第2話 潰走
田中真央は膝をつき、荒く息を吐いた。
教室にいた。
黒板を見ていた。
それは確かだ。
だが、足元は土だ。
湿った落ち葉が靴に絡む。
理解が追いつかない。
【ギフト:適応】
視界の端に、文字が浮かんだ。
「……なんだよ」
掴めない現実が、指の間をすり抜ける。
⸻
歩き出す。
木々の間を抜けるたび、違和感が積み重なる。
静かすぎる。
風はある。
葉は揺れている。
それでも、生き物の気配が薄い。
やがて、鉄の匂いが鼻を刺した。
血だ。
⸻
倒れている人影を見つけるまで、少し距離があった。
根の張り出した斜面の下。
うつ伏せに転がる制服。
背中が裂けている。
血はもう色を変えつつあった。
声をかけようとして、喉が動かない。
【適応:危機察知】
ここに留まれば死ぬ。
理屈ではない。
背筋が冷える。
⸻
空気が裂ける。
反射的に前へ転がる。
剣が背中を掠めた。
熱が走る。
振り返る。
木々の間に、燻んだ革鎧。
顔ははっきり見えない。
⸻
【適応:反応速度上昇】
身体が勝手に動く。
幹を蹴り、斜面を滑る。
枝を避け、地面を蹴る。
剣が木を抉る音が続く。
距離が縮まる。
⸻
【適応:走力補正】
筋肉が噛み合う。
関節が軽くなる。
呼吸が整う。
無駄が削がれていく。
逃げるためだけに、体が整えられていく。
速い。
確かに速い。
だが、背後の気配は消えない。
⸻
斜面を駆け下りた瞬間、視界が揺れた。
剣先が脇腹を貫く。
空気が抜ける。
膝が折れる。
【適応:痛覚遮断】
痛みは消える。
だが、力も抜ける。
血が土を濡らす。
立てない。
⸻
男が近づく。
足音は静かだ。
剣を握る手に揺れはない。
田中は口を開く。
言葉にならない。
剣が振られる。
森が、元の静けさに戻る。
風が葉を揺らす。
血の匂いだけが、残った。




