警部、再び
―それから1週間、冬至の日の前日
「はいスサネ様、これがニッセの人形ですよ」
王都スターハーヴェンでのアルンスロット家の拠点である、白銀宮殿では公爵家と、そこに仕える貴族の子供達が自分を取り囲んでいた。
「ケーシー、僕これが良い!」
「はいはい、こちらの髭もじゃのニッセですね」
「ケーシー、木の上に綿の雪を付けて!」
「はいはい、それは給仕さんに言って下さい」
「駄目だよ給仕は、手が届かないんだ」
子供たちは勝手気ままに要求するので、てんてこ舞いだ。
それに振り回されながら、自分は公爵家の重臣たちの子供の相手をする。
「じゃあそれぞれの家の飾りつけは、皆様にお任せですよ。
アソコに置いてある箱に必要なものは一通り揃っていますから、おうちに持って帰ってくださいね。良いですか?」
『はーい』
「それじゃあ、公女様の庭の飾りつけを続けましょう!」
そう言って子供達と、飾りつけを続ける。
―3時間後
準備が終わり、これで、冬至の日を迎える事が出来ると安堵した自分。
暖炉の上で並んで座る、赤いとんがり帽子のニッセ人形を見てほっと一安心だ。
付近では相も変わらず子供達が駆け回る。
この時、給仕の女性が自分に声を掛けた。
「ケーシー、お客様ですがどうされます?」
「自分に?誰です」
「バルブロだと言えば判ると……」
バルブロ……一瞬誰だ?と思ったがすぐに顔を思い出した。
「ああ、応接室に行けばいいですね。
宮殿の何処の間(部屋)に居ます?」
「西の、お城の間の応接室です」
「ではすぐに行きます」
「かしこまりました、因みにその方はケーシーにとってどのような方ですか?」
「ナシュドミルで世話になった警部ですよ、ヴィクタ様や殿下とも面識がある男です」
そう言うと、給仕は目を見開いて、近くで聞き耳を立てていた執事に目を向ける。
余所者を警戒しているらしい。
「それではお城の間で居てくれる、給仕さんが居たら寄越してください。
お茶か何か頂きたいと思います」
自分もそれなら監視役の給仕をよこせと、暗に伝えると執事が頷いた。
こうして自分はココを立ち去った。
夜、近道を歩くべく、中庭を宮殿の明かりを頼りに歩く。
少しでも道から外れれば、真っ暗闇で段差も見えない。慣れないと危険な道だった。
白銀宮殿は、広大な敷地を持つ立派な宮殿だ。
レイヨンプータに在った、あの屋敷とは全く比べ物にもならない。
華やかさで言ったら、ナシュドミルにある王城よりも華やかだろう。
まさに王族にふさわしい宮殿である。
「ああ、警部!」
応接室に入ると、昔と変わらない警部が肩身を狭くして、豪華な部屋のソファーに腰かけていたのが見えた。
懐かしさも手伝い、嬉しくなって声を掛けると、彼はほっした表情を浮かべた。
「いやぁケーシー、来てくれなかったらどうしようかと思ったよ。
……場違いな服装で来てしまった」
「あはは、レイヨンプータの屋敷は質素でしたからね。
このシールヴパレズは、それとは偉い違いなので面喰います。
ご安心ください、当家では警部を下に見るモノはいません、今度からは相応の礼儀を払うように言いますよ」
「いやいやおかまない無く……それにしてもあなたは立派になったもんだ。
2年前は垢抜けないナシュドミルの小僧だったのに、今やきちんとした従士になってる」
「いや、自分は小姓の仕事をしてないので、先輩方から小突かれる毎日ですよ。
修行の入りが遅いですからね……ただの乱暴者だと思われない様に、様々な方からご教授頂く毎日です。
それよりも警部、エルドマルクにはいつごろから?」
椅子に腰かけるよう促し、彼の対面に腰かけると、警部は深くソファーに体を沈めた。
「エルドマルクに来たのは……もう2か月も前からですな。
秋ごろには居ました、何せハルアーナから出る船がその時期の船便で最後だったので。
それからはエルドマルクで奴等を追い込む準備ですよ。
いよいよ、9年にも渡った捜査も大詰めです」
「では、ハルアーナのチーノの拠点は?」
「ええ、おかげさまで壊滅しました。
ぺス(犬)は捕まえ、プラサァ(豚)は仲間に裏切られて死にました。
ロクデナシらしい死に方ですよ。
……いよいよ幹部も残るはエルドマルクに居るロソス(鮭)とカーツ(猫)そしてチーノだけです」
それを聞いた瞬間、自分の脳裏に闇に消えた60トンサイズの船の姿が浮かぶ。
「ご苦労様です……」
「これからですよ……
それで何ですが、実は今回ここに赴いたのは、ナシュドミルの時の様に公爵殿下にご支援をお願いできないか?と思いまして……
そこでこの屋敷で知り合いのあなたに、ご挨拶のお伺いを願いたいのです」
「ご挨拶ですか?
ええ、良いですよ。きっと殿下もお喜びになられることでしょう」
自分がそう言うと、警部は嬉しそうに笑った。
「いや、良かった……もし断られたらどうしようかと思っていました。
実は警察長官直々の指令でしてね、今回は」
「それはよかった、我が家の者もきっと喜びます」
「それはそれは、警察に協力してくれて助かります」
「いやコチラこそ、助かります。
……何せ連中はヴィクタ様に剣を向けた連中、一体誰に向かってそんな事をしたのか、思い知らせなければなりませんから」
自分がそう言うと、警部は溜息を吐いた。
「アルンスロット家では、やはりあの事は忘れてはいないのですね……」
「当たり前ですよ、連中全員を縛り首にするまでべアンハート様もヴィクタ様も、ご納得されません。
アルンスロット全員の意思です、必ず連中は皆殺しにします」
貴族……ましてや王族であるアルンスロット家に対する無礼には相応の、報復をもたらすのは義務である。
我らアルンスロットの名誉と尊厳は、命に代えても守らなければならない。
「皆殺し……ですか。
私の立場としては、お答えしづらい……」
「……では、言わなかった事にしましょう」
「ええ。そうだ……ケーシー。
もしよろしければ、明日ご一緒に街の探索に出かけませんか?
私的なモノなので無理に、とは言いませんが、昔話などが出来れば良いと思うのです」
「明日ですか?いいですよ。
ちょうど時間もあるので。
ヴィクタ様も、殿下もこの日は(女王)陛下の宮殿でパーティにご出席です。
白銀宮殿の勤務もこの日は有りませんので」
……何よりマーアンも居ない。
「王立学校の南門近くに喫茶店があるのはご存じですか?
アソコで待ち合わせがお願い出来ると助かります。
何分自分は学生なもので……」
「そう言えば以前送っていただいた手紙で、今度学生になると言ってましたな。
なんでもヴィクタ様と同じ学校に通われるとか、学生と言いながら、護衛ですかな?」
「…………」
なんでも探るのがお好きな警部だ……
アルンスロット家内の話を言える筈も無い、ただ黙って微笑む。
バルブロ警部はそんな自分の心に気が付いたらしく「これは失礼、職業病が出ました、ご容赦ください」と言って、軽く頭を下げた。
「待ち合わせの話なら、その喫茶店で良いですよ、時間は学校が終わるころでよろしいですかな?」
「ええ、では昼の3時ごろで。
場所はご存じですか?」
「ええ、何度か行ってます。
同僚の警部が良くコーヒーを飲んでます。
……私はまだ飲んでないんですがね」
「でしたらそこでコーヒーを飲みながら話しましょう。
あの店の奥の席は、まず誰も来ませんし、何より近づく者が居ればすぐに見えます」
「ああそれは良い、まだこちらに来て日が浅いのでね、そう言う使える店の場所を知れるのはありがたい。
では、お詫びにコーヒーは奢りましょう。
カモミールのお茶ほどの値段で飲めますかな?」
「その2倍はしますね、何せ輸入品なので」
「なんとまぁ……経費で落ちるかなぁ?
はは、長官に泣きついてきますよ、アンタのせいで安月給なんだ、困るってね」
「アハハハ、まぁ似たようなものです、こちらも。
なので……警部の金でごちそうになっても?」
そう言うと警部は「もちろん。それでは冬至の日に……」と返した。
警部はこの後行くところがあるそうで、直ぐに席を離れるそうだ。
「もう少しここで休まれたらいいのに」
自分がそう言うと彼は「あなたの事を長官、その他に報告しなければならなくてね」と、出口へと向かう。
給仕が現れる時間の隙間も無く、バルブロ警部との再会は、こうしてあっという間に終わった。
◇◇◇◇
―翌日
そんな訳で恋人と連れ立って歩く人が目立つ、冬至の祭りの日、自分は悲しいかな、年を食った男と二人で喫茶店の奥の席にいた。
「警部、公爵殿下にあの事をお伝えしましたら、明後日の夕方ならばお時間がとれるそうです。
取次に警部の名前を出せば、執務室にお通しできます。
ただ二人きりと言うのは許可できません。
おそらく何人かの側近が居ると思います」
「ああそれは構いませんよ、口が堅いのならね。
さて、ケーシー。私もあなたに話がある。
実に私的な話なのですよ、白銀宮殿では話せない内容です」
用も無く、自分に会いに来るはずが無いのは当然……か。
少しがっかりしながら、警戒も露に尋ねた。
「あなたの手伝いをしろと言うのですか?」
「ええ、実は少し汚れた手段を使いたいのです、チーノを捕まえるために……」
歯切れが悪い言葉で、そんな事を言う彼に、自分は嫌な気分を抱く。
「でしたら聞きたくは無いですね。
私は主を裏切るつもりは無い」
寒々と冷えた胸の内を抱え、淡々と言葉を返した自分に、彼は真剣な眼差しを投げながら言った。
「全てを聞いたうえで、断って貰えないだろうか?
実はチーノを追う上で、重要な協力者の協力を得たいのですよ」
「でしたら公爵殿下に話を通して貰いたい。
自分にだけ聞かせたい話と言うのは、良い意味に捉えようがない……」
「まぁ、話をまずは聞いてくれ。
そうじゃないと話が進まない……
……実は会って貰いたい人物がいる。
私の切り札だ。ソイツを協力者にしたい」
何とも都合のいい事を言う警部だ、そう思って自分は相手の目を睨み付ける。
警部は、やや観念したように言った。
「ソイツは腕が立って、決してチーノ側に寝返らない人間を探している。
……どんな奴なのか説明すると。
チーノに弟を殺され、18年も復讐の機会をうかがっている、情報屋だ」
自分はそれを聞き、そして引き続いて彼の目を睨みつけた。
「警部……なんで自分が彼と会わなければならないんでしょう?
それは警察の仕事ですよ……」
「ああ、ケーシー聞いてくれ。
エルドマルクの警察は、さるお方……
つまり口にはできない、大きな力の支配下にある。
お前さんならわかるだろう?」
……ええ、ヤルンヴォルケ公爵ですね。
「ええ、知ってます。
私の剣の師(コニーの事)から聞きました。
なんでもその方は現在、どこかの国の首都で行政長官の重職をお務めだとか。
そのせいで、警察も身動きが取れないそうですね。
金と人事をその方は握りしめて、自分に不利益をもたらす者が有れば辞職に追い込むと聞いてます。
実に賢い……警察も又行政の一端であることを思えば、身を守るやり方としては正しい」
ヤルンヴォルケ公爵家の現当主であるグスタブは、エルドマルク王国首都のスターハーヴェンの首都長官についている。
そしてその権力を使って警察を握りしめているのは有名だった。
その為、アルンスロット家では、チーノを追うのに警察はあてにならないと、思っていた。
「そう、警察は動けない。
ですが、国を思う者は常にいる。
今回実はとあるやんごとなき方から、隠密にウチ(同盟警察本部)の長官閣下に接触がありましてな。
敵の、資金源を断ちたいと、そう相談を受けたのですよ」
「…………」
「正直に言おう。
我々はアルンスロット家の暴力が欲しい。
誰が信じられるか分からない中、チーノを相手にするなら、一番信頼ができ、そして躊躇なく奴等に剣を向けられるのは、殿下しかいない。
いずれは、そのやんごとなき方も殿下に接触を試みられるだろう。
……あまりはっきりとは言えないのだ、私も、長官も。
今回の事を殿下に相談するのは勝手だ。
だが、まずはケーシー。君が汚れた部分に触れてくれないか?
チーノもその情報屋を探して始末しようとしている。時間がない……」
やんごとなき方……か。
「警部……まずは返事をします。
会いましょう、話を聞いて断っても良いんでしたよね?」
「ああ、聞いたうえで、な」
「“ボカされた話”で動くのは好きじゃないが、それしか無いならしょうがない。
それからこの話を秘密にしたいようだが、自分はこの話を公爵家に報告するつもりです」
「ああ、それは構わない。
だがこの情報屋にはそれを言わない方がいい、もしも公爵様が動かなかったら奴の命は無くなる。
それに、もし奴が捕まって、公爵様の名前が出たら……我々は終わりだ」
……ああ、そう言う事か。
つまり、公爵様を守るための、予防線を張ろうという提案か。
「つまり、自分が勝手に動いた態で居ろと言う話なんですね。
それならそうと言ってくれればいい……
警察は動けない、だからコソコソ動くために、自分に接触を試みた。
我々としても、目標を達成するのに必要かもしれない。
そう言う“警部の提案”だ。それで間違いないですか?」
「ああそうだ」
「それで、いつ会いますか?」
「これからだ、向こうは今日の5時ごろ会いたいと言ってる」
「場所は?」
「スキューゲヴィー区……私と一緒に行く」
「……なら、コーヒーを飲む時間は無さそうですね」
「ああ、すまない。また今度奢る」




