第679話 君からは苦労人の匂いがする
「そんなところかな。とりあえず、しばらくは地底魔界に慣れてくれ。案内は頼んであるから」
「は、はい」
「俺が案内するか!?」
「いや、もう頼んであるって言っただろ。鳴神は鳴神でいつも通り過ごしてくれ」
「心得た!」
宰相様と自称ヒーローは、そんな話をしながらその場を立ち去ってしまいました。
宰相様って見た目から考えると、朝倉くんと同じくらいの年ですよね?
私より年下なのに魔王軍の重要なポストとは、おそらくとんでもない方なのでしょうね。
私を殺したピルカヤ……さんに指示を出す立場なのかもしれません。
「さて、とんでもないことになってきましたね」
「ああ。まさか二度も死から復活するとはな。いよいよ死が軽くなりそうだ」
たしかに、死んで終わりという感覚が麻痺しそうですね。
それはいいことなのか悪いことなのか……。
まあ、まだチャンスがあると思いましょう。
もう魔王様を倒すことはできない。
だから女神様に元の世界に帰してもらうことも、弟と再会することも叶わない。
ただ……。もしかしたら、あの子が死後にこちらに来るかもしれない。
なら、そのときにこの世界でも平和に暮らせるように、ここでしっかりと働きましょう。
「ふむ……。考えようによっては何度も死闘を繰り返せるということか。ピルカヤとの戦いのような高揚感を常に味わえるのなら悪くないか」
「悪いと思いますけど……」
あと、私が魔王様退治に利用していたこの朝倉くんという子。
一緒に行動してわかりましたけど、だいぶ不安な子ですからねえ……。
今もなんかおかしなことを考えていますし、私がしっかりとフォローしないと。
「そうだぞ小僧。死を易々と受け入れるな」
ああ、こちらの獣人の方は朝倉くんのお師匠さんなんでしたっけ?
よかった。こちらは朝倉くんほどバトルジャンキーというわけではないみたいです。
「死が当然となれば、戦いにとって不純な感情が混ざる。どうせ死んでもやり直せるという考えでは、真に楽しめる戦いとは出会えないぞ」
「なるほど……。死んでしまえば後がない。そういう思いもあの戦闘を楽しませてくれていたわけか」
「そういうことだ」
どういうことですかね……。
駄目です。こっちの獣人も駄目でした。獣人ってみんなそうなんでしょうか。
人間に転生した私だから、彼らの言っていることを理解できないのでしょうか。
「お待たせいたしました。宰相様よりお三方の案内を任されたアコルトスと申します」
頭を下げて私たちに自己紹介するのは魔族のメイドでした。
最初のころ、エーニルキアのお城にもメイドはいましたが、こちらのメイドも所作が完璧ですね。
仕事ができる女性といった雰囲気が伝わってきます。
「こちらが今後の皆さまの住居となります」
案内されたのはダンジョン内の一室。
何度か訪れたことがある休憩所のような部屋でした。
ただ、これまで訪れた部屋と違って簡素ではありません。それに広いです。
一人一人にこのような部屋を? だとしたら、私たちはそれなりに期待してもらえているということでしょうか。
「活躍すれば、より豪華な部屋に改築していただけるとのことです」
「改築ですか……。そのような人材もいるのですね」
「宰相様が全てこなしております」
え……。てっきりそういう建築関係の魔族もいるのだと思いましたが、あの宰相様が一人で?
なるほど、やはり優秀な方ということでしょうか。
「続いては共用の食堂ですね。こちらは十魔将のマギレマ様の管轄です」
十魔将……。国松くんとジノくんから聞いたボスですね。
魔王軍は壊滅状態と聞いていたのですが、随分と事情が違うような……。
魔王だけでなく、四天王に宰相に十魔将。それに私たちを案内するメイドさん。
かなり人材が豊富ではありませんか?
「あ、私の常連さんになると思ったのに一度しか来なかった獣人さんだ!」
「あ、ああ」
食堂には利用者がたくさんいましたが、そのうちの一人である兎の獣人が朝倉くんを見て大きな声をあげました。
朝倉くんがわずかに狼狽えていますが知り合いでしょうか。
そんな兎の少女の声を聞き、近くで食事をしていた少年も反応を見せます。
「さっきは話せなかったが久しぶりだな! あのときの獣人!」
「やはり、あの場にいたのはよく似た人物ではなくお前だったのか……」
やはり朝倉くんは少しうろたえていますね。
この二人、朝倉くんと何かあったのでしょうか?
……あれ、その近くにはハーフリングの少年もいますね。
ダークエルフの女性と二人で人間の少女の面倒を見ている彼は、朝倉くんをカジノに勧誘しようとしていた……。
「ああ、ボスが言ってたアンデッドってお前らだったのか」
向こうも私たちのことを覚えているのか、気軽そうな声でそのように話しかけてきました。
カジノのオーナーですよね? それに、ダンジョン内の施設を作っている転生者集団のまとめ役。
……そういうことですか。
それに気付いたとき、私は思わず頭を抱えそうになりました。
ダンジョン付近で危険な商売をしている転生者たち? 違いますよね。
ここにいるってことは、彼らもまた魔王軍だったということじゃないですか……。
あのとき朝倉くんへの勧誘を妨害したのは、正解だったのかわからなくなってきました。
私たちの行動、魔王軍に筒抜けだったということですよね……。
「ナルカミ様。お知り合いですか?」
「人助けをしていた獣人だ! なかなか見込みがあるぞ。こいつもヒーローの可能性を秘めている!」
「まあ! それは素晴らしいですね!」
「だとさ。ひーろーが何かはわからんが、良かったな小僧」
「よしてくれ……。ガラじゃない」
なんとなくわかりました。
あのヒーローを騙る少年、隣にいる修道女、ウサギの少女。みんな押しが強そうですね。
朝倉くん、主体性がないからこういう人たちに振り回されがちなんですよねえ。
ただ、ああいう子たちが面倒を見てくれるのは助かります。
「ま、あのときの勧誘は失敗したが、こうして仲間入りしたのなら何よりだな」
「ええ。今度は邪魔しませんので、色々とよろしくお願いします」
少女の口を拭いながら、ハーフリングの少年は快く承諾してくれました。
やはり、見た目以上の年齢ってことでしょうね。
傍らにいるダークエルフの女性との娘さんということでしょうか?
その後もメイドのアコルトスさんは、地底魔界内を案内してくれました。
……思っていたよりもとんでもないですね。ここ。
映画館。図書室。服屋。コンサートステージ。スキー場。海。ジム。温泉。モンスター園。カジノ。
……なんですかここ。レジャー施設にしても欲張りすぎでは?
「これで一通りといったところでしょうか」
「あ、ありがとうございます……」
見回るだけでかなりの時間がかかりますね。
たしかに、これは慣れるのもなかなか時間がかかりそうです。
「ジムはいいな」
「鍛錬できる場所のことか。ああ、あれは悪くない。それに戦闘用の広間が多いのもいい」
「ああ。好きなだけ戦えそうだ」
……この二人はすでに戦闘のことばかり考えているようですが。
ルフさんはまあいいです。こちらの世界の獣人ですし、そういうものなのかと納得しましょう。
ですが朝倉くん。あなた本当に私と同じ時代の日本人だったんですか?
まあ、彼が楽しそうならいいことなんでしょうけど。
それにしても、施設の案内だけでここまで時間がかかるとなると、魔王軍の方たちへの紹介はさらに大変そうですね。
見回っている間も、見たことがない顔の魔族たちばかりでしたし。
そんな中、向こうから新たな魔王軍の方たちがやってきたようです。
……え? 彼女たちには見覚えがありますね。
「あ、僕たちを殺した転生者だ」
「ほんとだ~。たしか仲間になったんでしょ? でもアンデッドになってるね」
「ロマーナと同じじゃない? エピクレシ様の部下になったんだよ。たぶん」
それは、ダンジョン内で遭遇した魔族たち。
私が転移で逃げようとしたところ、朝倉くんが時間稼ぎどころか全滅させた者たちでした。
「え……。あ、あれ? あなたたち、朝倉くんに殺されたんですよね」
仕留め損ねたとかではないはずです。
だって、彼女たち自身が殺されたと発言していましたし。
「死んだよ~。まあ、あれは死んだふりだったんだけどね」
「そうそう。魔族がいるってバレちゃ駄目だから、逃げる前に殺されたふりをしたの」
な、なんだ。そういうことでしたか。
それならこうして生きているのも納得ですね。
殺したとは言いましたが、あくまでも彼女たちは死んだふりをしただけでしたか。
「まあ、本当に死んだんだけどね」
「わりといい痛みだったよ。僕たちがわざとやられたとはいえ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「何? どうしたの?」
「え……。死んだんですか? 死んだふりだったんですか?」
なんだか、まるで本当に死んだような口ぶりではありませんか?
「死んだよ? 不死鳥の羽根で蘇生したけどね」
「そ、蘇生……」
思えばゲームの世界ですもんね……。
こうしてアンデッドとして復活できることといい、彼女たちのようにアイテムで復活できることといい、本当に死が軽い!
や、やはりそれにも慣れないといけないのでしょうか……。
朝倉くん……。あなた、お互い死ねるのなら、殺し合いが気軽にできるとか考えていませんか?
なんでこの会話中に少し楽しそうにしているんですか?
いつもつまらなさそうでしたが、楽しめることが見つかって何よりですね!




