第666話 学習結果の披露を禁ずる
「それで僕を頼るのは正解ですね!」
「うん。イピレティスなら暗殺関連が得意だからな」
彼は護衛兼従者ということもあり、俺が十魔将強化のためにうろちょろしていたことも知っている。
すんなりと話を受け入れて、さっそく部下たちのところに連れて行ってくれた。
何匹かのモンスターを見繕い一緒に向かった先では、なんかのほほんとした空間が出来上がっている。
お菓子を食べながら本や音楽を楽しむ者。ラプティキさんへ作ってもらう服を考える者。モンスターをかわいがる者。
仕事中ではないので、かなり自由に楽しんでいるな。
「あ、レイ様だ~」
「レイ様! これかわいくないですか?」
「ああ、うん。かわいいと思う」
見た目だけなら美少女だからなあ。
そういう服が似合うというのは、それだけ身なりに気を使っているということなんだろう。
駆け寄ってきた兎部隊だったが、俺がモンスターを連れてきたことに気付き、不思議そうに首を傾げた。
「どうしたんですか? その子たち」
「たしか、今の時間はディキティス様のところで訓練中ですよね?」
「ちょっと別の部分も鍛えてみようと思ってな。そこでイピレティスたちに協力してもらおうとしたわけだ」
「お仕事ですね」
「いや、休み中みたいだし、イピレティスに任せるからかまわないぞ」
さすがに休憩中の者を無理に働かせるつもりはない。
ただでさえ、地底魔界には仕事中毒の者が多いのだ。無意味な休日返上などもってのほかだ。
下手に一部の者に見られたら、休日中も働いていいと勘違いされかねないからな……。
「ということで、僕がしっかりと教えてあげますね~」
「イピレティス様ずる~い」
「悔しかったら十魔将になることだね」
いや、十魔将とか関係ないぞ。今日が休日かそうじゃないかの違いだ。
ともあれ、今回はイピレティスの強化のことも考えたいし、彼に任せるのが一番だな。
「というわけで、みんな休んでいていいぞ。仕事中の兎部隊だけは手伝ってくれると助かる」
「は~い」
「はい!」
「いや、時任は手伝えないだろうしお前も休憩中だろ」
だからモンスターと戯れていてくれ。
なんで兎部隊に交ざっているんだこいつ。
……兎部隊は見た目はこんなだけど全員が男だ。そんな中時任だけが女。
もしかして、これは時任ハーレムと呼べるような代物なのかもしれない。
◇
「というわけで、暗殺する方法だけど」
モンスターに向かって、イピレティスが人差し指を立てて説明を開始する。
なんか気になるな。じゃっかんゆらゆらと揺れているし、彼はこんな落ち着きがなかったか?
いや、たぶんあれで注意をわずかに逸らそうとしているんだろうな。
とりあえず、指ではなく全身を見ておこう。
「はい。これで君は死んじゃった」
次の瞬間には、イピレティスがブラックゴブリンの首に短刀を添えていた。
速いな。動き出した瞬間こそわかったものの、俺ではそのまま首を切り落とされていただろう。
「相手の意識を逸らして、その隙に潜り込んで殺す。これだけで~す」
「簡単に言うなあ」
その意識の逸らし方とか、簡単に隙をかいくぐる身のこなし方とか、一朝一夕では身につかないだろう。
「ちなみに、レイ様は僕に注意を逸らされていなかったよ。そうですよね? レイ様」
「あの指の動きか?」
「そうです。この子たちはみんな指に注目しちゃってたけど、レイ様は途中から全身を見ていましたよね?」
「それでも、結局動きはわからなかったけどな」
単純に速い。あの速度でこられたら、この距離では対処しようもない。
もう少し距離が空いていれば、まずは壁を出してごまかせただろうけど。
「でも、僕が動いた瞬間には気付けましたよね?」
「まあな」
「それだけでも数秒の猶予はあります。気付いたのと気付いていないのとでは、全然違いますね」
「たしかに、気付かなかったらそのまま首を切られていそうだし」
イピレティスの解説にモンスターたちが俺を見ていた。
なんだか、俺を尊敬してくれているような気がするので少し恥ずかしくもある。
「ちなみに、さっきのでレイ様が狙われていたらどうします?」
「そうだなあ。逃げられないし防御も無理。ダンジョンを変化させても間に合わない。となれば、相討ち覚悟で自爆だな」
それくらいならぎりぎり間に合う。
なので俺の命はもう駄目だったとして、せめて敵であるイピレティスを巻き添えにするのがいいだろう。
「あはっ。だからレイ様好きです」
どうやら正解だったらしい。
何もできずにやられるよりは、しっかりと敵に最大限のダメージを与える。
それが彼にとっての最適な行動だったのだろう。
「ということで、まずは集中しないとね。……いや、集中はできていたけど、それで周りが見えなくなったら駄目だよ?」
モンスターたちはイピレティスの言うことを素直に聞いていた。
そうして講義を続けていくうちに、何度かイピレティスがモンスターに切りかかる。
だが、二度目からはしっかりと何かしらの反応を見せることはできていた。
……さすがに実力差がありすぎて、反応しても対応できないのは仕方ないけれど。
「あとは注意を逸らすっていうのなら、君たちなら囮役でも決めれば手っ取り早いんじゃないかな?」
「囮役か。今も侵入者にわざと見つかって逃げる役はいるみたいだけど」
そうしてモンスターを追いかけた先で、待ち伏せしていた仲間が敵に奇襲する。
わりと鉄板の作戦であり、慣れていない侵入者にはこれがよく効くんだ。
「集団戦になった後も、一匹が目立つことすればいいんじゃないですかね? それこそ、レイ様の自爆なんてさすがにみんな驚いて振り向きそうですし」
「なるほど……。モンスターにも自爆を覚えさせればいいってことか」
「それ、魔力量や操作技術が必要ですよ? だから、簡単には真似できないでしょうねえ」
たしかに、自爆を使うのは俺とロマーナくらいだもんな。
ロマーナはエルフということもあり魔力の操作技術が優れている。
そして俺は魔力量だけならけっこうなものだから、強引に自爆を成功させているという話だった。
となると、モンスターたちには真似しづらいか。
「……自爆できるように、各フロアに一つは爆発火球の罠でもセットしておくか? 必要な時にモンスターが踏めば、疑似的な自爆にできるし」
「あ、それいいですね~!」
どうやら悪くない案だったらしい。
イピレティスもモンスターたちも、うんうんと頷いている。
よし。それならば後でダンジョン中に自爆用の罠を設置しておこう。
その後もイピレティスの隙を誘発させる講座は続き、モンスターたちは熱心にそれを学んでいた。
気配を消す技術は魔力操作によるものなのか。
であれば、こっちもモンスターたちには少し難しいかもしれないな。
◇
「という感じで~す」
わりとためになったな。
相手の意識を逸らし、相手の死角から攻撃する。
それはなにもモンスターたちの攻撃だけでなく、ダンジョンの構造にも応用できそうだ。
「よし、この調子でダンジョンの罠をもっと難しく」
「駄目だからなぁ」
「え~。僕はいいと思うんですけど~!」
「そりゃあ、お前はそうだろうなぁ!」
アナンタがあらわれた。
アナンタはおこっている。
仕方ない。今回学んだことは忘れないようにして、いざというときに使えるようにだけしておこう。
「う~ん……。俺やモンスターはためになったけど」
「なるなよなぁ」
学習するなというのか。
まあ今はそのことはいい。それよりも。
「イピレティスを強化したかったけど、こっちが教わるばかりだったなあ」
「いいですよ~。別に。僕は僕で日々鍛えてますから!」
「鍛えてる……」
まじまじと見てしまって申し訳ないが、鍛えているという言葉が似合わない見た目だよなあ。
見た目だけは華奢な女の子にしか見えないし。
「あ~。疑ってますね? 僕これでも腹筋とかすごいですよ? 触ってみます? 触ってくれます?」
「いや、イピレティスが強いのは本当だし、疑っても仕方ないだろ」
実際、ステータスも高いからなあ。
筋肉が全てではないが、日頃から戦っているしそれなりに筋肉がついていそうではある。
……フィオナ様はステータスのわりに、お腹がぷにぷにだけどな。
「そうだ。僕の強化っていうのなら、かわいいひらひらした服がほしいです!」
「服が?」
それは強化と言えるんだろうか。
まあ、今回の仕事の褒美としてラプティキさんに用意してもらってもいいけど。
「武器をたくさん隠しておける服で、なおかつ相手の死角を増やすのがいいですねえ」
「いいな。それ」
よし、それなら十魔将巡りということもあるし、ラプティキさんのところに向かってみるとするか。
そうしてイピレティスやモンスターと別れ、俺はラプティキさんの職場を訪問することにした。
◇
「おや、レイ」
「フィオナ様。図書室に行くんですか?」
「そうですね。レイが仕事中なので、邪魔しないように魔王は読書を楽しみます」
こちらはこちらで、今は残りの十魔将たちと会って話をしたいからな。
フィオナ様との時間は後で取るとしよう。
……せっかくだ。ちょっとさっき習ったことを試してみるか。
「宝箱作成」
「むむっ!」
フィオナ様の視線が宝箱に釘付けになる。
その隙に俺はさっとフィオナ様のお腹に手を当てて……。
「きゃっ!」
「……やっぱりぷにぷにですね」
「なにをぅ!? 太ったと言いたいんですか!?」
「いえ、ステータスのわりに筋肉がついていないと思いまして」
「魔王ですからね!」
魔王は関係あるんだろうか?
とりあえず、魔王の隙を突いて攻撃することには成功したので満足した。
さて、それじゃあラプティキさんのところに。
「待ちなさい」
「なんですか?」
「私はレイが仕事中だから、我慢して一人で読書をしようと思っていました」
「ええ。そう言っていましたね」
「ですが、今回はレイから誘ってきました! つまり、今なら私はレイを遠慮なく触ってもいいということです!」
「え~……」
たしかに、俺からフィオナ様を触ってしまったしなあ。
仕方ない。少しだけフィオナ様に付き合うとしよう。
負い目からそんなことを決意するが、これが失敗だった。
まさか、一日の残りをフィオナ様と過ごすことになるとは……。
これは、残りの十魔将と話すのは明日にした方が良さそうだな。




