第676話 鳴神くんは静かに聞いています
「すまなかった」
朝倉も同様にアンデッドの肉体に魂を宿すと、彼は的場を見た瞬間に謝罪した。
清々しいほど綺麗に頭を下げており、的場はそんな朝倉を見て慌てた様子を見せる。
「ど、どうしたんですか? 朝倉くん。とにかく頭をあげてください」
「的場の復讐ではなく、俺が楽しむために戦って敗北した」
まあ、あのときの朝倉はやたらと生き生きとしていたからな。
ただ、女神の加護を使用してからは一転してつまらなそうに戻っていた。
やっぱり女神ってろくなやつじゃないな。それだけは後で二人に伝えておこう。
魔王軍に敵対してもいいが、女神にも必ず敵対してもらう。
「そうですか……。朝倉くん、やっと自由に生きられたんですね」
「……なぜ咎めない? 俺は的場の死に、悲しむことも怒ることもしなかったんだぞ」
「まあ……。こっちはこっちであなたを魔王討伐に利用しようとしていましたし、途中から罪悪感が芽生えまして」
「それほどまでに帰還したかった。それだけのことだろう?」
「ええ、弟に会いたかった……。ですが、私がいないと生きていけないだろうというのは、私の思い上がりだったのでしょうね」
とりあえず話している二人は放っておいて、最後はルフだな。
プネヴマも魂を探しているが、彼女の蘇生前に死んだ魂であるからか、わりと難航しているみたいだ。
「うぁ……。うぅ……蛇の魂……自己主張が激しくて……邪魔ぁ……」
なんか別の理由っぽいな。
がんばれプネヴマ。そいつはおいそれとアンデッド化させたくない。
負けずにルフの魂だけ回収してくれ。
「体の方はどうだ? エピクレシ」
「まあこんなところでしょうね。獅子ということでしたし、同じような死体のストックはありました。これなら問題ないでしょう」
「うん。さすがにまったく同じとはいかないが、体格や種族は申し分ない」
顔つきは全然違うけど、そこまで再現するのはさすがに無理だろうな。
などと考えているとエピクレシが補足してくれた。
「もしもずっとアンデッドにするというのなら、魂が死体に馴染みます。体もおのずと変化していくと思いますよ」
「へえ。そんな便利なことが」
「とはいえ、やっぱり元の自分の肉体との違いはどうしてもでます。一番は自分の死体に入ることなんですけどね」
「となると、これまでどおりエピクレシに死体を保管してもらうのが一番か」
「ですです」
相変わらず研究について話すときが一番楽しそうだな。
そんな何気ない平和な会話をしているというのに、的場と朝倉の顔色が若干青ざめている気がする。
……ああそうか。アンデッドの肉体で血色が悪いせいだな。
「お、恐ろしい会話が……。いえ、やはり魔王軍……。なら、私たちはいったいどうすれば……」
放置して悪いが、ルフのアンデッド化まで待ってくれ。
プネヴマはああでもないこうでもないと、散らかった部屋から荷物を探すかのように魂を探っている。
そうしてわたわたと虚空に手を伸ばし続け、彼女はようやくお目当てのものを見つけ出したらしい。
「あっ……たぁ……!」
白く細い腕が高々と伸ばされると、何かをつかむような仕草から獣人の死体に叩きつける。
勢いすごいな。それだけテンションが上がっているということかもしれない。
急に死体を叩くバンシーの少女に朝倉と的場がギョッとした様子を見せるが、些細なことと言えよう。
「……む。ここは」
そうして獅子の獣人が体を動かすと、彼もまた周囲をきょろきょろと見渡す。
当然ながら、急なアンデッド化に理解が追いついていないのだろう。
そう考えると、蘇生薬を使用された魔王軍たちってわりとすごいよな。
プリミラを筆頭とした四天王なんてすぐに状況を把握したし、十魔将たちもそれは変わらない。
先日蘇生した執事やメイド軍団なんて、瀟洒な礼まで見せてくれたからな。
「さて、揃いましたね」
エピクレシの言葉に、状況を見守っていた的場と朝倉の表情が固くなる。
だがそれも仕方がないことだ。この二人にとって魔王軍は敵であり、その幹部二人が目の前にいるのだから。
……大丈夫だよな? 朝倉の加護ちゃんと使用不可能になっているよな?
全員に不死鳥の羽根は持たせているし、いつでも壁を作成して隔離できるようにはしている。
それにエピクレシがアンデッドの肉体を爆破できるし、プネヴマが魂を抜き出すこともできる。
いざというときは、一回死ぬ間にどうにかできるはずだ。
さすがにもう前回のように、朝倉の加護を甘く見積もったりはしないぞ。
「あなたたちは死にました。恐れ多くも魔王様に挑まんとダンジョンを侵略し、四天王様があるいは魔王様が直々にその命を刈り取りました」
なんかエピクレシから、ちょっとかっこいい雰囲気を感じる。
アンデッドに向けて主従として、あるいは魔王軍の十魔将としての彼女の顔ということだろうな。
普段の柔らかい雰囲気の彼女とは違う。
だからか、三人のアンデッドたちはさらに緊張を募らせた様子だ。
「あなた方が私の部下として協力するのであれば、仲間として迎え入れましょう。ですがその気がないというのであれば、再び眠りについてもらいます」
困惑しているな。まあ当然か。
ロマーナも言っていたが、死を実感したからこそ再び眠りにつくことは恐ろしい。
そんな恐怖を与えるプネヴマとエピクレシのコンビって案外邪悪だよなあ、なんて感想すら浮かんでくる。
「ふむ……。俺は女神にも人類にも死後の世界にも興味はないが」
まず最初に口を開いたのはルフだった。
彼はたしかにそういう話には興味がなさそうだったからな。うちにもわりとたくさんいる戦闘大好きというだけの男だ。
だが、彼は一つ思うところがあったらしく、言葉の途中で朝倉に視線を送る。
「……なにか?」
見知らぬ獣人にじろじろと顔を見られたためか、朝倉は心地悪そうに彼へと尋ねた。
まあ仕方ない。さすがに顔が別物だからな。ルフと気付かなくても無理はないだろう。
「多少マシな人生を送ったようだが、観察力が足りんな小僧」
「……師匠か?」
「死後わずかに会話しただろうが。それともあれは俺だけが見た夢か?」
「いや! ……たしかに、俺もあなたに再会したと思ったが……」
なにそれ知らない。
まずい。別に朝倉とルフの魂が会話しようが、それは全く問題ない。
ただ、魂の状態で意識を取り戻して、あまつさえ勝手に誰かの元に移動できるとしたらまずい。
ヨハンという男は魂の状態で他者の体に憑依できる加護を有していた。
そいつが不穏なことをしないと安心できるのは、ひとえにプネヴマが魂を眠らせて管理してくれているからだ。
だが、朝倉とルフのように魂同士で再会なんてできるとしたら、あいつがいつ復活してもおかしくない。
「プネヴマ……。もしかして、魂ってプネヴマの管理を離れることがあるのか?」
「い、いえ……。えっと……。あの蛇は……嫌な魂だから……確実に眠らせて……います」
まずはその言葉に安心した。
さすが魂の専門家であるプネヴマだ。一番危険な魂というものがわかっているらしい。
ただ、そうなると朝倉はともかく、ルフの魂が眠っていなかったのは……。
ああそうか。そもそもプネヴマが蘇生される前にダンジョンに吸収されたせいで、魂の回収が後回しになっていたからか。
案外、朝倉のところにやってきたルフの魂を発見したので、そのまま一度回収してくれたのかもしれないな。
「そこの……ヒョウが死んだとき……に、知らない……ライオンの魂を……見つけたので、回収しました……」
やっぱりそういうことか。
「ありがとう。よくやってくれた」
「え、えへへ……えへへへ……」
あれ?
でも、さっきルフの魂を探していたよな?
朝倉の死後に回収したのだとしたら、そんなに手間をかけずに見つけられそうなものだが。
「ちなみに、なんでそのとき回収したルフの魂を苦労して探していたんだ?」
「……えと……不要かと思って……奥に……しまっちゃって……ました」
「まあしょうがないな」
納得したし安心もした。
やはりプネヴマに任せておけば、魂の管理は問題ないということだ。
そんな俺たちのやり取りの間にも、エピクレシはしっかりと話を進めてくれていたらしい。
「まあ積もる話はあるようですが、まずはあなたたちがどうすべきかを決めてもらいたいですね。どうします? 私の部下にならないというのなら、積もる話はもうできませんけど」
「俺は先ほども言ったとおりだ。女神に興味はない。人類にも興味はない。魔王軍にも興味はない」
「では、あなたにとって興味があるものとは?」
「強者との死闘。……あとはまあ、そこの小僧の今後もだな。別れたつもりだったがこうして再会した以上は、多少の欲も出た」
「ふむ……。強者との死闘でしたら、魔王軍なら選り取り見取りですよ。あなたもよくわかっているでしょう?」
「ああ、リピアネムだな。彼女と再び剣を交えられるというのであれば、あなたの部下になるのも悪くはない」
ルフはどの陣営とか気にしないタイプってことだな。
裏を返せば、こちらに所属した後にまた別の陣営に所属される可能性はあるが、そのへんはあまり心配しなくていいだろう。
フィオナ様とリピアネム以上の強者は、それこそ女神とかになってくるだろうし。
「ということみたいですけど、あなたたちはどうします?」
「俺たちは……」
こっちが問題だよなあ。
国松とジノの陣営に所属していたようだし、裏切って魔王軍に入ってくれるかな?
無理だというのであれば、残念ながら再び魂を眠らせることになる。
せっかくルフをアンデッドにしたのだから、朝倉にはうまいこと仲間入りしてほしいものだ。
そして朝倉を釣れたら的場も釣れる気がしている。
「……俺たちは国松とジノに迷惑をかけた」
「ですねえ」
「だから、彼らを裏切ることはできない」
まあ、そうなるか。
朝倉と的場の意思は固い。そんなことがわかるようなしっかりとした眼差しだった。




