第33話 境界
東第二区画。
藤堂優斗たちが死んだ広場は、夜の間に前線拠点になっていた。
地面は踏み固められている。
人の足。
馬の蹄。
荷車の轍。
木は切られていた。
枝は払われていた。
火は小さく残っていた。
眠っている者もいた。
だが、線は眠っていない。
森の外側に、杭が立っていた。
一本。
二本。
三本。
その間に兵が置かれている。
その外側から、馬が来た。
二頭。
前の馬から司令部の外套を着た男が降りた。
作戦監督官だった。
東第二区画の前線指揮官が前に出て敬礼する。
周りの兵士も続く。
前線指揮官の横に、記録兵が一人立っていた。
薄い板を抱えている。
紙はすでに開かれていた。
作戦監督官は、森を見た。
杭を見た。
最後に、地図に視線を落とす。
「問題は」
前線指揮官がわずかに顎を引く。
記録兵が読み上げた。
「夜のうちに越境が三件」
「内訳を」
「二人は接触前に集中砲火で処理。ギフト不明」
「位置は」
「南東外縁。第三杭と第四杭の間」
「こちらの被害は」
「ありません」
「残りは」
「一人はギフトで兵士に化け、内部に紛れ込んでいました」
作戦監督官は顔を動かさなかった。
「発覚は」
「識別番号です」
「接触は」
「食事配給列に混入。会話あり」
「被害」
「なし」
「処理は」
「済んでいます」
「死亡後の状態は」
「姿が戻りました」
「記録」
「済んでいます」
記録兵は紙を一枚下げた。
作戦監督官は一度頷き、再び地図へ視線を落とした。
森の東側に、細い線が引かれていた。
その線に沿って、兵の配置が書き込まれている。
「識別を緩めるな」
「はっ」
「同じ型が一人とは限らない」
「はっ」
火が小さく鳴った。
作戦監督官は紙を一枚受け取る。
「管理局の検査官を連れてきた」
前線指揮官が顔を上げた。
「連れてきたのですか」
「必要になる」
「ここには」
「置かん。街道側に置いた」
「守る対象を増やすだけだ」
「妥当です」
「別管轄のギフト持ちを一人動かすだけで、六十回は印を押さなければならん」
前線指揮官は少しだけ目を細めた。
「押してきたのですか」
「半分はな」
「残りは」
「押印権限ごと連れてきた」
前線指揮官は短く息を吐いた。
「便利ですね」
「面倒なだけだ」
作戦監督官は紙を開いた。
「単独行動者の報告は」
「検査官経由で更新あり」
「読め」
前線指揮官が紙を受け取った。
「処理官視界経由」
「処理済み転移者、十二」
そこで、前線指揮官の目が止まった。
「十二」
「続けろ」
「はっ」
前線指揮官は紙へ視線を戻す。
「単独で十二名処理済み」
「ただし、負傷蓄積あり」
「追跡能力低下の可能性」
作戦監督官は森を見た。
「単独行動者は、伊達ではないな」
「はっ」
「負傷しても、見えるなら使える」
前線指揮官は紙をめくる。
「確認済み生存対象、三」
「名は」
「不明です」
「続けろ」
「一人目」
「女子。制服。黒髪。中肉」
「能力分類」
「広範囲感知、または予測」
「覚醒者の疑いあり」
「処理官の接近、軍の動き、他対象の死亡を把握している可能性」
「こちらを先読みするような移動あり」
作戦監督官が顔を上げた。
「範囲は」
「不明」
「ただし、広いとの報告です」
「視覚型か」
「不明です」
「直接視認外の情報取得が疑われます」
「次」
「二人目」
「男子。制服。痩せ型」
「能力分類」
「空間転移」
「視力に依存」
「判断は早くない」
「接触対象の同時移動を確認」
「移動可能人数、重量、距離は不明」
「接触が条件か」
「報告上は、その可能性が高いとのことです」
「広範囲感知者と行動していたとのこと」
「単独行動者が追跡していましたが、現在状況は更新待ちです」
「次」
「三人目」
「男子。制服。遠距離」
「目視不十分」
「能力分類」
「高精度狙撃」
「射程は百メートル前後と推定」
「小型物体を弾体として使用」
「判断力あり」
前線指揮官は紙を下げた。
「以上です」
作戦監督官は森を見た。
火の向こう。
黒い木々。
その奥。
「組まれていなければ助かる」
「はっ」
「組まれた場合は厄介だ」
作戦監督官は地図の上に指を置いた。
「感知で線を見る」
「転移で抜ける」
「狙撃で穴を開ける」
前線指揮官は頷いた。
「その可能性があります」
「対応しておけ」
「特に狙撃だ」
「はっ」
「指揮官と分かるものは外せ」
「同じ場所に立ち続けるな」
「伝令は一人で走らせるな」
「はっ」
「兵を固めるな」
「狙いを作るな」
前線指揮官は地図に目を落とす。
「圧縮線を薄くしすぎると、抜けられます」
「薄くするんじゃない。顔を並べるな」
「はっ」
「単独行動者への伝達は」
「現状、不可です」
「理由は」
「所在が固定されていません」
「伝令を出す危険も大きい」
「また、管轄は処理局です」
「軍から直接の指示は出せません」
作戦監督官は頷いた。
「なら、受け取るだけだ」
「命令系統に入れるな」
「はっ」
「ただし、情報は線に戻せ。そのために検査官を連れてきた」
「はっ」
「単独行動者が見たものは、こちらの配置に反映する」
「目として使う」
前線指揮官は紙を畳んだ。
「東側街道拠点からの伝達は」
「通常は騎兵」
「急ぎは信号旗と早馬を併用します」
「ギフト持ちは」
「後方伝達に一名」
「森内には入れません」
「よし」
作戦監督官は地図を見る。
東側。
第二。
この前線。
その奥に森。
「圧縮開始は」
「六時三十分」
「変更なし」
「はっ」
「新情報が入った場合は」
「伝令を走らせます」
「走らせるだけでは遅い」
前線指揮官は黙った。
「動きながら直せるようにしておけ」
「はっ」
「線は動いた後が一番弱い」
「心得ています」
作戦監督官は顔を上げた。
森の上が、わずかに白み始めていた。
「夜間越境も、まだあると思え」
「はっ」
「変装型を一人処理したからといって、内側を信用するな」
「はっ」
「狙撃手は、こちらの顔を探す」
「はっ」
「空間転移者は、こちらの穴を探す」
「はっ」
「感知能力者は、こちらが穴を作る前に知るかもしれん」
前線指揮官は森を見た。
「厄介ですね」
「だから圧縮する」
作戦監督官は地図を畳んだ。
「逃げ道を減らせ」
「選択肢を減らせ」
「判断の速度を殺せ」
「はっ」
火がまた小さく鳴った。
東の線は、まだ動かない。




