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愚かな若者に振舞うコーヒー

―2ヶ月後

―聖竜暦1396年エルドマルク王国、首都スターハーヴェン


アナセン・ヤルンヴォルケと()めた後、自分は案外平和に過ごせた。

この期間は自室にて勉強に集中しよう、そう思ったのが理由……ではなかった。

それなら部屋に来るであろうリトヴァやルカスから伝わる、話に心が乱される……でもなかった。

上司に駆り出されてしまったからである。


その説明をする前に、自分のアルンスロット家中(かちゅう)での公式な立場を簡単に説明したい。

まず自分は武官(ぶかん)(せき)を置く家臣であり、正式な役職名は護衛人(エスコート)である。

護衛人とは貴族に仕える、身辺警護(しんぺんけいご)を主にする武官の事で、王に仕える者は特別に近衛(このえ)とか、衛士(えいし)と呼ばれる。

近衛(コチラ)の方が知られた名前だろうか?

ちなみにだが、自分のように、元々アルンスロット家と全く縁もゆかりも無かった人間がこの仕事に()くのは珍しい。

自分はヴィクタのお気に入りだからと言う特殊な理由で、このあまり知られていない仕事に就いた。

通常護衛人は、小姓として若くして貴族家に入り、そこで育ちながら従士になった者、もしくは騎士から選ばれる。

つまり本来ならばアルンスロット家に代々仕えた、家臣の家の男が付く仕事だ。

だから、自分と言う存在はアルンスロットに仕える小姓の数名からは、あまりよく思われていない。

正式な手順で仕官したと思われてないので、同じ武官仲間だと感じていない人間が、若干名いた。

そしてそれを危惧(きぐ)して、俺の為に色々手を尽くそうとしてくれたのが、上司のコニーである。

彼はべアンハート様の首席護衛人で、護衛人(エスコート)のボスだった。


彼は自分が謹慎(きんしん)を始めた翌日には、自分の部屋にやってきて、嬉しそうにこう告げる。


「喜べケーシー、殿下べアンハートはお前の働きに、内心お喜びだ。

そこで『出仕停止を申し渡したが、あまり気を落とさない様にと伝えろ』と、私におっしゃってくれた。

なんとお優しいことだろうな……

そこで特別に、練兵場への立ち入りが許されることになった。

俺としても、おなじ護衛人(エスコート)としてお前を(くす)ぶらせるつもりは無い、ヴィクタ様付きの護衛人(エスコート)として、いい機会だからビシバシ(きた)えてやろう!

そうだな……これを機会に一度、小姓達(こどもたち)と一緒に多くの訓練を共にしてみてはどうだ?

なぁに、お前もアイツ等に毛が生えたような年齢だ、話題が合わないという事も無い。

うん、それが良いだろう」


ああ、コニー……今すぐアルンスロット領に出張してほしい。


「ありがとうございます、コニー。

午前中だけでも訓練に参加したいと思います」


笑顔で“午後は参加しないです”と伝えるとコニーは「遠慮するな、夕方まで時間を持て余してるだろ?」と……

素敵な笑みを口元に浮かべ、笑わない眼で俺の目を(のぞ)く騎士コニー。

逃がさないぞ!という意思に、恐怖で全身が震えあがり、そして心は砕けそう。

コレに負け、思わず「はい……」と、蚊の鳴くような声で自分は答えた。



こうして朝起きてから夕方まで、練兵場、その他で年若い小姓達と一緒に訓練に参加する“案外”平和な二ヶ月が始まる。

しかも、訓練後には白銀宮殿の敷地内にある、宮殿外の様々な施設に転がる、これまた様々な雑務に駆り出された。

……出仕停止とは何だったのだろうか?

それが終わってからクタクタになって自室に帰り、テーブルの上に置かれたリトヴァが残してくれた講義のノートを写してから眠る。

たまの休日も部屋の掃除やら買い出し、そして勉強に追われた。

こうして召使の人たちに『今日も精が出ますな!』と、からかわれながら日々宮殿に通う。



―出仕停止の最終日


この地獄の日々の最終日、珍しくコニーが自分を食事に誘ってくれた。

特に何も考えない愚かな自分は、彼の企みにも気づかず、軽率にもホイホイついて行く。

コニーは少し高めのレストランに自分を連れて行くと、店の奥の誰も来ない個室へと自分を連れて行った。


「好きなものを頼め。

まずは、乾杯しよう。


それではお前の謹慎明けに……」

その言葉を合図に、ワインで満たされたガラス製の杯を手に取った。

そしてチンと鳴るグラスの衝突音、そして口に含んだ瞬間に広がる南の国の葡萄酒の味。その香り……

思わず長く息を吐き出す。

……幸福感のこもる溜息、思わず零れ落ちる笑み。

葡萄酒の馥郁(ふくいく)たる香りに、解放感と笑顔が浮かぶ。


「ケーシー、お前は何かしたのか?」

「何か……とは?」


喜びを覚えた心に、いきなり水でも掛ける様に、この言葉。

思わず驚いていると、コニーはニンマリと笑って言った。


「いやな、2ヵ月前にお前が謹慎に入った次の日の事だ。

殿下がお前の事を心配し、そして暇を持て余すことが無いように、と仰せになった」

「?」

「なんでもお前やヴィクタ様が通う学校の理事長から、お前がこの謹慎期間中、女性の友人との関係で慎重になる必要なのでは?と言われたそうだ」

「え?」

「おいおい“え?”じゃない……

逆にこっちを尋ねる奴があるかよ。

アレか……イイ女でもできたのか?」


どこかヴィクタを思い出させる悪い笑みで、コニーが俺の目を覗き込む。


「お前ぐらいの年齢の時は、俺だっていろいろあったもんさ」


いや、知らんけど……


「ああ、まぁ……」

「お前、俺が何も知らないと思っているんだろ?

冗談じゃない!俺は殿下の護衛だぞ、色々知ってる。

お前達若造共、特にヴィクタ様が色々と学校で企んでいる事もな……

今回の件も女がらみだそうじゃないか、お前の女友達と、その親戚でルカスの女が絡んでいるんだろ?」

「……その話でしたら、ヴィクタ様も自分が語る事を、きっと望まれないと思いますので」


覗き込むコニーの目線を恐れ、逃げ出そうとする自分。

そんな心持ちを見透かすと、彼は「なるほど」と呟いて、幾度(いくど)(うなず)いた。


「お前は護衛人でありながら、そのボスである俺に逆らうのか……」

「いや、そんな事は……」

「護衛の面で問題が発生したのだろう、お前がダガーを取り出したとのウワサも聞いた。

その件について報告が無いのはおかしいんじゃないのか?」

「それでしたら殿下の側近である……」

「ああ、アイツに報告したって言うんだろ?

俺も奴からその報告は聞いた。

だがな、俺にも聞かせる必要が、お前にはあったんじゃないのか?」

「……すみません」


その後コニーはこれを機会に自分の頭を(おさ)えつけたかったのか、散々に説教を垂れる。

言い訳もできず、しどろもどろに答え続けていると、満足したのか彼は話を戻した。


「……まぁ、以後は気を付けたらいい。

ソレよりも話を戻すと、どうやら理事長はお前の女関係が乱れる事を気にしているみたいだな」

「……はぁ」


説教された事で、もうすぐにでも帰りたい自分は、光の無い目でコニーとテーブルの上の料理を(なが)め、生返事(なまへんじ)を返した。


「で、だ……お前は知り合いの女と言うのは、マーアンとかいう女と、フライアとかいう女以外だと誰が居るんだ?」

「誰、と言っても……後はクラスメイト」

「クラスメイトか……その中で特に仲が良い女は?」


説教されて頭がおかしくなっていたのだろう。

自分は、普段と異なり(なぜそんな事を聞く?)とも考えられなかった。

質問内容を精査(せいさ)する事も出来ず、まるで人形のような気持になって「最近だと、リトヴァ・エッテランタ様と仲が良くなりました」と答えてしまった。


「リトヴァ?」


コニーはこの聞きなれない女の名前を聞いた瞬間、目をキランと輝かせる。

それを見て(しまった!)と、思った自分。

だがもう遅く「それはどんな女だ?エッテランタと言う家名だとナシュドミルだな、古い知り合いか?」と、コニーが鋭く尋ねる。

追い込まれた自分は、これまでの事を正直に話した。

すると奴は話を聞き終えるなり、ニンマリと笑って俺に食事を(すす)めた。

ああ、コイツ……この話を殿下に披露(ひろう)するつもりだ。

そのあからさまな態度に、この後の未来を正確に予想して(おそ)(おのの)く自分。

……もうどうにでもなれと思った。

こうして開き直り、食べなれない御馳走を食い尽くしてやろうと、ナイフとフォークを動かす。


「もっとワイン飲んでも良いですか?

こんな高い店、中々来る事が出来ないので!」


自分が破れかぶれでそう言うと、ご機嫌なコニーが(あお)り立てるように言い放った。


「ああ、飲め飲め!

若いんだからきっちり食って体力を付けろ!

アルンスロット家の為に働けば、こんなワイン大したもんじゃないんだからなぁッ」

「ありがとうございます!」


ヴィクタになんて言い訳しよう……ペラペラしゃべるな!と怒るであろう彼の顔が想像つく。


(しょうがないじゃないか!

コニーに逆らえる筈も無いだろ!

ええい、どうせ叱られるなら思い残すことなく食い尽くして、飲みつくしてやれ!)


こうして酔いに任せ、自分の知っている事を、コニーに全部吐かされた自分は、ベロベロに酔っ払ったまま家に帰り着いた。


◇◇◇◇


「うう、ふぅ……」


すっかり日も暮れたころ、酔ったまま寄宿舎に帰りついた不出来な自分。

寄宿舎の敷地内に入ったはいいけど、家がどこにあるのか忘れてしまい分からない。

夜になって、明かりが少なく、暗くていつもと違う風景が頭を混乱させた。

右だったかな、左だったかな……

一階で、庭に面した部屋なのは確かなんだけど。

そう思っていると、遠くで呆気にとられた表情で自分を見ている、ひとりの女性と目があった。


「あ、マーアン……」


どう言う理由かは分からないが、庭の片隅で、呆然と自分を見ていた彼女。

自分は何も考えずに近寄り、嬉しくなって声を掛けた。


「今日は誰の部屋に忍び込むの?

悪い女だぁ……」

「え?」

「だから、悪い女だって言ってるの!」

「え、酔ってるの?」

「うん、まぁ……付き合いってのがあってね」

「最低……」

「うん、君は……最低じゃあないなぁ」

「こんな人だと思わなかった!」

「どんな人だと思ったの?」

「ショックだよ、すごくがっかり……」

「うん、君も……酷いよ。

冷たい女だし……」

「……サヨウナラ」


そう言って帰ろうとする彼女を、自分は必死で引き留めた。

何も考えられず、生理的欲求に従う動物のように。


「ちょっと待ってマーアン、お願いだから」

「やだ、無理!」

「お願い、家が分からないんだよ!」

「はい?」

「あの……自分の家ドコでしょうか?」

「何っ!本気で言ってるの?」

「勿論、ヒック……いつだって本気だよ」

「いや、そうじゃないよ!

嘘、信じらられない」

「嘘じゃないよ、眠くて仕方がないけど、家が分からないから、このまま外で寝ちゃおうかな?って思ってる」

「まだ2月だよ⁉」


そう言うと彼女は帰るのを諦めたのか、自分の手を引いて敷地の中を歩いた。


「ありがとう、優しいねぇ、マーアン」


手を引かれながらそう告げると、彼女は返事代わりに苛立ったように息を吐いた。

やがて自分達はまるで倉庫みたいな、部屋の扉を開けると中に入る。


「ねぇ、ココ本当に自分の家かなぁ?」

「…………」


返事も無く、再び溜息を吐くマーアン。

中に入り、手ごろな椅子に腰を掛けると、マーアンが部屋の明かりに火を灯してくれ、それでようやく周りが見えた。


「……本当に自分の部屋だ」


飾り気も無く、まるで喫茶店の様なコーヒーの匂いと、机の上に並んだ、喫茶器具の数々。

……酔っ払うと随分と玄関の印象が変わるモノだ。

そして寒さとノドの渇きに思わず震えた自分は、無表情にこちらを見つめるマーアンに声を掛ける。


「マーアン、コーヒーを淹れて……」

「なんで?」

「お願い、ノドが渇いた、しかも寒い、一生感謝するから……」


するとマーアンは諦めた様に溜息を吐くと、豆を淹れたコーヒーミルをこちらに渡し、彼女はビーカーに水を入れて温め始める。


「…………」


なにも言わず、2ヵ月前の様に、マーアンに差し出されミルを無心で回し、コーヒー豆を粉砕する自分。

粉砕し終わったコーヒー豆を、ミルの受け皿ごと渡すと、彼女はそれをドリッパーにセットした。


パチパチ……モコモコ……


いつも通りの変わらぬ音を立て、お湯を含んだコーヒー豆が、黒い液体をドリッパー下の、ガラスの中にたらす。

こうして抽出されたコーヒーを飲むと、ようやく心が落ち着く。


「落ち着いた?」


その様子を見ながら声を掛けたマーアン。

自分はほっとした思いを抱きながら答えた。


「ああ、すまない、少し酔いが醒めたよ……」


コーヒーをすすると、安心感が籠った溜息が口から零れる。

その様子を見ながらマーアンが口を開いた。


「リトヴァ様からノートを借りて勉強してたんだって?

じゃあ授業は大丈夫だね、あの人、私より勉強教えるの得意そうだし」


自分はまだ酔いに惑う、ぼやんとした頭の中を覗きながら答えた。


「まさか。この2ヵ月、出仕停止を言い渡された筈なのに、ずっと白銀宮殿(スールヴパレズ)で訓練と労働をしていたんだ。

初日に彼女に会ったっきりで、その後会う事も無かった」

「……でも、ノートは写していたんでしょ?」

「うん、だけど会えなかったんだ。

メモだけでやり取りしていた。

……リトヴァ様本当に親切だよね」

「じゃあ、リトヴァに会ってないんだ?」

「うん、最初の日だけだね。

なんでも理事長が、自分の学生生活が乱れるのを嫌ったらしく、それでこんな健康的な2ヵ月間を過ごす羽目になったらしいよ。

だから授業の内容の細かいところは分からない。

どうしようか……落第したら恥だよね、アハハハ」


自分がそう言うとマーアンは、少し考えた後「教えてあげようか?」と自分に尋ね……


(え?)


思わず食い気味なって「教えて欲しい!」と言うと、マーアンは少し嬉しそうに笑って「良いよ」と答えてくれた。

今日はいい雰囲気じゃないか……そう思って喜んでいると、マーアンは急に何かを思い出した様で、目を見開いた。


「あ、それ。明日でもいい?」

「明日じゃないと無理なの?」

「もうすぐ人がここに来るから、もう行かないと……」

「ああ、未来が見える的な……」

「それじゃあね」


そう言うなり、彼女は慌ただしくこの部屋を出て行った。

彼女が居なくなった後、いつもの様に守衛が見回りに来て、今日は特に念入りに部屋を見られる。

自分の部屋に女っ気が無いことを確かめると、やがて守衛は足早にこの部屋を出て行った。


「ズ、ズズ……はぁ」


マナー的にはいけないが、音を立ててコーヒーをすすり、その音に(わず)かな自由を覚える。

そして、自分は先程までいたマーアンの気配を思い返した。

先程の事を思い出す度、何か喜びをもたらす、そんな小動物が胸の中で飛び跳ねる。


「ズ、ズズ……ふぅ」


マーアンの様子を思い返しながら、明日が来るのが楽しくてしょうがなかった。


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