第35話 帰巣
高階直人は、膝の上で両手を組んでいた。
ここが森のどのあたりなのかは、正確には分からない。
南の方だとは思う。
知らない世界に来た。
森に放り出された。
同級生が、次々に殺されている。
その中で、集まれた。
中村遥香は木の根元に座っている。
目を閉じている。
肩の上下はゆっくりだった。
松本颯太は、その少し横に座っている。
「寝てていいよ」
中村が目を閉じたまま言った。
松本は膝の上で指を組んだまま、首を振った。
「いや、寝れなくてさ」
高階は松本を見た。
松本の表情からは、まだ緊張が抜けていない。
「何かあったら起こすよ」
中村はそう言って、また目を閉じた。
松本は小さく頷いた。
それでも、目は閉じなかった。
渡辺陽菜は、空のペットボトルを両手で包んでいる。
底に水が溜まる。
透明な水が、少しずつ増えていく。
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【ギフト:水流操作】
水を生み出し、操る。
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中村が目を開けた。
渡辺は、満たしたペットボトルを差し出す。
中村はそれを受け取った。
「ありがと」
小さく言って、水を飲む。
渡辺は、もう一本の空のペットボトルを鞄から出した。
相澤結は、少し離れて立っている。
相澤の視線は忙しく動く。
相澤だけに見える画面。
本人は、前に短く説明した。
名前。
位置。
思考。
断片的に拾える。
同級生がここまで集まれたのは、相澤がいたからだった。
今も別組が他の同級生を探しに行っている。
さらに増えるはずだ。
相澤が視線を止めた。
空中の一点を見る。
「森本君が、尾根に呼んでる」
高階は顔を上げた。
森本悠真。
その名前で、少し前の会話を思い出す。
物を高速度で飛ばせる。
相澤から聞いた。
乾電池を集めた。
硬貨。
細い金属片。
水筒も、水を詰めれば重くなる。
提案したのは高階だった。
「尾根って」
中村がペットボトルを下ろした。
「そこに行くの?」
相澤は頷いた。
「森本君が、そこなら戦えるって」
「戦う」
松本が言った。
声は小さかった。
相澤は、また虚空へ目を戻した。
「抜けるのは無理」
「戦うしかない」
「尾根なら、勝算がある」
誰も返事をしなかった。
相澤は少しだけ間を置いた。
「あと」
高階は相澤を見る。
相澤は、森本の言葉をそのまま渡すように言った。
「腹を括れ」
「俺は括った」
高階の首の後ろが冷えた。
森本らしいと思った。
渡辺が、空のペットボトルを抱えたまま言った。
「このまま尾根に行ったら」
相澤が渡辺を見る。
「吉岡君たちが戻ってきた時、どうするの?」
誰も答えなかった。
渡辺は続けた。
「誰か残す?」
「誰が残るの?」
高階は地面を見た。
誰かを残す。
道案内。
待機。
目印。
でも、一人を残せば、その一人が危ない。
二人残せば、尾根へ行く人数が減る。
水。
回復。
守り。
攻撃。
どれを置いていくのか。
「だったら」
中村が言った。
「合流できる道を通ればいいんじゃない」
高階は顔を上げた。
それが、一番いいように思えた。
尾根には向かう。
でも、吉岡たちと入れ違いにならない道を選ぶ。
吉岡隼人と橋本翔がいる。
宇野啓介と佐伯真帆も合流できるはずだ。
まとまれれば、できることが増える。
宇野がいれば、移動も変わる。
高階は言った。
「僕もそれがいいと思う」
相澤はすぐには答えなかった。
右手を少し動かす。
空中の何かを切り替える。
その指先が、途中で止まった。
「だめなの?」
中村が聞いた。
「だめじゃない」
相澤は言った。
「でも、そっちは危ない」
「こっちも危ないでしょ」
中村の声は大きくなかった。
相澤は口を閉じた。
高階は、その横顔を見た。
相澤は何かを言いかけていた。
その沈黙だけは分かった。
夜の間に、五人が殺された。
軍は助けに来ていない。
見つけたら撃つ。
剣を持った殺人鬼もいる。
捕まえもしない。殺す。
相澤の手が止まった。
「佐伯さんが向かってる」
「佐伯さん?」
高階が聞いた。
「吉岡君たちの方へ」
相澤は、空中の一点を見たまま言った。
「かなり正確に近づいてる」
「佐伯さんなら」
相澤は言った。
「たぶん、合流できる」
中村が眉を寄せた。
「でも尾根に集まるって知らないでしょ」
相澤は頷かなかった。
否定もしなかった。
「佐伯さんがどこまで読めるのかはわからない」
「でもそこに賭ける」
相澤は言った。
「私たちは尾根に行く」
高階は地面を見た。
言葉の意味は分かる。
でも、吉岡たちの方へ行かないと決めたことも分かった。
高階が口を開く。
「たぶん、間に合わない」
自分の声が、思ったより冷たく聞こえた。
「夜明けに、軍が動くんでしょ」
高階は相澤を見た。
相澤は何も言わない。
「ここで待っても、軍の方が先に来るかもしれない」
「合流できる道を選んでも、遠回りになる」
「尾根に着いてから、どう戦うかも考えないといけない」
言いながら、高階は嫌になった。
誰も何も言わなかった。
ペットボトルの中で、水が揺れる。
松本は、少しだけ目を伏せていた。
高階は息を吸った。
「尾根なら、森本君は撃てる」
言葉が出た。
「下から来るなら、見えるし」
「距離も取れる」
「それに、中村さんの能力も、上からの方が使いやすいと思う」
中村が高階を見た。
「私の?」
「うん」
高階は頷いた。
「上からなら狙いやすい」
「爆発させても、こっちは巻き込まれにくい」
中村はペットボトルを握り直した。
「人に使わないといけないんだよね」
高階は、そこで止まった。
地形。
角度。
距離。
爆発に巻き込まれるかどうか。
そこまでは考えていた。
その爆発を誰に向けるのかまでは、考えていなかった。
「……うん」
高階は言った。
「たぶん」
中村は目を伏せた。
高階は少しだけ考えた。
「でも」
中村が顔を上げる。
「直接じゃなくてもいいと思う」
「近くの木とか、足元とか」
「そこを狙えば、まだ」
言ってから、高階は口を閉じた。
まだまし。
何がましなのか、自分でもはっきり言えなかった。
中村はしばらく黙っていた。
それから、小さく頷いた。
高階は続けた。
「敵からの攻撃は、僕が防ぐ」
言ってから、また口を閉じた。
防ぐ。
自分で言った。
全部は無理だ。
それでも、言ってしまった。
中村は高階を見ていた。
「……分かった」
それだけ言った。
相澤は、空中の表示をもう一度切り替えた。
「行こう」
誰も反対しなかった。
渡辺は水の入ったペットボトルを鞄に入れた。
松本は黙って立ち上がる。
中村は空になった方のペットボトルを渡辺へ返した。
尾根へ行く。
森本が呼んでいる。
佐伯が吉岡たちへ向かっている。
軍は夜明けに動く。
そのどれも、高階には直接見えていない。
でも、進む方向は決まった。
五人は歩き出した。
森の色が、少しずつ変わっていく。
黒が薄くなる。
木の輪郭が、一本ずつ見えるようになる。
相澤は先頭に近い位置を歩いていた。
時々、足を止める。
空中の何かを操作する。
また進む。
高階はその後ろを歩いた。
相澤が見ている画面は、高階には見えない。
相澤が足を止めるたびに、全員も止まる。
腹を括れ。
森本の言葉だけが残っていた。
まだ括れていない。
それでも、五人は歩き出した。




