第5話 擬態
森の中を、私たちは歩いている。
前を行く背中は安定している。
濃茶の革鎧。腰に剣。
グレッグさん。
一時間ほど前に出会った人。
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前へ出たのは藤堂だった。
私はその半歩後ろに立つ。
男は一定の速さで近づき、距離を保ったまま止まった。
表情がゆるむ。
「驚かせてしまいましたね」
声は低く、落ち着いている。
「改めまして。私はグレッグと申します。転移民税関管理局の職員です。あなた方を保護しに来ました」
藤堂は動かない。
視線が剣に落ちる。
それを察したのか、グレッグさんは体を少し横に向けた。
「これですか」
腰の剣を指先で軽く叩く。
「支給品なんですよ。森は何が出るか分かりませんから」
わずかに肩をすくめる。
「安心してください。腕はからっきしです」
空気が、わずかに緩む。
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森を歩きながら、質問が出る。
「ここって……どこなんですか」
「どう答えるのが正確でしょうね」
少し考える素振り。
「あなた方の世界とは別の場所。今いるのは西の森と呼ばれています」
「……よくあるんですか」
「よく、と言うほどではありませんが」
わずかに目を伏せる。
「私のような職員が必要なほどには起きています」
森は静かだ。
佐伯はさっきから一言も話さない。
前を歩く男の背中を、じっと見ている。
「言葉、なんで通じるんですか」
「転移者の方は皆、通訳のような力を持った状態で来られます。最初から発動しているようですね」
少し間を置く。
「それとは別に」
声の調子は変わらない。
「この世界から授けられる力があります」
藤堂がわずかに眉を動かす。
「あなた方も、こちらに来た時に得たはずです」
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「ギフト……の事ですよね」
久我が言う。
グレッグさんはうなずく。
「この世界の人間は、何かしら持っています」
「ちなみに、グレッグさんのは?」
久我が軽く聞く。
一瞬だけ、間。
「あまり大したものではありません」
少しだけ困ったように笑う。
「森を歩くのが得意になる程度です」
久我が吹き出す。
「天職じゃないですか」
小さな笑いが起きる。
グレッグさんは続けた。
「安心してください。あなた達のギフトを聞き出そうなんて思ってませんから」
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迷いなく進む足取りは、頼りになる。
いつの間にか、歩くペースが落ちていた。
佐伯に合わせてくれたのだろう。
ここに来てから、ずっと辛そうだった。
足場が悪くなる。
木の根が張り、苔が浮く。
歩きにくい。
グレッグさんが自然に手を差し出す。
「足元、気をつけてください」
私は一瞬だけ躊躇う。
けれど、手を取る。
強く握られない。
すぐに離れる。
胸の奥が、少し静まる。
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「元の世界には……帰れますか」
すぐ後ろで、西園寺が小さく言った。
わずかな沈黙。
「残念ですが、私は聞いたことがありません」
森の奥で風が鳴る。
誰もすぐには言葉を返さない。
しばらくして、藤堂が口を開いた。
「……もう一つ聞いていいですか」
グレッグさんが振り返る。
「なんでしょう」
「俺たちだけじゃない可能性があります」
藤堂は少し言葉を選んだ。
「同じクラスの連中が、他にも」
「クラスは二十九人です」
「担任もいたので……三十人かもしれません」
グレッグさんの足が一瞬だけ止まった。
「……三十人」
小さく繰り返す。
「必ず対応します」
「安心してください」
歩幅は崩れない。
森を抜ければ街がある。
そこからさらに大きな街へ移動する。
簡単な質疑応答がある。
形式的なものだと彼は言う。
森は静かだ。
さっきまでの歪みが、遠く感じる。
前を歩く背中を見る。
安定した歩幅。
この人がいれば、森は抜けられる。




