第686話 これでも平和な日々の一幕です
「ルトラは水のフィールドだよな」
「まあそうなるだろうねえ。プリミラもそうだが、水そのものがあいつの力になる」
「そこにモンスターも配置する、と」
「いや、そりゃあどうだろうね」
ここまで肯定してくれていたリグマが、モンスターの配置には待ったをかける。
何か問題でもあったんだろうか。ルトラ、別にモンスターたちと仲悪くないよな。
「あいつが魔王様からもらったアイテムは、水系統の攻撃の威力を上げるアイテムだ」
それはルトラにぴったりだな。
なんならプリミラもそれでさらなる強化ができたかもしれない。
「ただ、水と使用者を徐々に汚染してしまう。そうなるとモンスターたちも汚染により常にダメージを受ける」
つまり火力が強化する代償として、スリップダメージを受け続けるアイテムってことか。
たしかピルカヤの強化アイテムもそんな感じだったよな。
精霊……。自傷しないと強くなれないんだろうか。
「しかし、あくまでも机上の空論だと不安だなあ」
「だからってダンジョンに仕掛けようとするなよ?」
わかっているさ。
ただ、俺って何事もまずは試してみるタイプだから。
転生者たちが敵に回るかすらわからないが、いざというときにぶっつけ本番で十魔将をあてるのはちょっと怖い。
「……はあ。それじゃあ、試してみるか?」
そんな俺の心情を汲んでくれたのか。リグマはため息とともに提案してくれた。
え、試していいの? 侵入者相手に新たな罠を?
ただ、アナンタやダスカロスに却下されないだろうか。
「よし、それじゃあさっそく欲望のダンジョンに」
まあいっか。リグマが共犯になってくれることだし、一緒に怒られよう。
「待ちなさいっての。そっちじゃなくて喜びのダンジョンのほうな」
「喜びのほう?」
しかし、あちらに致死性の罠を仕掛けてしまうのはさすがにまずくないか?
せっかく増えてきた客が減ってしまう。
「あっちなら変なエリアが急に増えても、いつものことで流してもらえるだろ」
「それはそうなんだけど。さすがに死ぬような罠は……」
「死ぬような罠作る気なの!?」
あれ? だって対転生者用の仕掛けだよな?
それならお優しいダンジョンの一部にするつもりはないんだけど……。
「レイくんいつも全力だなあ……」
「手抜きはしないぞ」
「誇られても……。まあいっか。とにかく、あくまでもお試しだよ。なんせ、あのダンジョンにはターゲットとなっている転生者が来るんだろ? おあつらえ向きじゃないか」
う~ん。
ただそうなると、いっそそこで罠にかけたほうが早くないか? と思ってしまう。
罠が一番効果を発揮するのは初見のときだ。
本人相手に実験するのはいいが、そうするといざ本番で対応されてしまうかもしれない。
「初見殺しという利点を捨てるのはなあ」
「だから加減しなさいって言ってるのさ。加減した罠で相手の反応を見る。本番では本気にすることで相手は油断する。しかも十魔将もいるとなれば、今回の仕掛けとはまったく別に感じるんじゃないの?」
なるほど。
たしかに、あえて一度罠にかけておくというのもいいかもしれない。
それで罠の脅威を低く見積もってくれるのであれば、十魔将との戦闘において致命的なミスにもなりうるか。
「やってみよう」
「んじゃあ。最初は水かな」
リグマの言うとおり、俺は急遽水エリアというものを作ることとなった。
そうして話し合いながら作り終えたダンジョンのお披露目から数日。
……待ち構えること数日が経ってしまった。
「……来ないんだけど」
「おかしいな。ここに頻繁に通ってたよな?」
「ああ。貴族の護衛をして金稼ぎをしていた」
だというのに、最近では全然現れない。
もしかして、もう十分に金を稼ぎ終えたか?
仕方ない。いったん別のダンジョンのほうを見るか。
「ピルカヤ。カジノの視点を共有してくれ」
『は~い』
ならばカジノだ。
喜びのダンジョンに通っていたRTA集団の仲間が、あちらにいたはずだからな。
宝箱にハマってくれそうだったけど、その後どうなったんだろう。
プリミラと奥居が変なものを引かないように対応してくれているはずなんだけど……。
『違う。これじゃない!』
『換金ね。次こそアタリが出るわ』
思っていたよりもハマっていそうだな。
カジノの中では宝箱の周りで一喜一憂する男女の姿が見える。
ていうか、人増えてない? 喜びのダンジョンにいたやつらも、こっちにいるじゃん。
だから護衛をしていなかったのか。
「宝箱。やはり恐ろしいですね……」
「さっきハズレを引いたフィオナ様」
「なんですか!? なぜ傷を掘り返すようなことを!?」
「すみません。実体験からの言葉は重いと感じたのでつい」
「つい! ついでレイが私をキズモノにしてきます!」
「人聞きの悪いことを言わないでください」
ただ、フィオナ様も認める宝箱中毒になっているっぼいな。
リズワンやレンシャと同じようになる日も近いのかもしれない。
あいつら、奥居に宝箱の中身を入れ替えさせ続ければ、このまま無害になるんじゃないだろうか。
……今後も危険なアイテムがあったら交換してもらうようにしよう。
「カジノにハマっているから喜びのダンジョンには来なかった。つまり資金を枯渇させたら、また護衛せざるを得なくなるんじゃないか?」
そうすれば、金稼ぎのために喜びのダンジョンに来てくれるはず。
そこで罠を仕掛けたエリアに誘導すれば、当初の目的は果たせそうだな。
「……」
そんな俺の提案を、フィオナ様は若干引いたような目で見てきた。
なんですか? そんな目で見られるようなこと言ってないじゃないですか。
「お、恐ろしいことを……。宝箱の中身を操作して、ハズレを引かせ続けようだなんて」
「だって、そうしないと目的を果たせないじゃないですか」
「はっ! も、もしかして……私が一向に蘇生薬を引けないのもレイが操作しているせいでは!? どうすれば許してもらえます!? 何でもするので許してください!」
「許すも何も、濡れ衣にもほどがあります」
そんな本気の謝罪やめてくれませんか?
ほら、メイドや執事がぎょっとした顔で見ているじゃありませんか。
普段表情を崩さずにプロの仕事をしている彼らがですよ?
「え~。もはやレイの遠隔操作といわれたほうが納得できるんですけど~」
「そんな嫌がらせはしません。俺がフィオナ様を悲しませることするはずないでしょう」
「そうでしたね。レイは私のものですもんね」
「そのとおりです」
ほんと、ころころと表情が変わる魔王様だな。
上機嫌になって俺の腕に抱きついてくる姿を見たからか、執事たちもほっとして仕事に戻っていた。
「ついでに、これを機に本当に中身を操作してもいいんですよ? もちろん、蘇生薬を毎回仕込むという意味で」
「小癪なこと考えますね」
「小癪って! 魔王なんですけど!?」
「小魔王ですね」
「大魔王とまではいきませんが、せめて普通の魔王にできませんか!?」
いえ、実際のところ大魔王くらいの力だと思います。
ただ、普段はもはや魔王ですらない一人の愉快な女性ですけど。
……女性? 少女? 見た目は俺より年上だけど、年上のお姉さんっぽさを一切感じさせないってすごいよなあ。
「不敬です」
「なぜバレるんですか」
「レイは態度に出やすいですからね」
そうだったのか。
次からはバレないように考えることにしよう。
柔らかい指先がほおをつまむ。
そうして俺はフィオナ様にほっぺたをこねくり回されるのだった。
◇
「リグマ様……」
「どったの?」
「ま、魔王様と宰相様は、あれでよろしいのでしょうか?」
「いいのいいの。仲良くやってるだろ?」
「そ、そうですか。なんだかすごい会話をしているので、その……心臓に悪いですね」
「早く慣れたほうがいいよ。気にすると疲れるだけだから」




