第669話 推しのお願いでもそれだけは無理
「プネヴマって口から色々吐くじゃん?」
「うええ……。す、すみません。すみません……」
プネヴマがペコペコと頭を下げ、その様子をエピクレシがとても残念なものを見るような目で見つめていた。
なんか開口一番から謝罪させてしまってすまないな。
とりあえず、責めているわけではないと誤解を解かないと。
「あれをマギレマさんにも習得させたい」
「え、ええ……? マギレマちゃん。死ぬんですか……?」
「死なない方面でお願いしようと思っていたけれど、あれってやっぱり生身だとまずい?」
プネヴマはバンシーという悪霊であり、実体化しているから肉体も持っている。
ただ、油断していると霊体になるのか、たまに……頻繁に口から霊体を出しているんだよな。
「魂が出ちゃうと……私以外の場合……体に戻るのは大変……なので」
やっぱりそうか。
まあ、そっちはそっちでわりと興味深い内容ではある。
ただ、今回はそちらではなくキラキラしたほうだ。
「そっちじゃなくて、たまに口から砂糖みたいなの吐くじゃん。あれって、マギレマさんの犬にも覚えられない?」
「あ、あれは……魂の欠片……なので、やっぱり生身だと……危険です……」
「ふだん景気よく吐いているけど、あれって危険だったのか……」
それはそれでどうなんだ?
それとも、バンシーならセーフってことでいいんだろうか。
「そ、そもそも……なんで、マギレマちゃんの……足にそんな芸を……覚えさせるんです……か?」
「見た目が砂糖っぽいから、料理に使えるかと思って」
「き、汚いので……! やめたほうが……いいです!」
「見た目は綺麗だけどなあ」
「え、えへへ……」
まあ、絵面はなかなかとんでもないけどな。口からキラキラとしたものを吐いているわけだし。
あれを料理に使うとなると、気になるのはやはり衛生面か。
でも、口噛み酒とか口噛み団子なんてものも前の世界にはあったし、意外といけるんじゃないか?
「プネヴマの魂の欠片ってことだけど、摂取したらまずいことになる?」
「え、えっと……レイ様が摂取するのであれば……。い、いえっ! レイ様は魔王様の……魂と一つになる……べきです!」
「なんか、思っていたよりも怖いことになりそうな予感がしてきた」
魂が一つに? つまりあのキラキラを食べたら、プネヴマと同化するってこと?
なら、マギレマさんの犬が吐けるようになった場合、摂取した魔族はマギレマさんの新たな犬のうちの一匹になるんだろうか。
……思わぬところで犬増加プランが復活してしまった。
「実際摂取しても問題ないですよ。プネヴマの魂の欠片が削れたものなので、私たちでいうところの老廃物です」
「そ、その言いかた……汚いみたい……じゃない」
「汚くはありませんが、他者の口に入れるものではないでしょう」
「そ、そうだけど……」
じゃあ駄目だな。マギレマさんの犬増加プランは再び廃止となった。
そしてついでに犬がキラキラを吐いて調味料にするのも却下だ。
となると、やっぱりそれ以外の攻撃に使えそうな何かを吐けるようにならないものだろうか。
「と、ところで……。レイ様は、なんでそんなことを……?」
「十魔将強化計画を練っていて」
「なるほど。まだ続けていたんですね」
エピクレシが感心したように頷いた。彼女には最初の頃に相談したもんな。
あれから諦めることなく足掻いているが、どうやらそこに共感してくれたようだ。
「マギレマさんの強化方針としては、犬そのものか口から吐く攻撃のバリエーションを増やそうと考えた」
「わ、私みたいに魂を……吐いたら、動けなくなりそう……です」
「プネヴマですら倒れて動かないもんなあ」
魂だけ外に出して攻撃なんてことも考えたが、そう甘いものではないらしい。
それができるのであれば、魂操作のスペシャリストであるプネヴマがとうにやっていることだろう。
「仕方ない。マギレマさんの強化案も保留か」
「研究対象が多いって嬉しくなりますよね」
「わかる」
エピクレシがうきうきとしているが、俺もそれはよくわかる。
今のところどの十魔将の強化プランも途中だが、それらを考えるのもまた楽しいのだ。
ということで、最後に訪ねたプネヴマの強化プランも考えてみるとしよう。
「プネヴマの強化も考えようと思うんだけど、やっぱり霊体の強みを活かしたいよなあ」
「わ、私もですか……? あ……ありがとうございます」
プネヴマはおどおどしながらも受け入れてくれた。
戦闘要員ではないし、マギレマさんたちみたいに戦闘が得意でもない。
だけど、こうして魔王軍のためになろうとがんばってくれているってことだな。
それに報いるためにも、なんとかして強化できないものか。
「プネヴマって普段はどんなふうに仕事しているんだ?」
魂の管理とは聞いている。
主に俺たち魔王軍の誰かが死んだとき、魂をプネヴマがしっかりととらえてくれる。
そうすることで、蘇生薬を使ったら地底魔界で復活できるようになっているのだ。
つまり、俺が安心して死ねる理由は彼女にこそある。
「えっと……。こうして、すみっこの暗いところにいって……私の中にある魂たちを……整理してます」
ベッドの上で体育すわりになるプネヴマ。
なんか、やたらと悲壮感にあふれているのはなぜだろう。
どこかアンニュイな表情を浮かべながら、彼女はぼうっと虚空を見つめていた。
「体の中に魂がたくさん入っているってどんな感じなんだ? なんか騒がしそうだけど」
「魂は……基本的には、眠って動かないので……人見知りの私でも安心……です」
そういえばロマーナは意識がなかったって言ってたからな。
つまり、彼女は常に部屋の中を掃除しているようなものということか。
自分の体の中にあるいくつもの魂を整理し、時には実験のために意識を表層に出す。
なるほど。彼女かフィオナ様でなければできそうもない世界の話だ。
魔力とはまた違った難しさを感じる。
「魂って、プネヴマがその気になったら引きちぎれたりしないの?」
「で、できますけど……。すぐに再生しちゃいますから……」
「そうすることに意味はない、と」
これも以前フィオナ様が似たようなことを言っていたな。
難しい。魂なら無防備だから攻撃が通じやすそうだと思ったが、いくら攻撃しても再生されては意味がない。
プネヴマなら、魂に直接攻撃できるかもと思ったんだけどなあ。
「魂なら無防備かと思ったんだけどなあ」
「あ……そ、それ……あってます。魂のほうが……抵抗力が低いので……叫び声で動きを止めたりできます……」
「ああ。鳴神相手に使っていた技か」
バンシーなのでああいう叫び声の技もあるのかと感心していたが、そういう理屈だったのか。
となると、プネヴマはそれを鍛えるとか?
「声が大きいほうが相手に通じやすかったりする?」
「えっと……。ど、どうでしょうか……。え、えへへ……」
彼女は意外とよく笑う。
ただ、楽しいとか嬉しいとかいうよりも、なんか困ったことをごまかすときにこういう笑い方をする。
つまり困らせてしまっているということだ。
「プネヴマの強化をするのなら、まずは声がより遠くまで届くようにして魂への干渉力を高めるとかかな」
「な、なるほど……」
あれ、そういえばプネヴマっていつもその特訓をしているじゃないか。
急に大きな声で叫んでそのまま倒れているのは、もはや日常の一部だ。
やけに綺麗で汚い声だなあと思っていたが、あれは無理をしすぎて声がおかしくなっていたのかもしれない。
それに倒れているのも無理をしているからだろう。
であれば、まずは無理なく叫べるようになるところからだな。
「よし、思いついた」
「さ、さすが……レイ様……です」
「時任が前にステージでアイドルの真似事していただろ?」
「あの……大勢の前で……歌ったり、踊ったりする……あれですね……」
そう。あの宴会芸だ。
ただ、あのステージで歌えるようになれば、プネヴマの声も遠くまで届くんじゃないだろうか。
「プネヴマにはあれを習得してもらおう」
「む……無理無理無理無理……無理無理……無理です……!」
すっごい拒絶された。
無理か? でも、普段の叫び声の大きさならわりといける気がするんだけど。
「レイ様。この子にそんなことさせたら、たぶんそのまま倒れますよ」
「何回もやれば慣れないかな?」
「無理です」
駄目か……。
心底ほっとした様子のプネヴマを見るに、さすがに無理強いはできないものなあ。
残念だ。どうやらプネヴマの強化案も持ち帰ることになってしまったようだ。




