第6話 守勢
歩き始めて、もうすぐ二時間になる。
男は先頭を歩いている。
濃茶の革鎧。
腰に剣。
その少し左後ろに、鬼塚美鈴がいる。
並ぶというより、寄っている。
半歩。
手を伸ばせば届く距離。
普段の鬼塚を知る者には考えられない近さだった。
⸻
グループの最後尾。
西園寺ルカと久我亮は、少し間を空けて歩いている。
前の二人に聞かれないよう、声を落とした。
「美鈴があんな顔するなんてね」
「鬼鈴ちゃんは、ああいうの好きだったか。落ち着いてて、大人って感じだよな」
「その呼び方、本人に聞かれたら終わりだよ」
久我は肩をすくめる。
鬼塚は笑っていた。
森に来てから。
いや。
一度も見たことのない顔だった。
前を歩くグレッグの背中だけを見ている。
頼れる大人。
それだけで、今の鬼塚には十分なのだろう。
正直、この状況で彼の存在はありがたい。
物腰は柔らかい。
声を荒げない。
質問には答える。
最初は少し速い歩調だった。
それが、いつの間にか落ちていた。
今は一番体力のない佐伯に合っている。
振り返らない。
急かさない。
それでも、遅れは出ない。
森の道は歩きづらい。
根が張り、地面は湿っている。
苔の上に足を置けば、靴底が滑る。
その中で、グレッグの足取りだけは迷わない。
頼りになる。
鬼塚が寄るのも、理解はできる。
少し単純だとは思うけれど。
問題は、肩書きだ。
転移民税関管理局の職員。
役人が鎧を着て、剣を下げている。
この世界の普通が、まだ掴めない。
⸻
【ギフト:支配魅了】
支配。
魅了。
穏やかな言葉ではない。
使えばどうなるかは想像できる。
どこまで効くのか。
どれほど影響するのか。
制御できるのか。
分からない。
軽く試すには、重すぎる。
同級生には伝えてある。
最終手段。
基本使わない。
あの男に知られるのはまずい。
「保護」という言葉の裏が読めない。
隔離。
管理。
尋問。
可能性は消えない。
考えすぎかもしれない。
でも、考えない方が危ない。
鬼塚は、まだ笑っている。
⸻
少し前を歩いていた佐伯真帆が、足を緩めた。
横に並ぶ。
呼吸は浅い。
顔色は戻っていない。
西園寺は声を落とした。
「真帆、大丈夫?」
佐伯は答えなかった。
視線は前にある。
グレッグの背中。
その歩幅。
手の位置。
首の角度。
そこを見ているようだった。
「ルカちゃん」
小声だった。
「グレッグさんに魅了かけてくれない?」
西園寺は瞬きを一つした。




