第36話 誘引
男は、右脚を伸ばした。
膝の下から足首の上まで、骨の線がずれていた。
皮膚は裂けていない。
だが、内側で動く。
足首を動かす。
遅れて、脛に痛みが走った。
走れない。
歩くには固定が要る。
腰の袋を開けた。
包帯。
ロープ。
薬草を乾かして砕いた消毒粉末。
血で汚れた布を切る。
粉末を振る。
包帯を巻く。
次に、枝を探した。
太さが近いものを二本。
曲がりが少ないもの。
刃で余分な枝を落とす。
脛の左右に当てた。
膝の下。
折れた場所の上下。
包帯で押さえる。
ロープで締める。
男は足先に指を当てた。
冷えていない。
足の指を動かす。
固定は足りている。
立つ。
右足に体重を乗せる。
脛の奥で、骨がずれようとした。
ロープが止めた。
歩ける。
足は引きずる。
走れない。跳べない。
追撃、不適。
視認、報告、限定的移動は可能。
木の幹に背を預けた。
呼吸を整える。
処理済み、二。
近接一撃型。
重力偏重。
足止めとしては成立していた。
配置がおかしい。
空間転移の能力者がいた。
視認。
接触。
短距離移動。
サエキが、最後に呼んでいた。
ウノ。
重力を変える能力者がいた。
組ませれば、危険度は上がる。
重力で崩す。
離脱する。
脚を止めるだけなら、それで足りる。
サエキは組ませなかった。
近接一撃型を前に置いた。
空間転移を後ろに残した。
重力偏重を奥に置いた。
最善ではない。
サエキとウノは行動を共にしていた。能力は熟知しているはず。
それを、重力偏重と組ませていない。
目的が不明だ。
男は自分が通ってきた森を思い返した。
サエキを追った。
別の転移者と接触した。
処理した。
また追った。
また接触した。
そのたびに、進路がずれた。
森の中心に、空いた場所がある。
通っていない場所。
追わされたのか。
男は、東の木々の間を見た。
黒が薄くなっている。
夜が終わりに近い。
自分は、サエキを追った。
サエキは逃げた。追える痕跡を残しながら。
その間に、ほかの転移者が動いた。
尾根。
最後の会話で、尾根へ向かうと言った。
尾根に集まる。
軍が動く前に。
サエキ一人で、全員を動かしているとは限らない。
別に、集める能力を持つ者がいるのか?
転移者のギフトならありえる。
何かを拾い、同胞を集める者。
サエキが、その者の動く時間を買った可能性がある。
同胞の命を、時間に替えた。
自分の命を、囮にした。
こちらの左腕と右脚を削った。
男は佐伯真帆を最初に見た時のことを思い出した。
怯えていた。
感知系。
非戦闘。
その分類で足りた。
二度目は違った。
逃げながら、配置を作っていた。
三度目。
近接一撃型を使った。
重力偏重を使った。
空間転移を残した。
こちらの脚を止めた。
その先に、尾根がある。
男は右脚をもう一度動かした。
骨が内側で止まる。
痛みが上がる。
問題ない。
足を引きずれば動ける。
それで足りる。
男は紙を出した。
小さく畳まれた紙。
炭筆
左手で紙を押さえる。
報告。
処理済み対象、追加二。
近接一撃型。
処理済み。
重力偏重。
処理済み。
男は続きを書く。
確認対象。
サエキマホ。
感知、予測、または配置誘導。
初回接触時と比較し、行動変化大。
覚醒の可能性あり。
空間転移。
サエキマホが「ウノ」と呼称。
引き続きサエキマホと同行中。
男は紙の端を押さえた。
風で浮く。
右手の指に力を入れる。
遅れる。
右手も壊れている。
男は右手を軽く開いた。
指が戻るのに時間がかかる。
自己状態。
右脛骨折。
応急固定済み。
歩行困難。
走行不可。
視認、報告、限定的追跡は可能。
これより未確認。推測情報。
サエキマホにより転移者達が森林北部の尾根に集結しているとの発言あり。
転移者を集める能力を持つ対象が存在する可能性。
その場合、報告済み遠距離射撃型も尾根にいると思われる。
サエキマホによる本官誘導の疑い。
目的、尾根方向への集結時間確保。
男は手を止めた。
自分の役目は、ほぼ終わっている。
単独処理の段階ではない。
推定二十九名。
処理済み、十二。
ここから先は、軍が動く。
線が森に入る。
転移者は尾根へ寄る。
兵が押す。
転移者が反撃する。
数と規律の仕事になる。
それでも、万が一は残る。
サエキ。
あの女は、また何かをする。
何をするかは分からない。
だが、これまで三度、分類が変わっている。
次も変わる可能性がある。
男は、報告欄の下に短く書いた。
サエキマホ。
目的不明。要注意。
血のついた指で汚さないよう、端を持つ。
立ち上がる。
右脚に体重を乗せる。
痛みが脛から膝へ上がった。
足を引きずる。
一歩。
枝の固定が鳴る。
二歩。
ロープが骨の動きを止める。
歩ける。
それで足りる。
軍に接触する。
回復系のギフト保有者がいる可能性は高い。
完全回復は望まない。
右足。
一度踏み込めるところまで。
右手。
一度振ればいい。
万が一の時に、届けばいい。
男は紙をしまった。
森の中では、転移者たちが尾根へ向かっている。
男は、右足を引きずって歩き出す。
東が白くなっていた。
黒い木の輪郭が、一本ずつ分かれていく。
夜が終わる。




