第677話 その辺の力関係は複雑なので、また追々
そうなると、この二人を魔王軍に置くことは難しそうだな。
加護はなくなっている。ピルカヤが監視できる。プネヴマが魂を奪える。エピクレシが肉体を壊せる。
それだけの安全策があったとしても、本人に魔王軍として籍を置く意志がないのであれば意味がない。
「虫がいい話であることは承知の上です。ですが、国松くんたちと敵対せず魔王軍とも敵対しない、ということはできないでしょうか……」
あれ。てっきり国松たちのために魔王軍とは今後も敵対関係を継続する、ということかと思ったが違うのか?
的場は申し訳なさそうに、こちらを伺いながら慎重な様子で発言した。
「続けてくれ」
「ええと……。人類と戦闘することはできませんが、たとえばダンジョン内の掃除とか、建築系の作業の手伝いとか、あるいは食料調達とか、それ以外でお役に立ちます。なので、再び殺さないでいただけると……その助かります」
「それでいいぞ」
「え……?」
なんだ。要するにロマーナのときと似たようなものじゃないか。
ロマーナはロマーナで、同族であるエルフとの戦いはできないという条件で加入した。
的場もそれと同じく人類と戦えないというだけなら何も問題ない。
要するに時任や風間たちのように従業員として使えるってことじゃないか。
「戦力ならわりと足りているから、そういう非戦闘要員の従業員も募集している」
「そ、そうですか……。アンデッドにされたので、てっきり死を前提とした戦闘要員にされるのかと思っていました。さすがに、そんな非道な真似はされないということですね……」
「あ。そっちも間に合っている」
「え!?」
「死を前提とした戦闘要員も、わりと足りているから」
俺の言葉に的場は頭を抱えた。
なんなら、お前らが散々相手にしてきたモンスターがその筆頭だぞ。
それに朝倉にあえて殺された兎部隊もそうだ。
そもそも、最悪の場合はピルカヤだってそれを良しとしているし。
「あ、あの!」
「なんだ」
「従業員ってどういう意味でしょうか!」
なんだ急に。
的場は何かを考えている最中に、ハッとした様子でそんなことを尋ねてきた。
「主に店員だけど」
「て、店員というのはどういう意味でしょうか!」
なんだこいつ。なんでそんなことを聞いてくるんだ。
まさか本当に、従業員や店員って言葉の意味がわからないわけじゃないだろうな。
「地底魔界には様々な店があるから、その店で客相手に働いてもらうだけだ」
「様々な店というのは、死や苦痛を伴う商品を提供しているということでしょうか!」
何その怖い店。的場って元日本人だよな? 日本のどこに住んでいたんだこいつ。
どうしよう、俺の店の常識と的場の店の常識が違う。
「レストランや服屋や回復薬や装備の店だよ。買い物に来た客に商品を売る。品出しをする。そのくらいだ」
「そ、そうでしたか……。従業員や店員というのが、私の常識と違うのかと思っていました……」
「なんでだよ」
「そ、それは……。死を前提とした存在が足りているなんて聞かされたら……」
……俺、悪くないよな?
聞かれたから答えただけじゃん。なんかどんどん俺を見る目がおかしくなっているとは思ったんだよ。
「それじゃあ誤解も解けたってことだな。それでどうする? うちで働くか。それとももう一度戦うか?」
俺の言葉に的場が息を呑んだのがわかった。
なんでそんなに恐る恐る反応してんだよ。単に店員として働くかどうか聞いているだけだろ。
時任を見習え。あいつ、魔王様相手にすら図々しくなりつつあるぞ。
「四天王にすら負けた私では、もとより魔王様と戦うことはできません。働かせてください」
よし。紆余曲折はあったものの、的場も従業員として勧誘に成功した。
あとは朝倉だけだな。こいつ、さっきからずっと俺たちのやり取りを眺めているだけだから、本心がいまいち読めない。
「的場。それは違うぞ」
……なるほど。的場の選択は間違っていると言いたいわけだ。
ということは、的場よりも朝倉の方が俺たちへの敵対心が大きいということか。
事前の情報では逆の印象を持っていたが、なかなかどうしてわからないものだ。
魔王であるフィオナ様に負けたことが、魔王軍との決定的な決別にでもなったか?
「魔王様は別だ。俺を殺した美しい女性の魔族。それが魔王様のはずだぞ」
「ああ、そういう」
マイペースだな。こいつ。
だが、地底魔界でやっていくならそのほうが楽だと思う。
基本的には常識人ほど苦労している節があるからな。時任に対する奥居とか。鳴神に対するロペスとか。
「え? あ、あなたが魔王様ではないんですか?」
「俺、宰相」
「さ、宰相様でしたか……。宰相様でさえ、これほどの恐ろしさ……。いえ朝倉くん! あなた魔王様に殺されたんですか!? 四天王は? 倒したんですか!?」
的場はきっと今後苦労するんだろうなあ。
朝倉がマイペースで的場が常識人っぽい。ということは、今後も奥居やロペスみたいになりそうだ。
「四天王ピルカヤと戦っている最中に魔王に乱入された。そのまま知覚さえできない攻撃で一撃だ」
「あ、朝倉くんの吸収ですら通じなかったのですか……。いえ、そもそも使う隙もなかったとかでしょうか?」
「使ったうえで手も足も出なかった」
「……」
的場が遠い目をしている。まあ、気持ちはわかるけどな。
朝倉の加護は俺も本気で危険だと思った。魔王様を倒せる存在だと思った。
フィオナ様の実力を知らない的場ならなおさらのことだろう。
それが通じないと知ったことで、途方に暮れているように見える。
「宰相様」
「なんだ?」
朝倉は、そんな的場を気にすることなくこちらに話しかけてくる。
宰相様と呼んでいるあたり、敵意はないものだと思いたい。
「俺もここで働いてもいいか?」
「ああ。元々それが目的でアンデッド化させたわけだからな」
なんとか三人とも魔王軍に加入してくれた。
ルフのほうは完全に別人の体だが、じきに馴染んで俺たちが知る姿へと変化することだろう。
「ああ、そうそう。さっそく一つ頼みがあるんだけど」
「なんだ。……なんですか?」
「別に無理して敬語を使う必要はないぞ」
そもそも俺と同じくらいの年だろうし。
的場に至っては成人しているだろうから年上だ。
「朝倉と的場。女神の加護を使ってみてくれ」
「ああ、対象は誰にする?」
「とりあえず、ルフかな」
「任せてくれ」
「私の場合、周囲で誰かが死ぬ必要が……。っ! や、やはり私は死を前提とした運用となるのでしょうか!?」
いや、そんな力だって知らなかったんだけど……。的場の疑心暗鬼がどんどんひどくなっている。
俺が魔王だという勘違いは解けたのに、なぜそっちは余計に悪化しているんだ。
「ゴブリン生成」
「モ、モンスターが……」
「今からゴブリンに死んでもらうから、それをトリガーにして加護を使用してくれ」
「い、いいんですか!? 仲間なんですよね!?」
「すぐ復活できるから」
ほら。ゴブリンだって任せろって胸を叩いているじゃないか。
慣れているんだよ。こいつらは。
「で、では……いきます!」
ゴブリンが目の前で自害しようとしているため、的場は慌てて加護の発動を試した。
景気よく息絶えたゴブリンに、若干引いているような表情を浮かべるも、それはすぐに困惑と焦りへと変わる。
「で、できません……! す、すみません! いつもなら踏み台の加護が発動するのですが!」
「……宰相様。すまないが俺も師匠のステータスを吸収できない。おかしい、今まではこんなことなかったのだが」
ふむ。さすがに問題なさそうだな。
これも演技で実は隠しているという可能性はあるが、まあそのときはエピクレシとプネヴマに消滅させてもらおう。
「謝らなくていいぞ。加護が使えないことを確かめただけだから」
「へ……? な、なぜそのようなことを?」
「アンデッドになった時点で使えなくなるはずだが、万が一加護が使用できたら怖いじゃないか。それを隠されていた場合はなおさらだ」
「そ、それで使えないことを隠して私たちに指示を……」
「とりあえず大丈夫そうだな。使えるようになったらすぐに教えてくれ。くれぐれも反逆を企てないように、俺はともかく魔王様は強いぞ。加護を使っても勝てないほどにはな」
「は、はい……」
ここまで言っておけば大丈夫か?
駄目だったとしても、蘇生薬や不死鳥の羽根でなんとかしよう。
ならば二人にはそのことはまだ教えないほうがいいな。
「私たちの加護なんかよりも、宰相様のほうが恐ろしい気がするのですが……」
俺みたいな貧弱な魔族をつかまえてなんてことを言うんだ。
そんな不服そうな顔をしたためか、的場はぺこぺこと謝るのだった。




