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揺れる想い

「はーい、ケーシー」

「ああ、マーアン……」


自分に挨拶をしてマーアンは、軽い足取りで席に着く。


「…………」


それを見ているとニヤケが止まらない。

そして、話も弾まない。

……ついでに話しかけて、何を話していいのかも分からない。

加えて向こうも話しかけてこない。

そして思うのだ、これまでどうしてあの子と楽しくおしゃべりをしていたのだろう?と……


「…………」


ついさっきまでマーアンを見てにやけていた自分は、次の瞬間彼女に嫌われるのが怖くて、話しかける事すらできなくなる。

そしてふさぎ込んだ。


◇◇◇◇


―放課後


「ケーシー、お前が情緒不安だって、皆が言ってるぞ。

流石に学部を越えて話が伝わるのはまずいだろうが!」


何時もの第6応接室で、ヴィクタが居ない中、ルカスがそう言って自分を叱りつけた。


「ああ、すまない……迷惑を掛けた。

これからは気を付けるよ」


自分はあくまでもただの生徒では無く、アルンスロット家に仕える家臣としてこの学校の生徒をしているのである。

流石に格好に気を付けなさ過ぎた、と反省をする。

ルカスは再度呆れたように溜息を吐くと「そんなにあの女の事が好きなのか?」と尋ねた。


「……分からない、ただずっとあの子の事を考えてしまうんだ」

「いや、うん……それが好きって事だと思うが。

まぁ、いいや。それで……その子は身分が違うだろ?

上手く行かないんじゃないのか?」

「そうだな、子爵家の養女だもんな」


自分は騎士家の出だし、継ぐ騎士爵も無い。

ましてや、マーアンは子爵家の出だった。


「良いかケーシー。

その子がサイピエーグ家の何らかの地位を引き継ぐ立場なら、絶対に無理になるぞ。

大体そう言った身分違いの恋をすれば、身分が高い方の女は、持参金も持てずに、親から勘当されてしまう。

それを良いと思う子もいるが、騎士家の側だって持参金も持たないできた嫁を良くは言わない。

家臣だって『他の騎士家から来た奥方ならば、この家を富ませてくれた』と思う。

『身の程をわきまえれば、頼りになる親戚も出来た』と言うヤツもいるだろう。

……つまり、やめた方がいい。

騎士家は騎士家から妻を迎えた方が幸せだ」


その話を聞いた時、自分そうだろうなと分かっていた。

分かっていたが、それでもショックだった。

心配そうな表情を浮かべ、ルカスが言葉を続ける。


「叶わぬ思いに身を焦がす時も有ると、お母様も言っていた。

そんなのいつかは良い思い出になるそうだ」


ルカスの母親ロヴィーサ様は、自分に礼儀作法などを教えてくれた、自分のもう一人の師である。

そんな彼女にまでこの話が伝わっているのだと聞くと、自分はこの思いを諦めなければと悟る事が出来た。


「……ロヴィーサ様の御言葉を聞くよ。

自分にとっては師の言葉だ……」


余りにも周囲が見えなくて、遂にそう言われてしまうに至ったのは、明らかに自分の失態なのだ。

……こうしてその苦みに満ちた果実を、自分の腹の中に収める決意を固める。


「それが良い、とにかく周りから変な噂が立つのは辞めてくれ。

振る舞いを改められないなら、あの子に近づいてもらうのは、ヴィクタ様の恥になりかねない。

とにかく今は、お前の事を皆が好奇の目で見ているのは覚えておけ」

「ああ、分かった……」


自分はそう言うしかなかった。

アルンスロット家に仕え続けるには、それしか無い……


◇◇◇◇


その後寄宿舎の自分の部屋に帰った自分は、時を忘れてぼんやりと、窓の外の太陽とその景色を見ていた。

何時までも、何時までも動くことなく景色を見ている。

これが恋で、もう彼女を思ってはいけないのだと思うと、心の空洞の大きさに寒気を覚えた。

どうして自分はあの子を好きになってしまったのか……好きになってよい子を好きになればよかったのに。


「そう言えば、夜に来るんだっけ?」


確か昨日マーアンが、レポートを見せろと言っていたと思いだす。

……心を寄せてはいけない、そう思うと何故かスーッと心から覚悟と決意がわいてきた。

彼女はただの友達なのだ、親友に恋心を抱くのが間違いなのだ。


「……前と何も変わらない、そうだよな」


そう思うとようやく心も体も動いた。

あ、そう言えば今日、まだコーヒーを飲んでいなかったな。

まさか自分がコーヒーを飲み忘れる時が来るとは……ま、これも青春だな。

とにかく自分を納得させ、そしてそれに成功して、今自分は若い時代を生きているのだと思えた。

そこから自分の行動は早かった。

彼女に見せるレポートの準備をすませると、コーヒーミルを取り出して、ゴリゴリとコーヒーを挽き始める。


「はーい、ケーシー」


そうしているとマーアンがいつものようにやってきた。


「やぁマーアン、そこにレポート用意してきたよ。

ところでお茶菓子とかある?」


お茶菓子を用意してくることが多い、彼女にそう尋ねると「今日は無いよ」と言ったので、バターたっぷりのクッキーを出した。

それを食べながら話しかける自分。


「いやゴメンね、なんか自分最近変だっただろ?

正直あれは無いなぁ、と反省したからさ。

気にしないで」

「うん、気にしてないよ。

君も色々あったんだよね」

「まぁね……それよりもレポートの内容はどうだった?

あまりうまくまとまって無い気がするけど」

「そんな事無いよ、鉱物の採取については相当詳しく準備手順が描いてあるね」

「まぁね、ナシュドミル人だから。

アソコは冬季は鉱山街に籠って、鉱山で働く人が多いんだよ。

水晶に琥珀……たまに工房に言って琥珀を溶かしてアンブロイトに、魔導材料を入れる」

「ふーん」

「サイピエーグ領では冬季とかはどんな仕事するの?」

「え?あ……どうしてるんだろ。

私、領内の事は分からないな」

「まぁ、お嬢様じゃ仕方がないか。

騎士家よりも上だと、現場にはいかないしね。

子爵家は大変だ、でもまぁ、それが良いよ。

身分に釣り合った生き方をするべきなのさ」


そう言ってコーヒーを飲む自分。

こんなに身分差も無く、一緒の時を過ごすのは、きっと学校に行っている今の間だけなのだろうなぁと考えた。


パチパチ、パチパチ……


寒いのが嫌いな自分は、燃やしていた暖炉に目を向ける。

これが自分の青春で、自分の短い初恋が終わったんだなぁと考えながら。


「…………」


自分の顔をマーアンがじっと見ている事に気が付いて、顔をそちらに向ける。


「え、なに?じっと見て。

眼鏡取ろうか?しっかり見ても良いよ」

「…………」


次の瞬間マーアンは、不機嫌そうに立ち上がると「ありがと、帰る……」と言って、レポートを持って敢然と帰って行った。


「……ああ、また来て」


自分がそう言葉を掛けるが、彼女は何も言わずに部屋を出て行く。


バタン!


怒りも露に、荒々しく扉を閉めて出て行ったマーアン。

その様子を見て自分は困惑を隠せない。

そして……なぜマーアンを怒らせたのかを考える事になった。


◇◇◇◇


―それから2日後。


あの女は自分をあからかさまに無視する。

この前まで自分に向けた感情は拒絶だった。

これも十分理不尽だが、今向けてくるのは怒りである。

どちらも目を合わせてくれないのは一緒だが、今回はさすがにこちらも腹が立つ!

なので、自分も彼女を遠ざけ、そして無視していた。


「なんなんだよ、アイツ!」


イライラが止まらない。


「ああ、クソ……コーヒーだ」


最近思う、自分は立派なコーヒー中毒だと。

とにかくゴリゴリとミルを回してコーヒーを挽く。


「なんだよ、自分が何をしたって言うんだ!」


ぶつくさ文句を言いながらいつもよりも念入りに挽くと、気が付いたらコーヒーがまるで砂の様になってしまった。


「あ……ああ、くそぉ」


しっかりしろ自分、輸入品のコーヒーはそれなりに高いんだぞ?


「いいや、外に投げ捨てちまえ!」


苛立つと、普段なら絶対しない事もしてしまいたくなる。

これもそのケースで自分はコーヒーミルの受け皿を、取り出すと、それを外に投げ捨てるべく外へと出て行った。


「…………」


外にはびっくりした顔のマーアンが立っていた。


「ああ、レポート有難う。返しに来た」

「ああ、そうなんだ……」


あれだけイラついていたのに、本人に会うとその気持ちが消えていく。

マーアンが「それじゃあ」と言って、立ち去ろうとするので「コーヒー飲んでいきなよ」と言って引き留めた。

そのまま部屋の中に入ると、遅れて彼女も部屋の中に入る。

そして、またコーヒーミルを回すと、今度はいつもの様にコーヒー豆を挽く事が出来た。


「ああ、そうかぁ」


自分が何気なくそう漏らすと、マーアンが小首を可愛く傾げた。


「一人だと、上手く挽けなかったんだ。

いつも二人分挽いていたから、力の加減が分からなかったんだな」

「ああ、そうなんだ」


何時もの様にコーヒーを淹れて、飲んで、話して……なのに感情的にささくれだった話題は避けて、互いにどうでもいい話題だと気付きながら無害な話題を和やかに話す。

この場はまるで作り物のようだが、それを作る事が、自然と働く二人の合意だった。

聞きたい事より、空気感だけを大事にして進む、空虚な会話。

そんな会話の中で、間もなく来る冬至の祭りの話になる。

スターハーヴェンで育ったと言うマーアンが、冬至の思い出を話してくれた。


「皆でニッセの姿に扮して、街の人と交流するの。

私達は金色の髭をつけてね」


ニッセとは小人の事で、真っ赤なとんがり帽子をかぶり、ひげを蓄え、人々に幸運をもたらすという伝承がある。


「へぇ、面白そう。

エルドマルクの風習?」


自分がそう尋ねると「スターハーヴェンだけじゃない?」とマーアンが答えた。


「その日はたくさんお店が路上にあふれて楽しいんだ」

「それは良いね、なら一緒に見に行こうか?」


そう尋ねると彼女は少し困った顔をした。


「ああ、ごめんね……17歳の冬至の日は、行かなければいけない場所があるんだ」

「そうなんだ、それは残念」


特に引き留めるでもなくそう返した自分。

とにかくこうして、雰囲気だけを良くして、自分達は別れた。

……これで良かった、と思った。

会話に意味は無かったが、それでも楽しかった。仲直りが出来たのだから。


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