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猟犬と転移者  作者: タンナファクルー
第一章 捕食者は手順を示す
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第7話 対視

佐伯真帆は、よく笑い、よく喋る人間だった。


今は、黙っている。


歩きながら、視線だけが森の中を滑る。



【ギフト:反射知覚】


半径十数メートル以内の反射情報を知覚し、解析する。


位置。

動き。

傾き。

硬さ。

湿り気。

物の状態。


音を見て、光を触っているような感覚。


見なくていいもの。

聞かなくていいもの。

感じなくていいもの。


捨てられるはずの情報が、そのまま入ってくる。


世界が、常にざわついている。



最初に、あの男を見たとき。


十メートル以上離れていた。


それでも、分かった。


立ち位置。

重心。

呼吸。


どれも自然に見えた。


だが、自然すぎた。


無駄がない。


静かすぎる。


男の周りだけ、音の返りが薄かった。


意味は分からない。


説明もできない。


ただ、嫌だった。



歩く。


倒木。

浮いた根。

緩い傾斜。

苔の乗った石。


もっと楽に通れる道があった。


足を置きやすい場所。

滑りにくい土。

身体に負担の少ない斜度。


あの男は、そこを選ばない。


ほんの少し。


わずかに。


進路をずらす。


偶然に見える程度だった。


でも、何度も続けば偶然ではない。


分からないまま、背中の違和感だけが残る。



背中は近い。


すぐ前にある。


なのに。


遠い。


触れられる距離にいるようで、何かが届かない。


歩きながら、久我くんがあの男のギフトを聞いた。


森を歩くのが得意になる程度。


そう言っていた。


森歩き。


佐伯は、その言葉を頭の中で繰り返した。


絶対に嘘だ。


沈んだ重心。

無駄のない張り。

静かすぎる足運び。


森を歩き慣れている、という程度ではない。


人の視線から外れることに慣れている。

音を殺すことに慣れている。

距離を測ることに慣れている。


佐伯は、そう感じていた。



佐伯は歩調を落とした。


列の後ろへ下がる。


西園寺ルカの横に寄った。


呼吸を整える。


小声で言う。


「ルカちゃん」


少しだけ間を置いた。


「グレッグさんに、魅了かけてくれない?」


言った瞬間だった。


男の首の角度が、わずかに変わる。


振り返らない。

歩幅も乱れない。


それでも、佐伯には分かった。


届いた。



「聞かれたらどうすんのよ」


西園寺の声は低かった。


睨まれる。

手で払われる。


けれど、佐伯の意識はそこにはなかった。


しまった。


完全に聞かれた。



男は変わらず歩いていた。


歩幅は同じ。

呼吸も同じ。

肩の高さも変わらない。


何もなかったように進んでいく。


それが、いちばんおかしかった。


やがて、男はゆっくり振り返った。


穏やかな笑顔。


「あと二時間ほど歩けば、森を抜けられます」


落ち着いた声だった。


「この少し先に開けた場所があります。そこで一度、休憩しましょう」


声も。

表情も。

歩幅も。


何も変わっていない。


静かすぎる。


その静けさだけが、湿っていた。

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