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猟犬と転移者  作者: タンナファクルー
第三章 指揮者は命を動かす
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第35話 帰巣

高階直人は、膝の上で両手を組んでいた。


ここが森のどのあたりなのかは、正確には分からない。

南の方だとは思う。


知らない世界に来た。

森に放り出された。

同級生が、次々に殺されている。


その中で、集まれた。


中村遥香は木の根元に座っている。


目を閉じている。


肩の上下はゆっくりだった。


松本颯太は、その少し横に座っている。


「寝てていいよ」


中村が目を閉じたまま言った。


松本は膝の上で指を組んだまま、首を振った。


「いや、寝れなくてさ」


高階は松本を見た。


松本の表情からは、まだ緊張が抜けていない。


「何かあったら起こすよ」


中村はそう言って、また目を閉じた。


松本は小さく頷いた。


それでも、目は閉じなかった。


渡辺陽菜は、空のペットボトルを両手で包んでいる。


底に水が溜まる。


透明な水が、少しずつ増えていく。



【ギフト:水流操作】


水を生み出し、操る。



中村が目を開けた。


渡辺は、満たしたペットボトルを差し出す。


中村はそれを受け取った。


「ありがと」


小さく言って、水を飲む。


渡辺は、もう一本の空のペットボトルを鞄から出した。


相澤結は、少し離れて立っている。


相澤の視線は忙しく動く。


相澤だけに見える画面。


本人は、前に短く説明した。


名前。

位置。

思考。


断片的に拾える。


同級生がここまで集まれたのは、相澤がいたからだった。


今も別組が他の同級生を探しに行っている。


さらに増えるはずだ。


相澤が視線を止めた。


空中の一点を見る。


「森本君が、尾根に呼んでる」


高階は顔を上げた。


森本悠真。


その名前で、少し前の会話を思い出す。


物を高速度で飛ばせる。


相澤から聞いた。


乾電池を集めた。


硬貨。

細い金属片。

水筒も、水を詰めれば重くなる。


提案したのは高階だった。


「尾根って」


中村がペットボトルを下ろした。


「そこに行くの?」


相澤は頷いた。


「森本君が、そこなら戦えるって」


「戦う」


松本が言った。


声は小さかった。


相澤は、また虚空へ目を戻した。


「抜けるのは無理」

「戦うしかない」

「尾根なら、勝算がある」


誰も返事をしなかった。


相澤は少しだけ間を置いた。


「あと」


高階は相澤を見る。


相澤は、森本の言葉をそのまま渡すように言った。


「腹を括れ」

「俺は括った」


高階の首の後ろが冷えた。


森本らしいと思った。


渡辺が、空のペットボトルを抱えたまま言った。


「このまま尾根に行ったら」


相澤が渡辺を見る。


「吉岡君たちが戻ってきた時、どうするの?」


誰も答えなかった。


渡辺は続けた。


「誰か残す?」

「誰が残るの?」


高階は地面を見た。


誰かを残す。


道案内。

待機。

目印。


でも、一人を残せば、その一人が危ない。


二人残せば、尾根へ行く人数が減る。


水。

回復。

守り。

攻撃。


どれを置いていくのか。


「だったら」


中村が言った。


「合流できる道を通ればいいんじゃない」


高階は顔を上げた。


それが、一番いいように思えた。


尾根には向かう。


でも、吉岡たちと入れ違いにならない道を選ぶ。


吉岡隼人と橋本翔がいる。

宇野啓介と佐伯真帆も合流できるはずだ。


まとまれれば、できることが増える。


宇野がいれば、移動も変わる。


高階は言った。


「僕もそれがいいと思う」


相澤はすぐには答えなかった。


右手を少し動かす。


空中の何かを切り替える。


その指先が、途中で止まった。


「だめなの?」


中村が聞いた。


「だめじゃない」


相澤は言った。


「でも、そっちは危ない」


「こっちも危ないでしょ」


中村の声は大きくなかった。


相澤は口を閉じた。


高階は、その横顔を見た。


相澤は何かを言いかけていた。


その沈黙だけは分かった。


夜の間に、五人が殺された。


軍は助けに来ていない。

見つけたら撃つ。

剣を持った殺人鬼もいる。

捕まえもしない。殺す。


相澤の手が止まった。


「佐伯さんが向かってる」


「佐伯さん?」


高階が聞いた。


「吉岡君たちの方へ」


相澤は、空中の一点を見たまま言った。


「かなり正確に近づいてる」


「佐伯さんなら」


相澤は言った。


「たぶん、合流できる」


中村が眉を寄せた。


「でも尾根に集まるって知らないでしょ」


相澤は頷かなかった。


否定もしなかった。


「佐伯さんがどこまで読めるのかはわからない」

「でもそこに賭ける」


相澤は言った。


「私たちは尾根に行く」


高階は地面を見た。


言葉の意味は分かる。


でも、吉岡たちの方へ行かないと決めたことも分かった。


高階が口を開く。


「たぶん、間に合わない」


自分の声が、思ったより冷たく聞こえた。


「夜明けに、軍が動くんでしょ」


高階は相澤を見た。


相澤は何も言わない。


「ここで待っても、軍の方が先に来るかもしれない」

「合流できる道を選んでも、遠回りになる」

「尾根に着いてから、どう戦うかも考えないといけない」


言いながら、高階は嫌になった。


誰も何も言わなかった。


ペットボトルの中で、水が揺れる。


松本は、少しだけ目を伏せていた。


高階は息を吸った。


「尾根なら、森本君は撃てる」


言葉が出た。


「下から来るなら、見えるし」

「距離も取れる」

「それに、中村さんの能力も、上からの方が使いやすいと思う」


中村が高階を見た。


「私の?」


「うん」


高階は頷いた。


「上からなら狙いやすい」

「爆発させても、こっちは巻き込まれにくい」


中村はペットボトルを握り直した。


「人に使わないといけないんだよね」


高階は、そこで止まった。


地形。

角度。

距離。

爆発に巻き込まれるかどうか。


そこまでは考えていた。


その爆発を誰に向けるのかまでは、考えていなかった。


「……うん」


高階は言った。


「たぶん」


中村は目を伏せた。


高階は少しだけ考えた。


「でも」


中村が顔を上げる。


「直接じゃなくてもいいと思う」

「近くの木とか、足元とか」

「そこを狙えば、まだ」


言ってから、高階は口を閉じた。


まだまし。


何がましなのか、自分でもはっきり言えなかった。


中村はしばらく黙っていた。


それから、小さく頷いた。


高階は続けた。


「敵からの攻撃は、僕が防ぐ」


言ってから、また口を閉じた。


防ぐ。


自分で言った。


全部は無理だ。


それでも、言ってしまった。


中村は高階を見ていた。


「……分かった」


それだけ言った。


相澤は、空中の表示をもう一度切り替えた。


「行こう」


誰も反対しなかった。


渡辺は水の入ったペットボトルを鞄に入れた。


松本は黙って立ち上がる。


中村は空になった方のペットボトルを渡辺へ返した。


尾根へ行く。


森本が呼んでいる。


佐伯が吉岡たちへ向かっている。


軍は夜明けに動く。


そのどれも、高階には直接見えていない。


でも、進む方向は決まった。


五人は歩き出した。


森の色が、少しずつ変わっていく。


黒が薄くなる。

木の輪郭が、一本ずつ見えるようになる。


相澤は先頭に近い位置を歩いていた。


時々、足を止める。


空中の何かを操作する。


また進む。


高階はその後ろを歩いた。


相澤が見ている画面は、高階には見えない。


相澤が足を止めるたびに、全員も止まる。


腹を括れ。


森本の言葉だけが残っていた。


まだ括れていない。


それでも、五人は歩き出した。

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