第681話 女神はあなたたちを見守ってくれていません
「はあ……」
「おや、どうしました? マルコス。お疲れのようですが」
ガルドリックの問いかけに、自分は思っていたよりも疲弊しているのだと気づく。
体力の面よりも精神的な疲れだね。これは。
「どこもかしこも転生者。私の仕事は盛況だよ」
「ああ。そういうことでしたか」
鎧で隠れた顔は表情こそわからないものの、彼が苦笑しているのがわかる。
実に面倒だ。転生者の有用性は認めるよ? だけど、それにしたって私の仕事が多すぎやしないか。
「喧嘩の仲裁など、私の仕事ではないはずなんだけどね」
「争いごとはつきませんからねえ。こちらの者ですらそうなので、異界からの転生者などより混乱を生むだけでしょう」
「それにしても、面倒な転生者が多すぎるよ」
いっそ、私の職務を遂行すべき相手が出れば、少なくともその転生者が二度と悪さをすることはないんだけどね。
……いや、疲れているね。殺さずに済むのならそれに越したことはないじゃないか。
「女神様は魔王討伐にお力を入れているのでしょうね」
「たしかに、大転生で多くの戦力が送り込まれている。ただ、それが人類を襲うのはいささか問題だと思うよ」
「諍いを起こす者たち。争いを嫌い町や村で暮らす者たち。そして人類のために魔族と戦おうとする者たち」
「最後の比率が少ないとも思わないかい?」
「平和に過ごす者も半数ほどいると考えると、人類のためになっていることはいるんですけどね」
ただ、欲を言えば戦ってくれる者が半数だと助かったんだが……。
いや、厄介の種の比率がこれ以上多いよりはマシかな……。
「しかし、町や村で騒動があったとは聞きませんでしたが、あなたが未然に防いでいたのですか?」
「それよりは、ダンジョン付近でのいざこざが多いからね」
人が多い場所で無茶なことをする者はさすがに減っているのだろう。
あの転移の転生者ですら、なるべく目立たない場所で人を襲うようにしていた。
ただ、そういう者はまだまだいる。見つけ次第断罪しているが……。
そのたびに、私は力が不足していると実感してしまう。
「ダンジョンですか……。たしかに、私が通っているダンジョンにも、転生者らしき者たちはいますね」
「君がダンジョンに? 初耳だな。教会の敵となる者でもいたのか?」
ガルドリックは教会の守護戦士だ。
人類に害する人類を狩る私と違い、彼は教会の敵となるあらゆる者相手に戦うことが役目。
そんな彼がダンジョンに通うだなんて、いよいよ魔王軍との戦いが近いということだろうか。
自然に拳に力が入り緊張から唾を飲み込むと、ガルドリックは笑いながら否定した。
「いえいえ。幸いといいますか、私の仕事はあまりなく暇なものですよ」
「それならよかった。君が忙しいということは、教会にとっての危機ということだからね」
ならば暇でいてくれたほうがありがたい。
いざというときはその身を盾にして、誰よりも前で烈火のごとく戦う男だ。
そんな彼がこうして穏やかでいられるということは、教会が平和である証なのだから。
「ただ、そうなるとなぜダンジョンに?」
「興味深いダンジョンがありまして。喜びのダンジョンと呼ばれる場所なのですが」
聞いたことがある。
私が通っているモンスターダンジョンとは別の場所だが、噂はこちらの耳にも届いているからね。
なんでも、死亡率が低いというか皆無のダンジョンでありながら、難易度は実は相当に高いとか。
ただ、安全であることは確かなので、最近では貴族の子息たちが護衛を引き連れて挑んでいるとかだったかな?
「……まさか、護衛か?」
「ええ。本来の役目がない以上、そういった有力者との伝手を作るべきだそうです。それに、お金というものはどうしても必要ですからね」
「そちらはそちらで大変だな……」
貴族のボンボンのお守りとは……。
なんだか精神的に疲弊するような仕事ばかりだね。
だが、ガルドリックはやはり穏やかな口調で何でもないことのように言うのだった。
「楽しいですよ? 見込みある者も多いですから。あのダンジョンはそんな危険な場所ではないので、安心して見守ることができます」
「君はおおらかだねえ」
絶対にわがままを言う者たちもいるだろう。
だというのに、彼は人類であれば分け隔てなく穏やかに接する。
そんな彼が違う一面を見せるのは、あくまでも教会と人類の敵に対してくらいのもの。
願わくば、彼がもう一つの顔を見せないままでいてほしいものだ。
「さっき、転生者を見かけたと言っていたね? 私に報告がなかったということは、その者たちはまともな転生者なのかい?」
「ええ。うわついたところこそありますが、戦う力は十分でしたね。ダンジョンをすいすいと進んで攻略しています。当然、人類に危害も加えていませんし」
「それならよかった。最近、こちらのダンジョンにも転生者が現れたから、こっちのほうも善良だといいんだけど」
「そうですね。善良かつ強者であるのならば、いずれ魔王軍と戦うときに頼りになりますし」
そうであってほしい。
ただ、そんなささやかな祈りは女神様には届くことはなかったようだ。
◇
「マルコスがいる。あいつたしか人類狩りだろ」
「魔族を倒さないで、人類の敵である人類を狩るとかいうやつな」
「ま、敵がいるのに内輪揉めなんて最悪だし。そういう役割の人が対処してくれるならありがたいんだろうね」
国松とジノから離反してまずはダンジョンを探ってみた。
まあ、明らかにゲームと違うよな。
俺たちの誰一人として知らなかったダンジョン。
そんなもの、ゲームには存在しなかったということになる。
手分けして挑んではみたものの、ダンジョンごとに特色が異なっていてなんとも不気味に感じる。
俺が挑んだダンジョンは罠が一つもなく、モンスターばかりが出てくる場所。
それも奥に進めば進むほど、強いモンスターが現れる。
レベリング用の単純なダンジョンと見えなくもないが、ゲームになかった以上はレベリングという概念で考えるのも違うよな。
魔王がゲームにないダンジョンを作ったか? あるいは、俺たちとは別の転生者がダンジョン経営でもしているのか……。
「どうする? チャートの大幅な変更が必要になるんじゃない?」
「だるいなあ。今から新たな発見だなんて、やってられないよ」
これがゲームならタイムを縮める要因となるかもしれないけど、ノーミスが必要な状態での不確定要素は怖いな。
なぜかマルコスがいることといい、別の場所ではガルドリックがいることといい、あまりゲーム通りと考えないほうがいいか。
「アドリブ力が試されるな」
「まあ、こっちはこっちで女神の加護なんてあるわけだし、それでなんとかしよっか」
「そうだな。加護と相性のいい装備集めは順調だ。それに、こっちは予想通りの効果を発揮してくれた」
知識全てが無駄にならなかったのは幸いだな。
おかげで加護を利用して強化できている。
それこそ、十魔将や四天王くらいなら倒せるほどに。
「準備ができたら魔王軍を適当に間引くか」
「そうだね。それで魔王に部下を蘇生させて、弱体化ギミックを発動させよう」
部下を殺せば殺すほどに弱くなる。
死にゲーだなんて言われているけれど、それを徹底すれば何も難しいことはない。
仲間のために弱体化するなんて、なんともお優しい魔王だよな。
ならそれを利用させてもらう。さっさと攻略して、元の世界に帰らせてもらおうじゃないか。
◇
「フィオナ様。なにしているんですか、それ」
「マギレマの足と張り合っている魔王の姿です」
「ま、魔王様……。あたしはそんなつもりは……」
「いいえ! この子たちはあなたの足です! つまり、この子たちがレイになつくのも、あなたがレイのことを好ましく思っているからじゃないですか!」
「す、すみません……」
なんかよくわからないけど、パワハラはやめてください。
本当はやさしいはずなのに、たまに部下に厳しいんだよなあ。この魔王様。




