第673話 世界最強のメイド長
「なぜ人間が……」
「人間だけじゃないわ。獣人やドワーフやハーフリングも」
「それに私たちと同じく迫害種のダークエルフやオーガもいますね」
仲間たちがうろたえるのも無理はありません。
魔王様のお力で蘇生いただいた私たちが見た地底魔界は、あまりにも私たちが知る姿とかけ離れていたのですから。
ですが、その程度で本来の役割をこなせなくなるようでは、魔王軍の執事やメイドが務まらないのも事実。
むしろ蘇生直後にその姿を見せなかっただけ、彼らもがんばったといえましょう。
「お喋りはそこまでです。まずは新たな魔王軍と地底魔界の常識を頭に入れますよ。私たちが魔王様にお仕えすることは変わりません」
メイド長であるアコルトスは、そんな部下たちに指示を出しました。
さすがですね。では、私も執事長として彼女たちの足手まといにならないよう、新たな地底魔界に一刻も早く慣れるとしましょう。
「ディアコニア。魔王様が抱きかかえて運んでいった魔族に見覚えはありますか?」
「いえ。私の記憶にはあの方の姿はありません」
アコルトスの問いに答えながら思い返しますが、まだ年若い魔族でしたね。
ですが、あの方への敬意は欠かしてはいけません。
一目見て理解しました。あの方こそが私たちを蘇生してくださった方。
そして現在の地底魔界において重要な責務を担っている方だと。
「まずは、あの方について知ることが必要ですね」
「やっぱり、重要なポジションの方なんですよね」
「おそらくは」
そも、四天王様や十魔将様以上に魔王様との距離が近かった。
であれば、あの方はそれ以上の役職と考えたほうがよさそうですね。
今歩いている地底魔界の姿も、私たちの記憶とは随分と様変わりしています。
これもあの方が作ったのでしょうか。あるいは、魔族以外の誰かの手によって作られた?
ドワーフもいましたし、人間の中には建造魔法を扱える者もいるはずですからね。
「イピレティス様~。レイ様のそばにいなくていいんですか~?」
「レイ様は魔王様の部屋だからね~。僕は邪魔しない利口な兎なのさ」
「なるほど~。魔王様がいるのなら安心ですね」
のんびりとした声がこちらにも届いてきます。
イピレティス様とその部下である兎部隊ですね。
……まあ、部下のほとんどは兎ではないので、隊長のイピレティス様にちなんだ部隊名ですが。
それはともかく、ちょうどいいので話を聞いてみましょう。
なんせ、私たちの蘇生前にあの方に仕えていたのが、イピレティス様なのですから。
「イピレティス様」
「ん? ああディアコニア。蘇生おめでと~」
「ありがとうございます。お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「いいよ~」
イピレティス様は悩むこともなく耳を動かしながら、あっさりと快諾してくれました。
先ほどの会話の様子からすると現在の職務は護衛の任ですが、気を遣って離れているようですね。
「イピレティス様がお仕えになっている方についてお聞きしたく」
「ああ。そういえば、今回は魔王様が説明してなかったね。なんか、レイ様の突然の蘇生薬の献上に感激してた気がする」
そう。その名前です。
おそらくはそれがあの方のお名前なのでしょう。
「えっとねえ。レイ様は魔王様が私室に運んでいった魔族」
「レイ様とおっしゃるのですね」
「そうそう。いつもなら蘇生後に十魔将たちが説明するんだけど、みんな強化アイテムに夢中で忘れちゃってた。ごめんね」
それ自体はかまいません。
別にかわいらしく舌を出して謝罪せずとも、私たちには何も文句などありませんので。
「レイ様はこのダンジョンのほとんどを作った魔族だよ」
「やはりそうでしたか……」
魔王様が再びダンジョンをお作りになったのであれば、こうも様変わりしていることはなかったでしょう。
なので、別の誰かが作ったとは思いましたが、それがあの方レイ様のお力によるものだったのですね。
「そんで、君たちを蘇生した蘇生薬は全部レイ様が作った」
「……薬師なのでしょうか?」
それも蘇生薬を作れるほどというのであれば、魔族に限らずどの種族でも太刀打ちできない至高の薬師ということになります。
「ううん。レイ様は宰相。魔王様今はぐ~たらしてるからねえ。僕たちへの指示は基本的にはレイ様が出すと思っておいてね」
「なるほど……」
宰相にしてダンジョン作りができて蘇生薬も作れる……。
何者なのでしょうか。いえ、何者でも問題ありませんね。
それほどの方ならば、決して無礼がないように仕えるのは当然のこと。
私たちの実力が試されるということですね。
「あと、僕たちの強化アイテムもある意味ではレイ様のおかげかな? まあこっちは魔王様のお力も大きいけど」
そう言いながら、イピレティス様は耳飾りをちらちらと見せてきました。
「大変お似合いです」
「だよねえ! 僕かわいいでしょ」
「はいとても。それは、十魔将様を強化するアイテムなのですか?」
「うん。奇襲の威力が上がるアイテム。僕にぴったり」
たしかに、イピレティス様の得意としているのは暗殺。
であれば、それを強化するというのは、その一撃がより必殺に近くなるというものですね。
「……テクニティス様がお作りになられたわけではないのですか?」
「ううん。レイ様が宝箱を作って、魔王様が魔力を注いで出来上がり! たまに変なアイテムが出るけど、こうしてすごいアイテムが手に入るよ」
「宝箱……」
そんなものまで作れるのですか。
どうやら、私たちの最初の判断は何も間違っていないようですね。
あの方は魔王様の次に重要な魔族。見知らぬ顔だからと、私たちの部下が軽率な行動に出なかったことに今更ながら安堵しました。
「失礼します。イピレティス様、ディアコニア。お話中に申し訳ございません」
「いいよ~。なんかあった?」
会話に割り込んできたのは、少々慌てた様子のアコルトス。
珍しいですね。わずかとはいえ彼女がこのように取り乱すとは。
「レイ様とは、どのようなお方なのでしょうか?」
「あれ? 君もそれ?」
ちょうど今話していたレイ様のことですか。
どうやら彼女もその噂を耳にしたので確かめに来た、といったところですかね?
「ええと……」
本当に珍しいですね。
質問しておきながらこのように言い淀むなど、普段の彼女からは考えられません。
「魔王様がメイドとしてお仕えするような方なのでしょうか……?」
「は?」
……と、いけません。
思わず間の抜けた声を出してしましましたが、魔王様が……え? メイドとして?
魔王様の次どころか魔王様の上に立つお方ということですか?
……魔王軍。もしかして、レイ様に敗北して仕えるようになったとかでしょうか。
「ああ、それ」
イピレティス様もどうやら心当たりがある様子です。
さして驚くこともなく、当然のように納得していました。
「ほっといていいよ。魔王様、たまにレイ様のメイドになっていちゃついてるだけだから」
「い、いちゃ……ついて」
なるほど。
完全に理解しました。つまり、レイ様は王配ということですね。
私たちが死んでいる間に、魔王様にもふさわしいお方が見つかった。そういうことでしょう。
アコルトスも同じく納得したのか、彼女はすでにいつも通り冷静なメイドへと戻っていました。
「なるほど……。ありがとうございますイピレティス様。つまり、あれはお戯れの一環ということですね」
「そうそう。だからほっといていいの。というか邪魔したら魔王様に怒られるよ~?」
「……人手不足かと思いメイドを何人か残しましたが、まずかったでしょうか」
「あ、それまずいかも」
アコルトスとイピレティス様の心配は当たっていたようです。
すぐに何人かのメイドがこちらに駆け寄ってきました。
「も、申し訳ございませんメイド長! レイ様のお世話は無理です!」
「ああ、だろうねえ」
「魔王様のお手を煩わせないように、私たちでレイ様のお世話をしようとしたのですが……」
「駄目だよそれ。魔王様とレイ様の邪魔になってるもん」
「は、はい……。ものすごい重圧で不要と言われまして……。あの、職務を放棄してしまいました」
それは不幸なすれ違いですね。
彼女たちは仕事をこなそうとしただけですが、それは魔王様にとって伴侶との時間を邪魔されたということ。
……そうですか。やはり魔王様は恐ろしくお強い方のようです。
「いえ、こちらの指示が間違っていました。魔王様には後ほど私が謝罪してきます」
「す、すみません……」
それにしても、そんな恐ろしい魔王様をメイドのように仕えさせるレイ様……。
実は一番恐ろしい方なのではないでしょうか?
私は不敬にもそのようなことを考えてしまいました……。




