第665話 栗まんじゅうのように
「こらこら、そんなにはしゃぐな」
グレムリンたちをディキティスのところに連れて行こうとすると、彼らはやけにはしゃぎだした。
安堵するような様子から察するに、こいつら俺が殺処分するものだと本気で勘違いしていたらしい。
そうではないとわかったからこそ、このようにはしゃいでいるんだろうな。
あるいは、ディキティスがモンスターたちに慕われているからか。
いつもの訓練場に向かうと、モンスターたちに懐かれながらも指導するディキティスが見えてきた。
「どうした? 集中が乱れているぞ」
指導していたモンスターたちがそわそわしている。
あるいはやけにやる気に満ちて、後先考えない無謀な攻撃を仕掛けている。
それにいち早く気づいたディキティスは、一度訓練を中止した。
「大丈夫か? ディキティス。なんか、途中からモンスターの様子がおかしかったようだが」
「宰相殿か。……なるほど、原因はわかったので問題ない」
さすがはディキティスだ。
あんなわずかな時間でもう原因を突き止めたのか。
っと、一部のモンスターたちが飛び込んできた。
「まだ訓練中じゃないのか?」
ソウルイーターやケルベロスをなでると、彼女たちははっとしたように俺から離れていく。
訓練が中止されたので、休憩時間だと勘違いしてしまったんだろうな。
「ところで、モンスターたちの様子がおかしくなった原因って?」
「宰相殿が来たから必要以上にやる気になった、あるいは注意が散漫になったといったところだろう」
……俺のせいだったか。
それは申し訳ないことをしたな。
「普段ダンジョンで会ったときは、そこまでではないんだけど」
「訓練中に現れたため、緊張したか力が入りすぎたのだろう」
ああそういう。
要するに立場が上の者が見学に来たので、モンスターたちも緊張してしまったということだろう。
「出直したほうがいいか?」
「いや、かまわない。実戦ではピルカヤ様を通じて宰相殿も見ている。見られて本来の実力を出せないようでは困るからな」
「それもそうか」
そもそも、本番では日頃からしっかりと戦ってくれている。
今回はたまたま気もそぞろになっていただけだろう。
「だが、わざわざここに来たということは、私に用があったのでは?」
「ああ、そうだった」
本来の目的はディキティスの強化計画の考案と、そのために日頃の仕事を観察することだからな。
あと、ついでにグレムリンたちの訓練か。
「まず、こいつらも訓練に参加させてほしい」
「テクニティスのところのグレムリンか。戦闘員にするのか?」
「いや、魔王軍として信用できる存在になってもらう。今のままだとテクニティスからの信頼がやや薄いからな」
「ふむ……。まあいいだろう」
ディキティスはグレムリンたちを一瞥し、快く引き受けてくれた。
グレムリンたちはグレムリンたちで、ディキティスからの指導を前向きに受け入れている。
……もしかして、テクニティスより相性がいいのか?
いや、テクニティスと違って、いたずらしたらしっかり怒られるからだろうな。
「用件はそれだけか?」
「いや、そっちはついで。本命はディキティスの強化計画だ」
「私の?」
「ああ。今、十魔将全員を強化しようと思って見回っている。だから、ディキティスの職場も観察させてほしい」
俺の言葉を受け、ディキティスはしばし考えてから頷いた。
「それが魔王軍のためというのであれば、私は喜んで受け入れよう」
「ためになるかはわからないが、まずはやってみようと思う」
「かまわない。では、もう少し実戦的な訓練に切り替えるか」
そう言うと、ディキティスは部下とモンスターたちを集めて説明を始めた。
「宰相殿が私たちの力を見届ける。魔族もオーガもモンスターも、私に全力で挑んでこい」
なるほど、ディキティスが全員相手に戦うということか。
……大丈夫かな? ディキティスが負ける心配よりも、ディキティスと戦った者たちが動けるかのほうが心配なんだが。
「……本気のディキティス様とですか?」
「ああ。全力でいいぞ。今のお前たちの力を宰相殿と私に見せてみろ」
どこか諦めた雰囲気の魔族たち、血気盛んでやる気に満ちたオーガたち、俺に向かってまるで見ていてくれと言いたげなモンスターたち。
それぞれ反応は違う。だけど、おそらくみんな知っているんだろうな。
ディキティスがどれほど強いかを。
ちょうどいい。俺もディキティスの戦いを見るのは久しぶりだ。
今の実力を知らなければ、そもそも強化プランも思いつかない。
まずはしっかりと彼らの戦いを見届けさせてもらうとしよう。
来て早々、そんな戦いに巻き込まれたグレムリンたちが絶望している気がするが、大丈夫だよ。
ディキティスのことだから、きっと手加減はしてくれるはずだ。
◇
「強いなあ」
「いや、まだまだだ。宰相殿が言うとおり、私自身は成長できていない。このままでは、再び勇者に敗北する」
「あいつら、リピアネムすら倒したらしいからなあ」
さすがにそんなのが相手だと、敗北しても仕方がないだろう。
「だが、宰相殿もその勇者を最終目標としているのだろう? 私も同じだ」
「ああ、たしかに」
だからだろう。
ディキティスと共にダンジョンを作ったときに、バランスなんてクソ食らえの全力ダンジョンが出来上がるのは。
要するに彼は真面目なんだ。自分にも他人にも厳しくできる、そんな魔族なんだ。
「となると、やっぱり四天王以上に強くなってもらわないとな」
「私の目標ではある。だが、それは生半可なことでは至れない頂でもあるな」
「やっぱり難しいか……。そうだなあ、何か思いつけばいいんだけど」
「無理に考えても仕方あるまい。私はこれからも彼らと共に強くなるつもりだ」
それは頼もしい。
ディキティスは元から部下を従えて軍で挑む将だったわけだし、部下の強化が彼の強化になるのかもしれないな。
……つまり、ディキティスがピルカヤやリグマみたいに分体を作れるようになればいいんじゃないか。
リグマの分体であるガナなんてその典型だ。自身の分体を大量に作成し、それらを指揮して作戦を成功させるスライムだからな。
幸いなことに、ディキティスはリザードマンというトカゲの魔族……。
「ディキティスの尻尾を切ったら、そこから再生するのか?」
「そうだな。これでもトカゲなので、そのくらいなら再生できる」
「切られた尻尾のほうからディキティスを生やせば、ディキティスが二人にならないかな」
「待て。宰相殿の期待には応えられん」
なんかすごく嫌そうな顔をされた。
いい案だと思ったのに……。
「やっぱり、尻尾のほうから再生させるのは難しいか?」
「それもあるが、そうやって私を増やす作戦は、エピクレシのような狂気の案なので遠慮しておく」
「マッドだったかあ」
物理的に無理だし、できたとしても倫理的にやりたくないわけだ。
惜しいな。無限に増えるディキティスで作った軍とか、絶対に強いのに。
「宰相殿も、自分が増え続けるのは不気味だろう?」
俺が増える。
つまり、それぞれに役割を割り振ることができる。
各ダンジョンの改築をする俺。モンスターの世話をする俺。従業員の様子を見る俺。フィオナ様の相手をする俺。
「……便利そうだと思った」
「宰相殿に聞いた私が馬鹿だった……」
「まあ、この案は忘れてくれ。引き続きディキティスの仕事を見て、何か思いついたら提案するから」
「わかった」
若干嫌そうな声だったのは気のせいだろうか。
ディキティスは返事をすると、再びモンスターや魔族との実戦訓練へと戻るのだった。
……う~ん。バタバタとなぎ倒されているなあ。
彼の訓練になるために、モンスターたちを強化するのも一つの手なのかもしれない。
プラスを付与するのが手っ取り早いが、まだ超位モンスターたちには付与できないし、戦い方を学ばせるべきか。
いや、それはすでにディキティスから学んでいる。
だとしたら、基本的なことよりも不意を突く力を鍛えるとか?
……よし、もう少し見てから次の十魔将の仕事を見せてもらうとするか。
もしかしたら、モンスターを鍛える糸口となるかもしれない。




