第3話 過去の魔女
「そろそろなんだけど」
何時間待ったのだろう、一向に彼らがくる気配がない。
もしかしたら、もうどっか行ってしまったのかな。
それは困る。
彼らと出会わなければ今までの事が台無しになる。
最後の最後でポンしちゃったら笑えないなー。
私の中の後悔と不安が津波のように押し寄せてくる。
もし出会わなかった時のための保険でも作らなかった自分が悪いからだ。
「あぁー。もう!ムシャクシャしてきた。悪いのは全部あいつなのに」
今の時刻は8時30分の夜。
はぁ…。
私は黒髪を指で捻りながら、まるで恋人を待つ少女の様にいた。
「諦めない…。まだ、終わってない。あの人は今の私にそう言ってくれる。そうだよ!まだ、諦めちゃだめだ。今まで何度も死にかけたけど、全部を◼️◼️◼️にやって来た事なんだ」
私は待つ。
どれだけ経っても、ただ待つ。
どれだけ…どれだけ…どれだけ…どれだけ…どれだけ…どれだけ…どれだけでも。
あなたを待つ。
私は貴方だけの◼️◼️。
「そこの夫婦ちょっといいかしら」
こんな時間になんだ?
商店街だから、観光し終わった人たちに何かお土産でもって、たてまえの路上販売者なのかな。
それにしても何かを売ろうとしている人には見えない。
羽織っている物は正直言って汚いし、商品を持ってもいない。
普通にホームレスで物乞いなんだろうな。
異世界では前世以上に格差が酷いし、こういう事も滅多にないわけでもない。
俺たちは多少なりともお金は持っているが、それをあげたりはしない…だろう。
意地悪でそうしているわけではないよ?
ただ、何も出来ない人が何でもできる物を簡単に手に入れたら、その行為を軽くみて馬鹿な事をし、いずれ自爆する。
俺は…前世で見た事がある。
と、言ってもその真逆の人も見た事がある。
危機感を持っている人はその行為を慎重に大切にする。
チャンスを捨てないのだ。
そういう人は素晴らしいね。
俺はチャンスを捨てる事があったりもしたから、後悔もした。
チャンスを捨てない人を尊敬して真似した。
まぁ、結果はぼちぼちだったけど。
それでも、俺が大切にしているのは結果でなく過程。
つまりだ。
つまり、この人にお金をあげたら結果ばかりを求めて、必要な過程を見失う。
そうなったら、手遅れ。
やり直すチャンスすらなく、詰んで詰んで詰みまくる。
俺たちがすることは、お金じゃなく、助ける為の物を与えればいい。
フッ。
決まったな俺の名言。
そもそも、この人がお金を貰って、馬鹿な事をするとは決まったわけではないが。
「どうしたんですか?」
リードが訝しげに聞く。
「いえ、お願いがあるんですが、これを受け取って欲しいんです」
物与え?
普通に物乞いじゃなかった。
俺の名言は無かったことにしておこう。
彼女が差し出したのは、先程自分が身につけていた、白くて透明なネックレスだ。
「そして、出来ればあなた方のお子さんにかなネックレスを肌身離さず身につけて欲しいです」
「どうしてなの?」
ダルディナが少し警戒を始めた。
母の本能だ。
「これは、私の大切な物ですが手放さなければならない理由ができました。捨ててはいけない品物ですので、せめて他の誰かが持っておいだ方が良いと思い」
「そう…。深く聞く様なことはしないけれど、受け取ることは出来ないわ。だから、ごめんなさい。他を当たって欲しいわ」
ダルディナが言い終わるとフードの女が一歩前に出た。
俺も怖くなって来た。
こういう変人は本当にいるもんなんだな。
「フッ」
なんだ?フードの女が突然口角をあげた。
だが、敵意のあるニヤけでなく、自分に対してのニヤけ。
「本当のことを話しましょう。このネックレスは幸福のネックレスと言い、所有者に不幸なことは起きないというデタラメな力を持った物です」
「その力ゆえに欲しいと願う者は多く、それを巡って争うようになりました。その争いばかりの中でこのネックレスは自我を持つようになったのです」
「自我を持つようになったネックレスは、資格者のみに力を与え、それ以外のものに禍を与えるものとなりました」
「待って待って、すみませんがいきなり何ですか?話が追いつきません」
彼女がすごい熱弁をしていたら、リードが話を遮った。
リードは良いことをした。
なぜって?
俺も急に何言ってるか分からなかったからだ。
本当のことを話しましょうでこの人の抱えている問題が出てくるかと思いきや、急なネックレスの詳細説明。
しかも、不幸をなくすネックレスの過去も語り始めた。
危なすぎて話にならない。
「ダルディナ。念のためその人から少し離れて」
「はい」
ダルディナがリードの後ろに隠れるように移動した。
リードの背中ってこんなにも大きかったけ?
いや、違う。
戦闘態勢に入ったのだ。
リードもこれ以上はヤバいと察したのだろう。
リードの目つきと声色が変わる。
「ネックレスのことは分かった。しかし、問うことにする。お前は何者だ?」
カッケェェ。
リードの漢姿初めて見た。
でも、まさかここで戦おうとしているのかね?
「私の名はアルンベレク」
「本当の目的は?」
「このネックレスの譲渡」
「本当にそれだけか?」
「えぇ」
リードはまるで拷問官のように端的にそして、的確に質問をする。
ダルディナはゴクリと生唾を飲んだ。
目はほんの少しだが泳いでいて緊張が見える。
そして、俺のことを交互に見る。
あ…俺か!
ダルディナは俺があの女に何かされるのかと警戒しているんだ。
当然のことだ。
息子が知らない人に高価そうなネックレスをあげるーって言って渡してくる人がいたら母からして怖いに決まっている。
そして、今の一触即発の戦闘。
ダルディナはリーディンを守れるのかという疑問に駆られているのかもしれない。
事態は深刻だったのだ。
「危害を加える気はないよ」
「なら立ち去ってくれないか?」
リードが右足を後ろに下げ、同時に拳も引いた。
いつでも攻撃できる状況。
俺はリードの戦闘は見た事がないが、庭で剣を振るったりしているのは見た事がある。
だが、今は剣はない。
自分がいつも頼っているものがないと、不安ってのは倍以上に大きくなる。
それで、リードは焦っているんだ。
相手の実力がどの程度かも分からない。
もしかしたら、自分以上かもしれなく二人を守れないかもしれないと。
「分かりました。分かりました。本当の本当の本当のことを話します。だから、その殺意を向けるのをやめてください」
「話したところでそのネックレスは受け取りませんよ」
「あなた達過保護すぎませんか?」
「あなたは、怪しすぎます。警戒しないってのが無理がある」
…!
目の前からリードが消えた。
訳がわからない。
言い終わったとたんに、リードの背中が消えた。
ダッダッダッダ、カキンと音がする。
後ろ…後ろだ!
後ろから音がする。
戦っているのだ。
リードが消えたのは女が動いて、それを追ったから。
ダルディナはこの状況は判断してすぐに門まで走った。
門兵を呼ぶ為だろう。
ここで助けてーと叫んでも俺はいいと思うが多分そうしないのは、味方がいるかもしれないからなのか。
そのリスクと比べて、ただ500メートル先の門兵を呼べばいい。
「クッ」
ダルディナが顔を歪ませた。
俺は何かを感じたり、ダルディナの目線の先を追う。
「アゥッ」
ありえないは、この世界では通用しない。
全くもってその通りだ。
ここでは、前世と全く常識が違う世界。
しかし、十秒も経たずにこれかよ。
目の前にフードの女がいるのだ。
近くにリードの姿は見られない。
そうなのか…そうなのか?
でも、フードの女には返り血らしきものは見当たらない。
逆にフードにはより傷が目立つようになって、女も負傷しているように足がよろめいている。
「私の使命はまだ…」
女が独り言を話し始めた。
ダルディナの汗が俺にまで伝わっている。
状況だけ言うと、リードが戦っていなくなり、死んではいないかもしれないが助けに来られない状況にある。
そんな状況にまで追い込んだこの女は、ダルディナでは勝てないだろう。
つまり、負ける。
負けたら死ぬかもしれない。
せっかく転生という形で生き返ったのに。
俺はチャンスをものにできなかったのかもしれない。
「あなた達に危害を加える気はない。その通りです。
あなたの旦那さんは死んでなのでいませんよ。ただ屋根の上で気絶しています。怪我すらもしていません」
女の話し方はとても丁寧になり、何だか切実な思いを持って話しているように聞こえた。
「だから、何なの…」
「まずは謝罪をさしてください。少し私口下手なんです」
「はい?」
ダルディナは困惑した表情を浮かべた。
「このネックレス、実は最初に言ったとおりで私は持っておくべきではない…というか、持ちたくないものなんです」
と、そこで後ろから猛スピードで誰かが走ってくる音がした。
いや、決まっているリードだ。
「大丈夫か!二人とも!」
「あなた!」
リードの体を見ると本当に外傷はない。
とりあえず、女がさっき言っていたことは信用できる。
もう、何が何だか分からなくなってきた。
少々イラついてきてもいる。
コイツは何がしたい?
本当にこの疑問に限る。
「旦那さんも申し訳ありませんでした」
「何を急に」
「…全て話します。このネックレスは母に譲り受けたものです。そして母は、このネックレスが原因で死んでしまったんです。私は、母が死んだ原因となったネックレスを処分しようとしたんですが、捨てる前に母がこのネックレスを買う元々の理由は私にあった事を知りました」
「それで、結局捨てることまで出来ず。友人にあげようとしましたがこの話を聞いて、嫌だと断ったんです。捨てることも嫌だ、持っておくのも私が苦しくなり手放したくなる。ならいっそ、知らない人に渡したしまおう!そう思いました」
つまり、辛い事があって持っておくのもキツい、捨てるのもキツい、友人からも断れる。
何ともびっくりする話だな。
ちょっと変だが、この人がいきなり渡しに来たのも理由としては合っている。
でも、俺たちは知ってしまった。
知った、知らない以前で現状の意見も変わらないが。
「…。正直釈然としません。なぜ、途中で私たちに戦闘を挑んだんですか。どんなつらい理由があなたにあろうと、あれだけは許すことは出来ません」
「これ以上ヒートアップしていくと、話し合いすらできないと思いましたので、場を設けるべくあのような真似をしました。今では、とても反省しています」
あぁ…ね。
この人も辛かったんだ。
決めきれない自分と憎しみがある自分を毎日押さえ込んで…。
前世では、スランプって呼んだりしている。
「誰かに渡せれば、私の気分は晴れると思いました。やっと終わる、やっと楽になれるって」
リードとダルディナが黙る。
いや、考え込んでいる。
二人も女の話を聞いて、貰ってもいいと思っているのかもしれないな。
そもそも、これが俺らに危害を加えないと分かった時点で、貰っても良かったのだ。
この女は何も悪い事をしていないのに、冷たくつっぱねて、それで彼女の焦燥を生み出した。
悪かったのは俺たちだったかもしれない。
リードは髪の毛をかき上げて、空を見る。
「私たちも少々疲れていたので正しい判断が出来ませんでした。すみません」
フードの女は顔ははっきりと見えないが敵意はない。
敵意が無かったのに俺たちは勘違いをして、戦闘にまで発展した。
異世界でのすれ違いは本当に危険だな。
相手の事情をも考えて行動するという事をこの世界では心掛けていくのが大切だと今日分かった。
「お名前…確かアルンベレクさんだったわよね?」
ダルディナがリードの前に出た。
顔は恐怖を拭いきれていなかったが、それでも足は前に動こうとした。
「はい」
近づいてもなお、フードの陰で顔が見えない。
「そのネックレス貰ってもいいかしら?」
「えっ…?」
顔は見えない。
顔は見えないのに、なぜか?
初めてこの人を本当に可哀想で助けるべき人だと思えた。
彼女が流したたった一つの涙で俺は…いや、俺らはそう思った。
「良いんですか?」
「だって、あなたが悪い人じゃないって分かったもの。それに、そのネックレス。とても素敵だから」
また一つまた一つと彼女の流す涙が多くなる。
「では、これが似合う最も可愛らしいこの子にあげても良いですか?」
そう言って彼女は俺の方を向いた。
「もちろんだ」
リードもネックレスを貰うことに賛成のようだ。
たかが、ネックレス一個でこの騒動。
でも、このネックレスがこの人にとっても価値のあった物だ。
俺もこれは肌身離さず大切に取っておこう。
彼女は自分の首に飾ってあったネックレスを外して俺の首に手を回す。
ネックレスは布と糸でできていて、結んで着けるタイプだった。
着け心地は良く、案外軽かった。
「良し!君!このネックレスを大切に持っておくんだぞ」
急に元気になったな、まぁ良いことだし、こっちもなんだか嬉しくなってくる。
彼女は空を見て月ってこんな綺麗なんだなって考えているような仕草をする。
そして、こっちに向き直り
「ありがとう…」
最後に寂しそうな声を出して彼女は路地裏に消えていった。
俺達は先の出来事でも疲れのが溜まったので、宿に泊まることにしたのだが、この時間帯にやっている宿は少なく、空いていたところでも満室だった。
その理由もあり、俺達は王国の外で野宿することにした。
まず、馬車を回収しに行って、王国から800メートル離れた場所の木の下に簡易テントを建てる。
テントの材料はそこら辺に生えてる木を伐採して、細くなるように削った木の三本を土に指して固定。
その上に馬車に積んであった布を被せて、終了だ。
もちろん、この時期の夜は赤子には厳しいから、目の前に二つの焚き火を作りもした。
焚き火を作ったせいで近くにあった残雪がみるみる水に変わっていった。
子供心のせいか雪が溶けていく時は、なんだか悲しかった。
「ご飯できたわよ」
「ありがとう。ダルディナ」
ダルディナが持ってきたのはお爺ちゃんもとい、国王から貰った高級なパンだ。
なんでも、王族の朝食に出てくるパンは、最高の食材を使い、最高の職人が作り焼いている為、各国でも一番美味いのだ。
当然そんな大層な肩書きを持っているので、ダルディナがお爺ちゃんに頼み、沢山のパンを貰ったのだ。
それと、ダルディナの一番の好物でもある。
ちなみに作ったのは、暖かいスープ。
これは商店街で購入した食材を俺でも食べれるように細く切って入れた物だ。
「では!いただきます」
リードとダルディナが同時に言って、一口食べる。
反応を見るに不味くはなさそうだ。
それに寒い時のスープは、心まで温まるって言うからな。
今の二人にとって最高だろう。
二人が食べた後は俺の番だ。
「よし。リーンはこのぐらいで良いかしら」
では、俺もいただきます。
「アッ」
アッッッツ。
スープの温度60度超えたんじゃねぇのか!
確かこれでも冷ましてた方だよな?だよな?
味なんて全く分からなかった。
「ダルディナ。ちょっと熱すぎたんじゃないのか?」
「え?ちゃんとスープは冷ましたわよ」
「でも、何だかリーンが熱そうに見えたよ?」
ダルディナは理由を見つけるべく、使った道具、食材を見直す。
「あっ!私ったら、具材の中にチチュ入れてたわ!」
あっ!じゃないよ。
それ本で見た事がある。
この土地の特産物で入れると香りが良くなり、体があったまる効果があるが、二歳未満にとっては熱すぎるように感じるため、食べさせてあげないでねって。
ドジっ子ダルディナは、リーンから料理の信頼を少し失った。
それから俺たちは、テントの中に戻りリードとダルディナが見張りを交代していた。
見張りの役割は簡単で焚き火の管理と周囲の確認。
そして、その夜は何ともなく朝を迎えた。




