第9話 檻獅
血の匂いが、森に沈んでいる。
藤堂優斗は、怒りで視界が狭まっていた。
西園寺ルカ。
鬼塚美鈴。
久我亮。
もう動かない。
あの男――グレッグと名乗った男が、奪った。
「真帆、逃げろ!」
振り返らずに叫ぶ。
背後で足音が遠ざかる。
それでいい。
ここは通さない。
前を見る。
男は無言で立っている。
剣を構え、視線を外さない。
【ギフト:剣聖】
剣技の極致。
思考と身体を戦闘に最適化する。
剣はない。
だが、剣の動きは分かる。見える。
離れれば、一方的に斬られる。
届く場所へ、身体を運ぶ。
藤堂は踏み込んだ。
右足を出す。
左足を送る。
踵が湿った土を噛む。
跳ばない。
歩く。
潰す。
歩みで、剣の間合いを消す。
⸻
一瞬。
呼吸が重なる。
男の突きが来る。
身体を捻る。
左肩が裂ける。
浅い。
止まらない。
さらに半歩、内側へ入る。
刃の長さを殺す。
腹を蹴る。
足先だけで当てない。
踏み込みを乗せる。
男の胴がわずかに沈む。
肘を打つ。
肋骨。
入る。
男は下がる。
藤堂は止まらない。
歩みを切らない。
右だけで追わない。
左を送る。
距離を詰めたまま、逃がさない。
鎖骨へ拳を打ち下ろす。
革ごしに硬い手応え。
入っている。
男は眉一つ動かさない。
瞬きもしない。
だが削れているはずだ。
「なんで殺した!!」
返答はない。
斬撃が走る。
右腕に熱が走る。
浅い。
深くはない。
押している。
有効打は入れている。
剣がなくても届く。
男が横薙ぎに振る。
腰が先に開く。
刃が遅れる。
一つだった動きが、そこで分かれた。
ここだ。
低く潜る。
刃の下を抜ける。
腹へ打撃。
男の身体が沈む。
藤堂はさらに距離を詰めた。
肩を入れる。
踵で土を踏み、身体ごと押し出す。
男の上半身が浮いた。
剣を握る手を、上から打つ。
刃が落ちる。
藤堂はそれを蹴り飛ばした。
剣が落ち葉の上を滑る。
顎へ掌底。
男は咄嗟に首を捻った。
避けるには至らない。
右頬を撃ち抜く。
骨に当たる硬い感触。
男の頭が跳ねる。
前のめりに崩れた。
藤堂は息を吐いた。
肩から血が落ちる。
佐伯真帆はこの場所にいない。




