知らない彼女に触れる日に
「はぁ、憂鬱だよ……」
「どうしたの?マーアン」
謹慎明けして一週間後の事、マーアンがそう嘆いた。
放課後何時もの様に自分の部屋に来て、コーヒーを飲んでいる時だ。
「ん、はぁ……家族の事だよ」
「そう言えばマーアンはサイピエーグ子爵様の娘だっけ?」
「まぁ、養子だけどね……」
「そうかぁ……」
それを聞きながら、騎士家出身の自分とは、身分が違うなぁと考える。
今こうして一緒にコーヒーを飲むのも、学校に行っている今の時期だけなのかもしれない。
……そんな予感にも似た不安が胸を過ぎった。
「何暗い顔してるの?」
あ、表情に出たか……
「いや。自分は貴族家の出身じゃないから。
学校卒業したら、こうしてマーアンと一緒にお茶を飲む事も無いのかなぁ、と……」
「ええ?学校卒業したらかぁ……」
そう言うとテーブルに顔を伏せた彼女。
ここで不意に、以前“18までしか生きられない”と言っていたのを思い出す。
「お互い結婚してからも、こうして友人で居られるかなぁ?」
彼女の本心を探る様に、どこか当たり障りのない質問をすると、彼女はテーブルに頭を擦りつけるように首を動かし、下から自分の目を見上げた。
「……わかんない。
ずっと友達で居られると良いね」
「そうだね……」
自分がそんな話を始めたのは重々承知だが、ずっと一緒に居ると、言って欲しかった。
……恋人として。
ずっと友達で居られると良いと言われた時、胸に痛みが走る。
そしてそんな自分の表情を、じっとうかがう彼女。
探るようなその眼がひどく愛おしい……
熱病の様に顔が火照るのを感じながら「ケンカするかもしれないけど、ずっと仲が良いと思う」と答える。
マーアンはそれを聞くと「きっと私たち、ずっと仲が良いよね」と言って笑顔で顔を上げた。
そしてテーブルの上に置かれた、カスタードパイを頬張りながら「あれ、私何の話をしていたっけ?」と呟く。
「家族の事で悩んでるんじゃなかった?」
「それだよ!まったく関係ない事を言うから話し飛んじゃったじゃん!」
えっ、いきなりお叱りモード?
「お、おお……」
「おお……じゃないよ。
実はね、今お母様が二人ともスターハーヴェンに居るんだよ」
「お母さまが二人?」
聞きなれないミラクルワードに思わず面食らっていると、マーアンは「育てのお母様と生んでくれたお母様」と言って、コーヒーを飲んだ。
「あ……ああ、ハイハイ。
そうか理解した」
「うん、でね……二人とも私がケーシーと仲が良い事を知ってるから、会いたがっているの」
「え、なんで?」
「知らない……二人とも凄い怖いから、特に産んでくれたお母様は」
「えっと……近付くのを禁止されるとか?」
「どうかな?もしそうならとっくの昔に禁止されていると思うけど」
「…………」
「どうしたの?黙っちゃって」
「いや、自分……大丈夫かな?」
マーアンと引き離されることを恐れて、思わずそう口走ると彼女は「分かんない」と言って笑った。
その後は何故か自分の母の話となり、美しくも、自分に冷淡だった彼女の事を物語る。
自分とはよく似た顔立ちの母の話をしていたら、マーアンが自分の白い髪と肌が見たいと言い出したので、解毒剤を飲んでそれを見せた。
「アハハハ。絶対そっちの方が良いよ、君は“逆”詐欺師だよね」
お前が見たいと言ったから、薬を飲んでやったと言うのに。
この女、素顔を見たらケラケラと笑い出しやがった!
「何が“逆”詐欺師だ」
「ああ……お父様を思い出す」
「お父様って、実の父親?」
話が飛ぶなぁ……そう思いながら、彼女の語りに乗ると、マーアンは思い出を部屋の虚空に浮かべた様で、ソレを見ながら笑う。
「そう、すっごいきれいな顔をしていたんだよ。
娘の私から見ても、カッコよかった。
母様は面食いなんだ!」
そう言った後、なぜか彼女は黙った。
その後、彼女は微笑みながら涙を浮かべ、そして顔を窓の向こうに向けながら呟く。
「だけど殺されちゃった……」
聞いてはいけないモノを聞いた気がして、言葉を失う。
自分の心臓に痛みが走った。
……彼女に近寄ると、その肩を引きながら「自分も父を失ったから分かるよ、辛いよね……」と言って寄り添う。
マーアンは悲しみをすすり上げながら、自分の胸に頭を預け、しばらくそのままに姿勢で居た。
◇◇◇◇
―日が明けて、翌日王立スターハーヴェン学校第六応接室
「え、王宮に赴くのですか?」
いつもの様に第6応接室で、ヴィクタやルカスと話していると、ヴィクタが嬉しそうに語った。
「アハハ、王宮じゃないよ。
赴くのはファティリティーズ離宮(豊穣宮殿)だ、スターハーヴェンの南だね」
そうヴィクタが言うと、ルカスも嬉しそうに言った。
「ヴァーデンセントルム(王宮の事、中央宮)よりも小さな宮殿だが、あそこは女王が頻繁にサロンを開いている」
「そう言う事。いわばファティリティーズは陛下の趣味の為の宮殿だ。
つまり今回僕とお父様は、女王の私的なサロンに招待されたんだよ。
御同席されるのはピアケスコー家の人間や、女王陛下と私的な付き合いがある音楽家や、雇われ芸術家と、何人かの貴族だね」
それを聞きながら目をまん丸に見開く。
「信じられない話です……
まさか仕える主が、爵位もまだなのに陛下に拝謁するなんて……」
この言葉にヴィクタは大笑いする。
「アーッハッハッハッ!
ケーシーはナシュドミルの田舎から出て来たもんね、びっくりするのも無理はない。
今アルンスロット家は、良いポジションに迫りつつあるんだ。
お父様も僕もドンドンと上を目指す、だからついて来いよ、良い目を見せよう!」
聞いた瞬間、自分と同じでキラキラした目を見開いたルカスと目線が合う。
『ついて行きます!』
思わず二人して声を合わせると、再びヴィクタは笑い出し、そして言葉を続けた。
「だから明日は二人とも夜明け頃には白銀宮殿に居てくれ。
ルカスは同行者として、そしてケーシーは護衛だ」
「え!自分も行って良いんですか?」
「僕の護衛なんだから当然だろ?
ただ、陛下の元には行けないから、別室で僕達の荷物を守ってもらう事になる。
そこはしきたりだからね。
陛下の元に赴ける武官は基本、陛下の直臣のみなんだ」
「成る程、そう言うしきたりがあるのですね」
当然だな……
◇◇◇◇
こうして支度を整えた翌日、自分達は豊穣宮殿へと向かった。
豊穣宮殿はアルンスロット家の白銀宮殿よりも小ぶりな宮殿だ。
この宮殿はピンクと白を基調とした外観を、前面に広がる鏡の様な大きな池に映している。
その姿は美しい。
落ち着きつつも華やかな姿が、見る者にどこか幸せを予感させた。
「良いな、池の傍の別荘……」
先行するベアンハート様の馬車を追いかける馬車内で、ヴィクタがそう呟いた。
どうやら離宮が欲しいらしい。
「どうせなら、湖の傍に別荘を建てたいよね」
思わず苦笑いを浮かべた自分は「そうですね」と、当たり障りのない相槌を打つ。
そして独り言なのか、返答なのか曖昧なヴィクタの言葉が零れた。
「今度ねだってみようかな、狩猟の為の館が欲しいって……」
ソレを聞きながら(思い付きでそんな事を願えるなんて、なんと羨ましい……)と思う。
……やがて自分が仕える貴族家の2台の馬車は、離宮の玄関に横づけた。
「おお……」
離宮の中に入った瞬間、隣のルカスは感動の声を上げる。
宮殿内の豪華な室内の壁は、収穫と祝祭をテーマにした絵画で埋め尽くされ、しかも部屋ごとに雰囲気が全く異なった。
異国の祝祭をテーマにした部屋もあれば、遥か古代のもの、聖典の内容からとられた画題で埋まった部屋もある。
どれもこれも見事な絵画ばかりだ。
さすが王が雇い入れた芸術家だと、自分も感動する。
「なるほど、豊穣宮殿とは良く言ったモノだ……」
先行するべアンハート様が、隣に居る貴族の男性と、そんな話をしながら回廊を行く。
やがて我々は広い書斎の様な部屋に通され、そこに荷物を置いた。
しばらくして侍従に呼ばれた主達は、自分だけを残してこの部屋を出て行った。
(荷物番は此処で待機……かぁ)
荷物を置いて部屋を出て行けるはずもなく、暇を持て余すのも、貴族に仕える者の役目だと、自分に言い聞かせて此処にとどまる。
……そして時間を潰す為に、窓の外に目を向けた。
見ると外では、煌びやかな服を着た男女の貴族が、楽し気に池の周りを歩き回る。
「オホホホ、そんな事になって居たのですか?」
「ええ、叔父上も驚いておいででした。
まさか自分の帽子を鳥が奪い去るとは、夢にも思わず……」
聞こえてくる取り留めのない内容の会話。
(いずれはマーアンもあんな女達の一人になるのか……)
昨日の事を思い出しながらそう考えた。
(お父様が生きていたら、自分もあの池の周りを幸せそうに歩いていたのだろうか?)
ハルアーナ王国の貴族だった自分の父親。
トゥーゲル・グルヴァン伯爵。
幼くして彼と死に別れた事で、自分はこんな運命になってしまった。
今も生きていれば、80歳になって居たのだろうか?
そこまで長く生きる事は難しくとも、せめて自分が10歳を超える頃まで生きていてくれたら……と、思う。
「ふふ……」
なんてどうでもいいことを考えたのか。
そして、池の周りの貴族を見るのをやめる。
コンコン
この時不意に誰かが部屋の扉を叩いた。
返事をすると、外に居た衛兵の声が響く。
「失礼します、お客様なのですが、扉を開けても宜しいでしょうか?」
「客?……少しお待ちください。
私がそちらに赴きます」
来客に心当たりがない。
なので、主の荷物の保全を考えて、自分が赴き、そして扉を開けた。
ガチャ……キィ
「はーいケーシー」
「いッ⁉」
開けたらおめかししたマーアンが立っていた。
思わず変な声が上がる。
「な、何してるの?」
「良いから中に入れて、目立つでしょ!」
「あ、ああ。まぁ、うん……」
こうしてマーアンは押し切るように中に入り、そして後ろ手に扉を閉める。
「…………」
何故、この女がここに居るのか全く分からない。
ビックリしたまま動く事も出来ない自分に、マーアンが言った。
「ケーシー、今から隣の部屋に来て」
「は、はい?どう言う事……」
「お母さまが二人とも此処に来ているの、それで君に会いたいって言ってる」
……自分は思わず後ろの荷物を見た。
「駄目だよ、べアンハート様とヴィクタの荷物がここにあるんだ……」
それを聞くとマーアンは苛立ったようにため息を一つ吐いた。
「荷物よりも重要なんだよ!」
「いや、そう言う問題じゃない。
自分はアルンスロット家に仕える護衛者なんだ、この荷物の保全が出来ないならここからは動かない!」
さすがにこの女の言い草にカチンとしながら言うと、マーアンは盛大な溜息を再び吐いた。
「分かった、分かったよ。
この部屋に誰も入らなければ問題無いよね。
荷物が安全ならいいんでしょ?」
「ああ、まぁ……」
そう言うとマーアンは扉の向こうに居る衛兵に声を掛けた。
「ちょっといいかしら?」
「どうなさいました?」
「今からこの部屋に鍵を掛けます。
もし誰かこの部屋に入ろうとしたら、隣りの書斎に居ますので声を掛けてください。
そうしたら中から鍵を開けますので」
「誰も入れるな、という事ですね、承知しました」
「…………」
なんでマーアンが衛兵たちに影響力があるのか……
戸惑う自分の様子を見て、彼女は言った。
「私はサイピエーグ家の人間で、お養母様はこの離宮の管理をしていた、カスパル・ピアケスコー様の姉なの。
だからこの離宮の事はよく知っているの。
だから私は此処で影響力があるんだよ」
カスパル・ピアケスコーとは、女王陛下の夫で、以前暗殺された貴族だ。
ああ、そう言う事か、やっと合点が言った。
「ねぇ。髪と肌が白くなる薬持ってる?」
「解毒薬の事?持ってるけど……」
「多分お母様たちは、ケーシーの白い姿も見たいとか言い出すと思う。
そうしたら飲んでくれる?」
「え……」
思わず断ろうとすると、それを制するようにマーアンは言った。
「大丈夫、今日のサロンは裏で、私達ピアケスコー家と、アルンスロット家が同盟を秘密裏に結ぶ為の集まりなの。
だからべアンハート様達も、今回の件について怒る事は無いと思うわ。
お願い、ケーシー……お母さまを怒らせたくないの。
もしお母さまを怒らせたら、私ケーシーと、もう会えなくなるかもしれないんだよ?
ネッ、今日見る事の全ては秘密にするから」
ヴィクタは自分が白くなった姿を、他人に見せる事を嫌う。
なのでためらったが、マーアンにはもう知られている事でもあり、話しぶりからすると彼女の母親にも知られている様である。
マーアンと会えなくなることを恐れた自分は「分かった」と承諾した。
マーアンは安堵して、自分を手招きすると、書棚の方へと歩き出した。
彼女は書棚の中にある茶色の本に手を伸ばすと、ソレを傾ける。
カチッ……キィ
書棚は何か留め具が外れたような音を立て、そして部屋の中に動き出した。
「隠し扉?」
「……内緒にしてね」




