促した。
……自分はロサスに金の入った袋を突き出す。
「…………」
ロサスはテーブルに置かれるでもない、自分に無遠慮に突き出された、空中の袋を見て困惑した。
「…………」
そのまま奴の目の前で数秒宙に浮かぶ、貨幣の詰まった袋。
それを見てロサスは、自分を常識の無い若者だと思ったのだろう「はぁ……」と、聞えよがしな溜息を吐くと袋を受け取ろうと手を伸ばした。
次の瞬間自分は金の入った袋から手を放し、そして伸びて来た奴の手を掴んでこちらに引っ張り上げて、テーブルに腕ごと押し付けた。
「え?わゎ……」
面食らうロサス、その手をフリットがナイフでブスリと刺した。
ギャぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
上がる悲鳴、ひっくり返るテーブル。
軽やかな音を立てて銀貨、金貨が床に散乱する。
「ロサスッ、ビエラホラでは世話になったな!」
「あ、あああああああ……
いてぇ、くそぉぉぉ、てめぇは誰だ⁉」
起き上がろうと足搔くロサス、血まみれの手で机と自分を縫い付けたナイフを外そうとするが、上手く捕まえられない。
「…………」
ここに案内してきた門番役は呆気にとられいた。
そして次の瞬間、正気に戻り自分にダガーを突き付ける。
「クソがあぁぁぁぁッ‼」
ロサスを助けようと奴は、ダガーを構えそしてフリットと自分を見る。
……きっとどっちに斬りかかるのか迷ったのだろう。
自分はすかさず腰の短剣を抜き、相手の胸を刺し貫いた。
「が、ああががが……」
口からあぶくを噴きながら倒れる門番、その異変を聞きつけ事務所に居た他の3人が駆け付ける。
「フリット、ロサスを頼む」
自分はそれだけを言うと、血の滴る短剣を下げながらそいつらの元に向かった。
「早く、早く誰か‼」
背中から響くロサスの悲鳴、そして肉を叩くペチペチと言う音。
「ギャァァァァァァァッ!」
振り向くとフリットが鬼の形相で、そこら辺に在ったと思われる小刀で、ロサスの顔を叩くように切っていた。
「フリット、殺すな。
コイツの始末は我が主がする!」
「……クソぉ、クソッ!
お前のせいで、お前が弟を殺したせいでっ!」
「助けて、誰かぁぁぁぁぁッ!」
ロサスの部下は、ボスの悲鳴を聞いて血相を変えた。
そして3人共が、腰の剣を抜き払う。
「早く来い、来ないとお前らのボスは死んでしまうぞ?」
右手に短剣、そして左手の手甲を盾のように前に出しながら連中に囁いた。
「う、うわぁぁぁぁっ!」
正気を失った二人が狭い通路に入った。
そして置物のテーブルに阻まれ一人が、転がり激しい音を立てる。
「⁉」
一瞬だけ、敵の目線がこちらから仲間に向かった。
ガキッン!
ソイツの元に遠くから踏み込むと、顔面を手甲で砕くようにぶん殴る。
そして驚く、床に寝転がるヘマしたソイツの仲間を、剣で背中を刺した。
「あ、ああああああっ!」
まだ床に寝ながら戦う事は諦めて無い様で、手を伸ばして剣を掴もうとする。
なのでその手を踏みつけると、もう一度短剣で、そいつの背中を刺し貫いた。
……ビク、ビクッと蠢き、奴は逆らう事を止める。
こうして事務所に居るのは、奥で助けを呼ぶロサス、そして血だまりの中に沈んだ二人と、顔を抑えて床をのたうつ男。
……そして踏み込むのに遅れた男となった。
それを睥睨する返り血で真っ赤に染まった自分。
この時になり、最後の一人が初めて恐怖に震え始めた。
「来るな……来るな!」
奴は長剣を抜き払い、短剣の自分を脅した。
自分は盾を扱うように、手甲を前に突き出す。
「散々悪事を働いたんだ。
これも運命だと思え……」
「俺達は、バックに大きな存在があるんだ。
さ、裁判になったってなぁ……」
「お前たちチーノ一家を裁く判事はいない。
……今日が裁きの日だ」




