第3話 執追
木の根元に残った踏み跡は軽い。
細い。
歩幅は揃っていない。
若い女だ。
男は足音を消し、奥へ入る。
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鈴木紗季は振り向いた。
視線と同時に男は間合いへ入る。
感情のない目。
刺突。
胸を貫いた。
鈴木の身体が崩れる。
血が落ちる。
男は背を向ける。
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数歩。
足が止まる。
血の匂いが足りない。
心臓を穿った量ではない。
振り返る。
血はある。
身体がない。
違和感が輪郭を持つ。
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鈴木は走っていた。
腕から血が流れている。
胸を刺されたはずだった。
だが裂けているのは腕。
【ギフト:認識改変】
恐怖が跳ね上がった瞬間、
“そこにいる”と捉えられていた位置が滑った。
死にたくない。
走る。
遅い。
足が絡む。
枝を踏み、幹にぶつかる。
血が落ちる。
恐怖が、さらに押し上げる。
足跡が別方向に現れる。
血の位置がずれる。
枝の折れ方が変わる。
やがて、森そのものが歪み始める。
木立が曲がる。
目印の岩が動く。
距離が伸び、縮み、ねじれる。
視界が崩れる。
位置関係が成立しない。
男にとっての庭が、迷宮に変わる。
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男は止まらない。
地形。
移動速度。
消耗。焦燥。恐怖。
逃走の傾向。
広い方へ、明るい方へ、開けた方へ進む。
分岐。歪みが濃い。
左だ。
揺らぎの中心。
そこへ踏み込む。
速度を上げる。
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距離が消える。
鈴木が振り向き、
再び目が合う。
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斬撃。
ずれる。
浅い。
裂ける。
悲鳴。
這う。
再び斬る。
位置が揺らぐ。
木々が重なる。
距離が狂う。
それでも血は増える。
刃が走る。
抉る。
裂く。
断つ。
恐怖と激痛が世界を流動させる。
森が壊れていく。
男は詰める。
面で薙ぐ。
肉が裂ける。
悲鳴が濁る。
何度も。
何度も。
やがて。
悲鳴が止み、森は元の姿に戻った。




