誠実の意味 1/5
―俺は雇われただけだ、チーノ?
―ああそうだ、俺はアイツの部下だ。
―なぁ、全部吐くから助けてくれよ、不始末をしでかしたんだ、俺このままだと殺されるんだよ!
あの夜捕まった黒づくめの男はそう言って、直ぐに尋問に協力をしたそうだ。
……だが彼の命乞いは意味をなさなかった。
なぜなら翌日、彼は本格的な尋問を前に、拘置所で殺害されていたから。
しかも警察の建物内で死んだ彼の死体には、舌が無かったと言う。
見せしめの為に殺されたアウトローには、仲間からこういう辱めが行われる。
喋った者にふさわしい罰を与える為だ。
そしてこれではっきりした。
……警察の中に裏切り者が居る。
この事件は女王陛下の耳に入った。
この件で激怒した陛下は、警察署内の綱紀粛正をターヴィ・シニスタロキア、次期法務大臣に命じる。
そして警察の管轄を首都長官の、ヤルンヴォルケ公爵から、法務大臣の元に60日間移す事にした。
次期法務大臣はアルンスロット公爵家に、治安維持の為に兵士供出の依頼を出す。
裏切り者を警察が隠すと、彼が疑ったからだ。
べアンハート・アルンスロット公爵は快く受け入れ、女王陛下の手元に、自らの兵300人を差し出した。
◇◇◇◇
―3日後
「マーアン外に行かないのか?」
この日の昼頃、自分の部屋に来て、まったく外に出ようともしないマーアンを心配して、声を掛けた。
「粛清が始まったら、外に出たくない。
毎日のように人が捕まり、元警察官や、無法者たちが毎日処刑されるから……」
そう言って、憂鬱そうな表情を見せた彼女、何度も溜息を吐いた。
「そうなんだ……」
この時、未来が見えると言う言葉を思い出す。
「何時まで続くの?」
「……粛清の事?」
頷くと彼女は、顔を片手で顔を半分覆いながら、記憶を辿る様に言った。
「えっと……それならあと2週間で終わるよ。
悪い人は皆どこかに消えちゃうから……」
一瞬息が止まる。
彼女は、自分が今何を言ったのか分かっているのだろうか?知りすぎてるぞ。
……裏切り者は、自分だと言っているようなものだ。
「そうか、それなら2週間の辛抱だね。
そうしたらさぁ、新しいコーヒー専門店が出来たからソッチに一緒に見に行かないか?」
「え、またコーヒー?」
「頼むよ、今度はおしゃれな店なんだって」
「ホント君はコーヒー好きだよね」
「カップルばかりで、一人では入りづらいんだよ。もし言ってくれたら何か欲しいもの買ってあげるから」
そう言うと、彼女はニンマリ笑って「どうしようかなぁ」と、いたずらっ子の様な顔で言う。
「お願い、マーアン。助けると思って」
「しょうがないなぁ」
そう言って笑うマーアン。疑われているともしらないで……
それをおくびにも出さず自分は笑い返す。
◇◇◇◇
―同日の夕方。
この時間。久しぶりに知り合いに呼ばれ、警察署の待合室に入った。
そこで自分は、普段よりも目をぎらつかせた彼に再会する。
「ああ、ケーシー。随分ご活躍のようで」
「バルブロ警部、あなたこそ随分ご活躍だと聞いてますよ」
中に居たのはチーノ追い続ける、バルブロ・スティンバーグ警部だった。
「今日はどうしました?警部」
「ああ、実はこの前紹介した情報屋のフリットから連絡が来た。
なんでもお前さんに会いたいそうだ」
「フリット?分かりました」
「場所は知っているのか?」
「以前手紙を貰いましてね、そこに書いてあります」
そう返すと、警部は話しを早々に切り上げて席を立った。
「ああ、そうだ。
この前教えてくれと言われていた、おしゃれな喫茶店の場所を紙に書いたんだ」
そう言って自分に親しみの持てる笑みを浮かべながら、メモを渡す。
「ああ、ありがとうございます」
「あの可愛い彼女と楽しんでくるんだろ?
良いよなぁ、私にも若い頃はあったんだぜ」
そう言うと颯爽と待合室を出て行く警部。
何かを感じ、急ぎ目を通したメモにはこう書いてあった。
―警察を頼るな。
「ありがとうございます。
またいい店が在ったらよろしくお願いします」
その背中に声を上げると、バルブロは振り向きもせず、キザの決まったポーズで片手を挙げた。
◇◇◇◇
警察署を出た自分はその足でフリットの元へと向かす。
尾行が付くかもしれないので、狭い道を回ったり、混雑する市場を抜けたりしながらだ。
こうして自分は、スキューゲヴィー近くに在る西の橋付近の高台を登った。
そして街を一望する高級ホテルに入る。
向かったのはホテルの部屋の、最上階にある部屋だ。そこの扉を叩く。
ガチャ……キィ
叩かれた後ゆっくりと開く扉、僅かな隙間から目が見え自分と目を合わせる。
そして何時もの様に無言で中に迎えられた。
「驚いた、今度は安宿じゃないんだな」
以前見た時とはあまりに違う暮らしぶりに驚いた。
「貧民窟は情報を集めるのには向いているが、こんな高級ホテルの方が身は安全だ。
しっかりしているからな。
前居た所の汚い宿屋の主と言うのは、口が軽い。
それにしばらく滞在していたら、怪訝に思って探りを入れてくる」
「なるほど、目立たないから逆だと思った」
「まさか……あんな掃き溜まりに余所者が居ついたらそれこそ目立つ。
周りから詮索されるのも時間の問題だ、奴ら病的なまでに人の過去を知りたがるからな。
だから金払いが良く、身形がきちんとしているならこう言ったホテルの方が、プライバシーは守れるのさ」
成る程、故郷モンタプータに余所者が来れば詮索される。そういう事か……
「そう……
それよりも自分を呼んだと聞いているが、何かあったのか?」
「ああ、情報を掴んだ。
急ぎ戦える奴らを集めてくれ」
「なぜ?」
「この前教えた、奴等の根城である古物商店覚えているか?
アソコには麻薬の売人共がこれまでため込んだ大金がある、そしてその金を回収しにロサスが来るんだ」
「ロサス……チーノの腹心か」
「アイツ等逃げ支度を始めるつもりらしい」
そう言われた瞬間、マーアンの『それなら2週間で終わるよ』と言った声を思い出した。
「だから首都中に分散された金をかき集めようとしているんだ。
そしてそれを集めて、チーノに元に運び込む日が明後日という事だ」
そんな情報を持ってきたことに舌を巻く。
「よくそんな情報を持ってきたな」
「命の危険を感じ取った奴が、俺の主に取引を持ち掛けてきた」
「アンタ主持ちなのか?」
「ああ……よく聞いてくれ、ケーシー。
お互いに誠実に腹を割ろう。
腹を探りながらじゃ、この先誰が裏切り者なのか怯えてしまう。
正直に言おう、俺の正体だ。
俺は本業が庭師なんだ、今は休職中だが」
「なるほど……なぜ打明けた?」
「きっと信用されてないからだ。
俺には分かるぜ、アンタ疑っても顔に出さないだろ?
そして疑ったまま相手を泳がせるタイプだ。
俺には分かる」
自分の内面を知られるのは好きじゃない、固唾を呑みながら「ああ、そう見えるのか、俺は単純だぞ」と返した。
「腹を割ろう、割らないとこの先進めないと思わないか?」
コイツ、どこまで信用できる?
「ケーシー・トールスカン……
聞いてくれ、お前に信用されたい。
打明けると俺の主はお前さんが思っているよりも大きい方だ。
貴族だな、そしてお前さんの陣営、つまり王党派の誰かだ。
今、主は命を懸けている。
何としてもヤルンヴォルケを止めないと、もし失脚したら主は死ぬだろう。
俺は仕える主を失うんだ!
王党派は、陛下に取り立てて貰った新興貴族が多い、彼等は位が高いが領地が少ない。
……つまり兵士が居ない。
そしてヤルンヴォルケに睨まれた古い貴族は、皆没落している。
そこで主はエルドマルク貴族でありながら、政争とは一定の距離を置いていた、アルンスロット公爵様に目を掛けた。
公爵領はよく治まり人口だって多い。だから兵士だって多い。
そして……ヴィクタ様を狙われたことで、反ヤルンヴォルケ側の人間だ」
語るフリットの目は真剣そのものだった。
焦りすら感じるほど……
その様子に真実味を覚える。
「なるほど、それで警部を通じて接触してきたのか」
「そうだ、我々には力が居る。
力とは軍事力だ、それを持って陛下を支えて欲しい」
「…………」
「勝負に打って出るなら今だ。
この瞬間を逃せば次は無い、ロサスを捕まえ、チーノ一家を壊滅させれば、ヤルンヴォルケ公爵は大きな資金源を失う」
「ロサスはそんなに大きな奴なのか?」
「ああ、奴はチーノの一番古い部下だ。
チーノの事で知らない事は無いナンバー2が奴だ。
ソレに奴なら顧客ファイルを持っている」
「顧客ファイル?」
「麻薬や毒薬を買った顧客のファイルさ、奴等はそれを使って商売をしている。
まぁ、何かあったらそれを使って脅迫するつもりだろう。
それでこれまで主な売り先だった、ヴァンツェル・オストフィリア国の貴族の何人かは、これで脅され、逃亡の手助けをさせられたそうだ。
エルドマルクで本格的に麻薬を捌き始めたのはつい最近だから、まだコッチの貴族で脅された奴は聞いて無いがな」
この時脳裏に、冬至の日に見た金色の髭のニッセの姿が過ぎった。
あの手には、店に入った時には見なかった、化粧箱が握られている。
「フリット、明後日だな?」
「兵士を連れてこれるか?」
「いや、許可を取る時間がない、自分が行く」
顧客名簿を見るのは自分だけにしたい。
「ちょっと待て、常に4人はあそこに詰めているんだぞ?」
「4人斬ればいいだな?
分かった、剣は2本持って行く」
「正気か?」
「……ロサスの身柄を攫ったら急いで、馬車に乗せて牢獄に入れたい。
当日は馬車を用意してくれ、旅客用が良い」
「あ。ああ……」
納得がいってない様子のフリット、その様子をあえて無視して尋ねた。
「時間は?」
「夜だ……しばらく張り込むことになる。
顔は知っているから、現れたら教える。
それにしても……無謀だろ」
「アルンスロットでは当たり前だ。
勇気の無い奴の言い訳なんか通用しない。
自分がシニスタロキア伯の護衛をした話は聞いているか?」
「もちろん……ああ、そうか。
アルンスロット家はそうか、そう言う家だな」
事実は千の言葉よりも信用できる。
フリットは自分の言った言葉に納得がいった。
「落ち合う時間は日が暮れてからの方が、都合が良いんだ。大丈夫か?」
そう尋ねるとフリットは「何故?」と尋ねる。
「夜に学校で、春の始まりを祝うパーティがある。
そのパーティは学生以外も参加できるんだ。
なので他の者に、ヴィクタ様の護衛を任せたい」
「なるほど、アンタの本業は護衛者だもんな。
大丈夫だと思うぜ、仮に奴が思いのほか早く来ても問題は無い」
「なぜ?」
「ロサスは几帳面だからだ。
金を帳簿と突き合わせて数えるのは結構な時間がかかる。
それに今回はスターハーヴェン中のゴロツキから集めた金を数えるんだ、奴はすぐには店から出られないさ、たぶんな……」




