第693話 永遠の罪人
「お花見の時期が終わってしまいます!」
「植物園なら従業員は無料だぞ」
「そうなんですけど!」
いつものように時任がやかましい。
花が見たいのなら植物園に行けばいいじゃないか。
あそこなら外出申請も必要ないぞ。
植物園の話題が上がったからか、プリミラが無表情ながらも誇らしげにしている。
なんなら彼女に時任を案内してもらうこともできそうだ。
「桜です! 地底魔界に桜を咲かせましょう!」
「芹香……。火に飛び込んで灰になるつもり?」
「私の尊い犠牲が必要なの!?」
そもそも犬じゃなくて兎だしな。
そのままマギレマさんに調理されて終わりそうだ。
「レイさ~ん。時任の死以外で桜を咲かせる方法ありませんか~?」
「そもそもお前が死んでも花が咲くことはないと思う」
さて、ダンジョンマスターさんに聞いてみるか。
植物園や果樹園は作れたけれど、木の種類を調整すればいけるかな?
どうですか? ダンジョンマスターさん。
……いけそう。
「木作成」
試しに一つ作ってみると、それはまぎれもない桜の木だった。
時任がぴょんぴょんと喜んでいるし、彼女たちにとっても桜であることには間違いないだろう。
「レイさんが準備してくれた以上宴会部長として、お花見をセッティングします!」
「……俺、時任を宴会部長に任命したっけ?」
「せ、芹香がすみません……」
いや、いいんだけどね。
時任のことだから、地底魔界の者たちに声をかけて大勢を集めるんだろうなあ。
となると、俺は俺で桜の木をもっと大量に作らないとだめか。
まずは広場を作って、そして木をたくさん作成しておこう。
お花見なんていうものの、どうせ騒ぎがメインなのだから広くないと大変なことになりかねない。
うちには暴れそうなやつらも多いからなあ……。
「それで、こんな盛り上がりを見せているというわけですね」
「はい。不要なら言ってください。いつでも消去するんで」
フィオナ様には事後承諾となったので、彼女の意向次第ではいつでもなかったことにするつもりだ。
しかし、今回はそんな必要もなかったらしい。
「いいえ。楽しそうでいいじゃないですか」
「たしかに、相変わらず場を盛り上げるのが得意ですよね。あいつ」
マギレマさんに料理の手配をし、参加者たちを集めて飲めや歌えやの大騒ぎになっている。
ともすればやかましいと思われそうだが、フィオナ様はそんな喧騒をやさしく見守っていた。
「参加しないんですか?」
「あの中に交ざるよりも、こうして遠くから眺めているほうが好きなので」
この魔族はそういうところがある。
騒ぎの中心に行くのではなく、一歩引いたところからそれを慈しむように眺める。
それは、やはり魔王という存在であるためだろうか。
「レイこそ、あっちに行かなくていいんですか?」
「俺の居場所はフィオナ様の隣です」
「ふふ。ですよね」
俺の返答に満足したのか、フィオナ様はやさしく抱きついてきた。
どこか儚げで美しい魔王様。いつもの明るくかわいい魔王様。どちらも本物であり、どちらも俺が好きな魔王様だ。
「フィオナ様はあの騒ぎの中心に行くことに抵抗がありますか?」
「……どう、でしょうね? ずっと望んでいた光景ではあります。ですが、たまに現実味がなくなり、夢のようにただ眺めているのがいいと思えるのです」
忘れがちだが、俺たちが転生する前って人類との戦争中だったみたいだしな。
平和で楽しい生活というものは、彼女にとってまだまだ実感がわかないのかもしれない。
「きっとあれが当たり前になりますよ」
「であれば、とても嬉しいですね」
「時任ならそのくらいやります」
「それだけではなく、あなたがいれば叶っちゃいそうですね」
俺は……まあ、フィオナ様のためならなんとかしようとは思うけどな。
ただ、場を盛り上げるのは時任が最適だ。
何事も適材適所というものがある。
「俺は盛り上げるのに向いていません」
「いえ。あなたはそういう下地を作ってくれます。それもとても大切なことなのです」
「向いていませんが、あなたの手を引いてあの中に連れて行くことはできますよ」
その言葉にフィオナ様はわずかに目を見開いてから、再びやさしく微笑んだ。
「では、エスコートをお願いします。私のレイ」
「ええ。あなたが手を取ってくれるのなら、どこへでも送り届けましょう」
伸ばした手はしっかりと握られた。
そうして入った騒ぎの輪の中で、彼女はしっかり楽しんでくれたと思う。
時折見せる儚げな顔。きっと彼女の過去に起因するものなのだろう。
いつかはそれを話してもらえる日も来るのかもしれない。
だとしても、俺はこうしてそんな過去の寂しさを紛らわせるために尽力するだけだろうな。
◆
「花を咲かせました!」
「はい。美しいです」
「そうでしょう。そうでしょう。では、好きなときに見に来てもいいんですよ」
地底魔界でも植物は育ちます。
ならば美しい花だって鑑賞することはできます。
ならば、みんながそれを楽しめれば何かが変わるかもしれません。
そうして期待した色とりどりの花咲く場所。
そこは私のお気に入りの場所の一つとなった。
「……」
たとえ、自分しかいなくともこの美しい花を見る時間は嫌いではない。
嫌いではないのです。
ただ……。
「隣で誰かと一緒に見ることができたのなら、きっともっと楽しかったのでしょうね」
命令すれば見てくれる。
だけどそれでは意味がない。
私はあなたたちに無理なことを望んでいるのでしょう。
ですが、いつかはきっと……。
◇
「レイ」
「なんですか?」
隣にはいつもあなたがいる。
「あなたは、私と一緒に花を見てくれますか?」
「ええ。俺もこの時間は嫌いじゃないので」
だからあなたが好き。
私がかつて望んだことを全て叶えてくれる。
あなた以上に頼れる者はきっといない。
「無理していませんか? 実は花なんてと思っていませんか?」
「失敬な。俺にだって花を愛でる心くらいありますけど」
そうして気分を害しましたという顔すらかわいらしい。
当然、本当に気分を害してしまったのなら、私ももっと慌てていますけどね。
これが私とレイの距離であり、かつて望んだけれど手にはいらなかったものなのです。
だからこれでいい。
「あなたが好きです」
「ええ。俺もフィオナ様のことが好きです」
きっとこの宰相は今後も私を支えてくれる。
私という魔王はこの宰相を含めた部下を守る。
いつまでも仲良く魔王軍でいられるのなら、あの選択に間違いなどないと思える。
ただ……。
私に罰は必要ではないのか。
魔王を殺し、あの子から父親を奪った。
そして地底魔界という土地から追い出す結果となった。
あの子は……私を救ってくれたのに。
その罪に対する罰はあの悠久の時だけですませるべきなのか。
あるいは……いつの日か、私という魔王が討たれて完遂するのか。
ねえレイ。
あなたは……私の罪も一緒に背負ってくれますか?
「お、おや? どうしました?」
そんなことを考えていると、レイが手を握ってきました。
いえ、いいんですけどね? 私は全然望むところですし。
「よくわかりませんが、俺はフィオナ様とずっと一緒です」
「ええ。これからもよろしくお願いしますね。私の宰相」
「当然です。俺の魔王様」
ならば最後はともに散りましょう。
万が一、あの優しい子が私に復讐しに来たその時は、一緒に討たれてくれたら嬉しいです。




