第692話 チャート修正作業中
「どうもはじめまして」
「あなたは……教会に何か御用でしょうか?」
白銀の重装備に身を包んだ男が丁寧な物腰で問いかけてくる。
ただ、その口調や態度に騙されてはいけない。
本人にその気はないのだろうけれど、この男は非常に危険な男だ。
俺たちはすでに見ている。ゲームだけでなくこの世界でも、こいつは人類のために敵を潰すゴリラだということを。
だから慎重に……。
「教会というよりはあんたに用事だ。ガルドリック」
「私にですか」
「あんたたち教会は人類を救う存在。そう聞いている」
「そうですね。悪しき人類はマルコスの断罪の対象ですが、そうでない人類は守護の対象です」
わりと怪しい言葉ではある。
要するにこいつらが人類の善悪を判断し選別しているということなんだから。
ただ、その言葉に偽りはなく、実際は本当に悪人をさばいているのだから大したもんだ。
「俺たちも守られるばかりではない。ということで、自分の実力を測りたい。手合わせしてもらえないか?」
「そういうのはお断りしているのですが……」
だろうな。敵対していない相手に攻撃はしない。ガルドリックとはそういう男だ。
敵対していたら容赦なく叩き潰す姿からは考えられないが。
やっぱり敵対しないと駄目ってことだな。
「じゃあ、俺たちは今から人類の敵になる」
「……冗談にしては笑えませんね」
「いいや本気だ。どうする? あんたたちの敵になったぞ人類を守らなくていいのか?」
さあ、もう戻れない。
冷静なように見えるけれど、このゴリラすぐに切れるからな。
相性から考えると、玉村かルークあたりがいいか。いや、他もわりとやれるから誰でもいいっちゃ誰でもいいんだけどな。
「私がやろっか?」
「それじゃあ頼む玉村」
どうやら玉村も自分なら苦もなく倒せると判断したようだ。
こちらのそんな軽い空気が気に障ったのか、ガルドリックも臨戦態勢へと移った。
「どうやら、少し痛い目を見せる必要がありそうですね」
少しかな? お前、このまま玉村を叩き潰すつもりだろ。
まあ、こっちから売った喧嘩なんだし、そこになんの文句もないが。
というか、そのくらい本気のほうが試金石となる。
ここでガルドリックを倒せないようであれば、俺たちは魔王なんて倒せやしない。
「安心してください。潰すのは四肢までにします」
「速っ!」
玉村が驚いたように後方に下がる。
あ~やっぱり実戦だと違うよな。
俺たちの班はモンスター相手にレベリングしていたけれど、現実となると相手の行動もゲームとは変わってくる。
そして実際に体感するとなると、いくら知っているといっても面食らうのは仕方ない。
そのあたりの調整が今後の課題か。特に魔王軍との戦いなんて一発勝負なんだ。戦闘中にずれを直せるようにしないとな。
「よっと」
そう言う意味でもガルドリックはちょうどいい相手だ。
そして玉村なら、慣れるために時間を稼ぐ戦い方も向いている。
「ちょこまかと」
しっかし速いよなあ。
ゲームでは鈍足ユニットだったガルドリックがこれだ。
魔王や四天王が俺たちの知っている相手じゃなくても驚かないようにしないといけない。
「うん。だいたい慣れた」
「ふざけているのですか」
「いや、本気。だからこっからが私の本当の力だから」
これまではひらひらと攻撃をかわしていた玉村だったが、どうやら攻勢に転じるようだ。
ガルドリックもそれを察したようで、自慢の鎧で玉村の攻撃を防ごうと防御の姿勢へと移る。
そうか。それじゃあお前の負けだなガルドリック。
こいつは加速の転生者。そのスピードだけが武器の女だ。
ガルドリックが決してとらえられないほどのスピードで攻撃を避け続けていたが、それももう終わり。
「いくよ」
玉村の姿が消える。
いや、消えたように見えるほどの速度で動く。
速いというのは攻防一体の強さだ。回避にも攻撃にも速さは重要だからな。
……と思っていたんだが、攻撃に関してはちょっと残念なことが判明している。
こいつの攻撃。とにかく軽いんだ。速さのせいなのかわからないが、一発一発のダメージが非常に低い。
そしてそれは耐久力も同じだ。こっちは回避でごまかせるが、もしも一撃でも喰らったらそれだけで大ダメージだっただろう。
「ぐっ……」
「よ~し、スピードアップ!」
だが、そんな玉村が耐久力が非常に高いガルドリックを押している。
相手はとうに玉村のスピードについていけていない。
それでも攻撃をしのいでいるのはさすがだが、ありゃあいい的だ。
やっぱりな。玉村やルークであれば相性がいいと思っていた。高耐久のただの的なのだから。
「こ、のぉっ!!」
「やばっ!」
ガルドリックが大剣を振るって迎撃を試みる。
だが玉村はそれを見てから悠々と回避可能だ。……あれ、なんでこけてんの?
ガルドリックの気迫に押されたとでもいうのか?
「潰します」
「ちょ、ちょっとタンマ!」
当然そんな隙を見逃すはずはなく、ガルドリックが玉村に詰め寄る。
あぶねえな。あれか、大剣の風圧でこかされたのか。
やっぱりあいつ軽いんだよなあ。スピードアップの代償としてというのなら、それも仕方ないけれど。
「あっぶな~!」
まあ、そのスピードがあれば転んでいる状態からでもガルドリックの攻撃は避けられるが。
というわけで攻撃再開だな。高耐久ではあるものの、相手はもうぼろぼろだ。
次の攻撃でそろそろ動かなくなるだろ。
「お返し!」
玉村の攻撃がガルドリックの堅牢な防御を打ち崩す。
終わったな。それにしても、思っていた以上にタフなやつだった。
だがこれで証明できた。教会のネームドくらいが相手なら何も問題ない。
「っ!」
「え? 痛ぁっっ!!」
足が潰れたな。
まじかよ。あの状態から反撃して当ててくるのか。
それにまだ意識が残っている。こうなったらルークに倒してもらって……。
「ガルドリック! 何があった!」
げ、マルコスじゃん。
呼んでないんだけどなあ。こうなってしまったらマルコスも倒すしかないか?
「天野! 私の足ぐちゃぐちゃになってんだけど! すっごい痛い! 逃げよう!」
ま、しょうがないか。
マルコスが相手でも時間がかかりそうだしな。
「逃がすとでも?」
「悪いな狩人。ここが現実とはいえ、アイテムの効果は絶対なんだ」
転移アイテムである黄金のコイン。先に回収しておいて正解だったな。
ここで使うのは惜しいが、強者との戦闘という経験は積めた。
実際に戦ったのは玉村だけだが、全員がそれを見ている。
ゲームと現実との違いのずれを修正できている。
なら、ここでアイテムを消費して逃げたとしても問題ない。
あとはこれを活かして保険のアイテムをさらに回収。それがすんだらレベリングだな。
ガルドリックはほぼ倒せた。ならレベルと経験によって次は完封できる。
今のガルドリックの実力を指標にすれば、魔王軍を倒すまでに必要なレベルもおのずと見えてくる。
「待て!」
マルコスが呼び止めるも、俺たちはすでにアイテムで転移していた。
さあ教会とは敵対した。これで教会から無名の聖槍兵たちが派遣されるだろう。
強モブたち相手にさらなる実戦経験を積み、レベリングもこなせる。
そして素材からあわよくば保険アイテムを錬成できたら最高だな。
◇
「転生者集団ってのが動いたっぽいよ」
「何か見えたのか?」
「残念ながら直接動いたところは見えてない。妨害っていうよりは、ボクが監視できないような場所で戦ったっぽいね」
戦ったのか。少なくともうちの誰かが相手というわけではない。
ということは、現地の誰かが相手か? あるいは他の転生者?
「教会のガルドリックが負けたっぽいねぇ。マルコスが駆けつけたけど逃げられたって話をしているよ」
「教会相手か。つまり今回もやっぱり厄介な転生者ってことだな……」
嘉神という厄介な転生者は、マルコスを翻弄しながら戦っていた。
だけどマルコスはマルコスで食らいついていたように見える。
だがガルドリックのほうは敗北している。
十人がかりだからか? それとも一人でそれほどの戦果を挙げたのか?
後者だとしたら、最低でも一人一人が嘉神レベルかそれ以上を想定しておくべきだ。
「わかった。引き続き動向には注意してくれ」
「りょうかい! いやあ、ボク役立ってるね~」
「本当にな。いつも助かるよ」
その言葉に気をよくしたらしく、ピルカヤは満足そうに笑った。
さて、戦うことになったら十魔将が相手をするわけだが、問題ないだろうか。
ダスカロスのほうを見るが、やはり彼は問題ないと言わんばかりに頷く。
予定は変わらないな。もしものときは十魔将が迎え撃つ。
相手はすでにこちらの世界の住人に手を出した。
俺たちを襲撃する日もそう遠くないのかもしれない。




