第663話 常に全裸なのでわかりません
「ルトラ! 私とこの子を至急温泉に!」
「エピクレシ。かまいませんけど、どうしたんですかそんなに慌てて」
「気付かないうちに匂っていたみたいなんです!」
「ああ。気付いたんですか」
俺の指摘のせいでエピクレシの中の矜持が保てなくなったらしく、大慌てでルトラに温泉を用意してもらおうとしている。
だが、ルトラはそんなエピクレシの事情を知ると、なんでもないことのように粛々と応対した。
「教えてくださいよ!?」
「いえ、今さら気にしないと思っていました」
「私、どんなイメージを持たれているんですか!?」
……悪い。俺もエピクレシはそういうイメージを抱いていた。
なんというか、研究にかまけて身の回りのことがずぼらになるというか。
部屋もわりとアンデッドの素材で散らかっているし、お風呂も好きじゃないんだろうなあと。
そんなことを考えていると、エピクレシがこちらに詰め寄ってきた。
「ち、違いますよ!? 私、これでも良いところの出なので、清潔にはしていますからね!?」
「うん、わかった。なんかごめん」
「エピクレシ。その状態で近づくと、レイ様も匂いで困りますよ?」
「ああ! すみませんすみません!」
「いや、俺はエピクレシの匂い嫌いじゃないから」
「そ、それは……ありがとうございます……」
今は腐臭だけどな。まあ、あの研究室に何度か通っているから、そういう匂いにも慣れている。
ドラゴンゾンビとかわりと匂うけれど、根がいいやつすぎるので全然気にならない。
だからエピクレシも大丈夫だ。
「す、すぐに匂いが消えるような温泉の手配をお願いします!」
「もう準備は終えましたから、そちらの温泉を利用してください」
「ありがとうございます!」
エピクレシはアンデッドを連れて急いで温泉へと向かっていった。
それにしても、会話中にしっかりと準備をこなしているあたり、さすがはルトラだ。
仕事をそつなくこなしてくれる。これで働きすぎなければ完璧なんだけどな。
「レイ様も入浴していきますか?」
「さすがにこの時間だし、後でいいかな」
「そうですか。では、また後ほどいらしてください」
日中かつ仕事中ということもあり、ここでゆっくりと温泉に浸かるつもりはない。
だけど、せっかくだから引き続き十魔将たちを観察させてもらおう。
「いや、ついでだからルトラたちの仕事ぶりを見ていってもいいか?」
「! ええ。ぜひ見ていってください。私もピルカヤ様やテクニティスのように、しっかりと魔王軍に貢献していますので」
仕事を見たいと言った途端に、ルトラはやけに張り切りはじめた。
相変わらず精霊族だよなあ……。各々がとても優秀な働き手なのだが、それらをアピールして褒められることを好んでいる。
そこまで力を入れずとも、普段から三人とも役立ってくれていることはわかっているのだが……。
「それでは、まずは温泉の管理が完璧なところから見ていただきましょう」
「ああ。ルトラを蘇生させたのも、温泉の仕事を任せるためだったからな」
目論見通り今では温泉はルトラが管理してくれており、俺はその報告を聞くことばかりだ。
久しぶりに現場を見るというのも悪くないかもしれない。
◇
「ということで、こちらが先ほど入浴したばかりなのに匂いが完全にとれたエピクレシです」
「な! 何が起きているというんですかあ!」
「大丈夫。ちゃんと目は塞いでいるから」
「レイ様ではなく、あなたの問題行動について聞いているんですよ!? ルトラ!」
「私ですか?」
すでに両手で目を覆っているため何も見えない。
だから声だけで判断するしかないのだが、ルトラは心底理解できないような声でエピクレシの相手をしていた。
今回はエピクレシが正しいと思うぞ。
温泉の管理を見せてくれるという話だから、てっきり客がいない温泉を見せてくれるのかと思っていた。
だが、ルトラに連れてこられたのは、よりによって先ほどエピクレシが案内された温泉だ。
当然、彼女が浸かっている。なので、エピクレシが見えた瞬間から俺は目を閉じている。
きっと湯の中にいるので、色々と見えてしまうことはないだろうけれど、さすがになあ……。
「レイ様に私の仕事の成果を見せているところです」
「あなたの仕事の成果って私ですか!?」
「今回はそうですね。レイ様いかがですか? エピクレシの悪臭も完璧に消えています」
「言いかた!」
うん。たしかにあの強い匂いはもうしないね。
声が聞こえるのでエピクレシがそこにいるのはわかるが、そうでなければ彼女がいることもわからなかったかもしれない。
「今回は消臭効果の温泉だったけど、普段はどんな要望を叶えているんだ?」
「そうですね……。やはり、ダンジョン関連となると強化と回復が人気ですね」
「やっぱりそのあたりが鉄板か。新規の温泉はできないけれど、既存の温泉を改良してくれているんだっけ?」
「ええ。以前よりも強化や回復効果を高めることを実現できています。もちろん、やりすぎて侵入者が容易にダンジョンを攻略しないよう調整済みです」
「ええ……。ここでお仕事の話しちゃうんですか? 傍らに全裸の吸血鬼がいるんですけど……」
そうだった。悪かったなエピクレシ。
ついついダンジョンのこととなると気になってしまうんだ。
ちゃんと見ないようにしているから、そこだけは安心してくれ。
「悪い。とりあえず移動してから話そう」
「? いいんですか? ついでに入浴後のエピクレシを観察し、荒れ気味だった肌が改善しているところも見てもらおうと思ったのですが」
「私をなんだと思っているんですかねえ!」
「今のエピクレシは、私の仕事の成果物です」
さすが精霊。真面目そうに見えるルトラでさえ、どこか一般的な魔族とはずれている。
ピルカヤとテクニティスもそうだが、たまに彼らを精霊だなと実感することがあるんだよな。
となると、精霊たちの強化方法は他の魔族とはまた別になりそうだな。
「ルトラたち精霊って、ピルカヤみたいに魔力を強化したら強くなるのかな」
「そうですね。私たちは魔力そのものに近い存在なので、ピルカヤ様のようにより強力な魔力を含んだものを取り込めば、今以上に強くなれるかもしれません」
ピルカヤは極光の炎を取り込むことで強くなったからな。
ということは、テクニティスもやっぱり魔力を含んだ炎系のアイテムでいけそうだ。
ルトラは二人と違って水の精霊だから、吸収することで強くなれる水系の何かだな。
……蘇生薬とか?
「ルトラ。蘇生薬を取り込んだら無限に復活できるようにならない? それか、ルトラの体をちょっと切り離して蘇生薬にするとか」
「申し訳ございませんが……私にそのような力はありません」
だよなあ。
もしもそんなことができているのなら、フィオナ様がまっさきにルトラに頼むはずだし。
同じく水の使い手のプリミラも、そんな芸当はできないのだろう。
となると、アイテムの量産など考えず、やはり純粋にルトラの強化を考えるべきか。
「……もしかして、今の温泉を全部吸収したら、最強のルトラができるんじゃないか?」
「可能性は……。いえ、温泉の力は吸収しても一時的なものでしょうね。永続化させるには難しいかと」
浸かったときと同じ結果になってしまうわけか。
なかなかうまくいかないものだな。
いっそ毒を吸収してもらって毒の精霊になるとかどうだろう?
「ルトラ。毒を吸収してみないか?」
「ど、毒ですか? えっと……体内で分解されると思います」
駄目かあ。じゃあ毒以外の何か……。そういえば、エピクレシは腐敗の研究を進めていたんだよな。
腐らせる……。腐食させる……。
「ルトラ」
「な、なんでしょうか。少し嫌な予感がします」
「王水飲んでみない?」
「レイ様……。私は水の精霊ですので液体には詳しいと自負しています」
「つまり?」
「それが金属を溶かす劇物であることは知っています」
知っていたか。
俺もちょっと聞いたことがあるだけだが、さすがにルトラのほうが詳しそうだ。
「……飲んでみない?」
「レイ様と一緒にいると、精霊と魔族は異なる存在だと思い知らされます」
「つまり?」
「劇物を飲む習慣は精霊にはありません……」
駄目だった。
水の精霊だし液体系は全て吸収できると思ったが、さすがに毒性があるものは別なのかもしれない。
それにしても、ルトラはルトラで自分と魔族の違いを実感しているようだ。
難しいものだな。魔族と精霊が同じ価値観を持つということは。




