第667話 あなたはもっと様々な可能性を産み出せるから
「まあ、案外人間や獣人も悪くないわよね」
「甘いわね。ハーフリングの服こそが最も技術力を証明できるわ」
「でも、結局は魔族が一番じゃない?」
昨日のイピレティスの部下たちと同じく、ラプティキさんの部下たちが休憩がてら話している。
こちらのほうが外見年齢は高いので、少女たちというよりは女性たちの集いに見えるな。
そんな彼女たちの一人と目が合った。俺がやってきたことに気が付いたようだ。
「さ、宰相様! お疲れ様です!」
「ああ。お疲れ様」
さっきまでわりとだらだらと駄弁っていたというのに、一転してぴしっと姿勢を正す。
そんなに緊張しなくていいのに。
下手したらディキティスの部下たち以上に軍人っぽいな。
「ラプティキさんいる?」
「はい! こちらに」
今回の用事はラプティキさんだし、彼女たちの居心地の悪さを解消するためにも俺はさっさとこの場を離れよう。
他の魔王軍たちがそうでもないから忘れがちだが、そういえば俺って宰相だから上の立場だったんだよなあ。
ということは、彼女たちの態度のほうが普通であり、今後蘇生する魔族たちも似たような態度をとられる可能性は大いにある。
……なんとなく、フィオナ様の気持ちがわかったような気がする。
部下と気兼ねなく接する彼女はとても楽しそうだが、そんな者たちでさえ敬語はかかさない。
だから、俺みたいな無礼な態度を許してくれるんだろう。
よし。今後もフィオナ様は容赦なく雑に扱おう。
そんな決意をしたころには、ラプティキさんの作業部屋に到着していた。
扉を開けるとラプティキさんを中心に、作業を行っている彼女の部下たちの姿が見える。
服のデザインを見ながら布を切る者。縫い合わせる者。あっちは刺繍かなにかで服の模様をつけている?
それで、あれはなんだろう。なんか洋服とは無関係で似つかわしくない魔石があるけど。
「あら、レイさん」
勝手に見学をしていると、ラプティキさんがこちらに気が付いたようだ。
彼女だけでなく彼女の部下たちも俺に気付いており、やはりというべきかかしこまった態度をとっている。
「……ついに自分からレイちゃんの服を作らせにきたのね! いいわ。今の作業を全て後回しにしてでも優先してあげる」
「違うから落ち着いて」
そんでもって、こっちはこっちでまったく遠慮ない。
俺としてはこちらのほうがありがたい態度ではあるが、限度というものもある。
かしこまる必要はないけれど、暴走されるのはまた話が別だ。
四天王の大型犬を思い出しそうになるが、それはやめておこう。
あいつ、名前を思い浮かべただけで元気に走ってきそうだし。
「それじゃあ普通の服の依頼かしら? どちらにせよ、レイさんの依頼なら優先して作業するわよ?」
「いや、悪いがそれも違う。最近十魔将の強化プランを練っていてな。みんなの普段の様子を見せてもらっているところなんだ」
「私たちの強化? レイさんってわりと常識はずれなこと考えるのね」
「そうか?」
普段のダンジョン拡張とか施設作成ならともかく、魔王軍を強くしようというのは至極真っ当な考えだと思うのだけど。
そんなこちらの考えが伝わったかのように、ラプティキさんは先の発言に至った理由を教えてくれた。
「だって、私たちはこれでも十魔将よ? それぞれが技を磨きあげてこの地位にいるもの。それをさらに伸ばそうっていうのは、なかなか難しそうじゃない?」
「でも、そのさらに上の四天王は全員強化されたからな。となれば、次は十魔将と思うのが自然じゃないか?」
「そうだったわね……。なんで四天王というある種の頂が強化されているのかしら。レイさん、やっぱり常識はずれね」
「失敬な。あれは俺じゃなくてフィオナ様の成果だぞ」
蘇生薬を引こうとして失敗した結果が四天王の強化だったというだけの話だ。
……なんかもう、いっそのことさらに大量に爆死してもらえばいい気がしてきた。
フィオナ様のことだから、そのうち十魔将の強化アイテムも手に入るだろ。
「とりあえず事情はわかったわ。そういうことなら、好きに見ていってちょうだい。ついでに欲しい服があったらいつでも注文は受け付けるわ」
「本当に服作りが好きなんだなあ」
「私は落ちこぼれのアラクネだからね」
「落ちこぼれ? それだけの能力があって十魔将でもあるのに?」
もしかして、戦う力がないとか?
だけど十魔将って全員戦闘能力もあるっぽいんだよな。
料理人のマギレマさんも戦えるし、いつも倒れている虚弱体質なプネヴマですら戦える。
以前鳴神が十魔将全員と戦ったとき、ラプティキさんは糸でぐるぐる巻きにして完封していたっけ。
「アラクネってわりと昆虫人と似ているのよ」
ラプティキさんは作業に戻りながらも話を続ける。
俺としてはそちらのほうが助かるな。
こちらとの会話で作業の手を止めてしまっては申し訳ないし。
「たしかにラプティキさんは蜘蛛だけど、昆虫人とはこうなんというか見た目はだいぶ違う気がする」
昆虫人は人間と昆虫が融合したような見た目だ。
それに対してラプティキさんは上半身は完全に人間、下半身が巨大な蜘蛛という存在。
どちらかというとマギレマさんみたいなタイプの異形と呼べる姿に見える。
「まあ、簡単な話なんだけど」
彼女はほんのわずかにためらって、それでも口を開いた。
おそらく言いづらいことだったのだろう。だが、こうして話させてしまった以上はまずは黙って聞くべきだ。
「アラクネもね。本来なら一度に大量の子を産むのよ。ゼラシアみたいにね」
「昆虫兵ってことか?」
「あそこまでシンプルな考えではないんだけどそれに近いわね。そして私にはその機能がない。あるいは壊れている。だから落ちこぼれってわけ」
それはつまり、ラプティキさんは昆虫種の強みである種の存続という機能が欠けているということだ。
テラペイアに治してもらう……。無理だろうな。それができるのならとっくにやっている。
快復の湯は? いや、それもきっと駄目なのだろう。あそこもテラペイアの管轄の一つだ。
仲間の治療ができるのなら真っ先にやっているに違いない。
「一応言っておくけど。悲観的にはなっていないわよ? 私はその分が糸の生産に回ったというだけだから。その強みを見込まれて先代魔王様に勧誘されたわけだし」
「そうだったのか。ということは、他のアラクネはあれほどの強度の糸は出せない?」
「そうね。あれくらい戦闘に使えるのは私だけ。どう? すごいでしょ」
「ああ、それは間違いない。となると、ラプティキさんの強化は糸に絡めたほうが良さそうだな……」
きっと速度や飛距離も他のアラクネよりすごいんだろうな。
糸に特化して色々と戦う手段を考えるか?
敵の機動力を奪うねばねばした糸とか、ピアノ線みたいな罠のような糸もいいかもしれない。
ファンタジーなゲーム世界なんだし、属性を付与した糸とかはどうだろう。
「あ、ごめん。考え込んでいた」
「……ふふ」
そんな様子がおかしかったのか、ラプティキさんは静かに笑っていた。
気分を害していないのでよかったが、あのままだとラプティキさんを放置して思考に没頭していたことだろう。
「この話。トキトウちゃんとオクイちゃんたちに話したら同情されたわ」
「そうなのか」
まあ、みんな他者を気遣える転生者だからな。
相手が魔族であろうと関係ない。そういう転生者だからこそ魔王軍の一員として信頼できるわけだし。
「でも、私としてはそういう空気になるのが嫌であまり話していないのよね」
「つまり特に気にしていないってことか」
「ええ。だからレイさんの反応のほうが助かるわ」
俺、そもそも魔族について詳しくないからな。
自分の価値観に当てはめてそれが良いか悪いかも判断できなかった。
さっきのは単にそれだけのことだ。
「レイさんは自分の感情を抜きにして、物事をそのままとらえてくれるんでしょうね」
「どうだろう。わりと感情任せに突っ走ることもあるけど」
主にフィオナ様関連とかは。
ただ、それ以外はそうでもないのかもしれない。
前にロペスに虫みたいだと言われたことあるし。
ということは、俺もゼラシアもラプティキさんも仲間みたいなものってことか。
「レイさんが感情任せになったときはそれはそれで怖いわね。そうなる前に私たちがその原因を潰したほうが良いかもしれないわ」
「まあこっちも気を付けるさ。感情的になって采配がめちゃくちゃになったら、魔王軍に迷惑をかけることになるし」
なら、虫でもいいか。
感情に左右されて失敗しないよう、敵に対しては無感情に淡々と処理する。
きっとそれでいいのだろう。




