第658話 きっと番外に掲載される男
「……」
地底魔界にもとうに慣れた。
外で生活していたときと違い、日の光こそないものの内部には十分な光源がある。
侵入していたときと違い、このダンジョンは私たちを守ってくれる頼もしい防衛設備だ。
だというのに、まるで侵入したときのように注意深く歩いていく。
肌に触れる風の温度。ダンジョン特有のわずかな湿った香り。鳴り響く自身の足音。
それら全てに集中しながら注意深く前へ前へ。
部下であるオーガたちはすでにほとんど倒された。
なるほど、さすがは魔族だと感心する。
私の部下たちもあれから鍛え直した。あのときよりも明確に強くなったはずだ。
それでも、本気を出した魔族にはまだまだ敵わないということか。
だが、私も黙ってやられるつもりはない。オーガの族長として、せめてもの意地は見せてやろう。
「……来るっ!」
足音が聞こえた。そして止まった。
この先はたしか戦闘可能な広間のエリア。ということは、相手はここでやる気ということだな。
いいだろう。その勝負乗ってやろうじゃないか。
意を決して部屋へと踏み込む。ここで躊躇う必要など何もない。
その勢いを殺さないまま、すぐにでも敵に先手を打って攻撃を仕掛け……。
「ひえっ! と、時任です!!」
「……なんだ。トキトウだったか」
部屋の中にいたのは両手をあげて降参するウサギの獣人だった。
……どうやら早とちりをしていたらしいな。
「悪い。敵かと思った」
「はい。敵任ではなく時任です!」
「うん? 適当ではないことは知っているが」
ウサギの少女はへたり込むようにその場に崩れ落ちていった。
まいったな。集中力が途切れているのかもしれない。
人畜無害な獣人と敵の区別すらできなくなっているとは。
「また死因がオーガになるかと思いましたよ!」
「ああ、すまない。実際、殺すつもりで先手を打とうと思ったからな」
「意外と大ピンチなのに選択肢が職務放棄してる!」
トキトウの怒りは私ではなく選択肢に向けられていた。
女神の加護であり、対話可能という非常に珍しいものだったか。
……ただ、意思があるせいでうまく付き合えていないのだろうか?
であれば、対話可能な力というのも善し悪しだな。
「まったくもう! ところで、ナツラさんがそんなに警戒しているってことは、ここけっこう危険だったりします……?」
トキトウが徐々に青ざめるようにして声を震わせた。
たしかに、危険といえば危険だな。敵はまだまだ多い。戦いに巻き込まれたらひとたまりもないだろう。
「いや、ちょっと集中しすぎた。他の者たちはさすがに大丈夫……か?」
「私に聞かれても……」
だろうなあ……。
本当に大丈夫だろうか? なんだか心配になってきた。
「ここか!」
「ぎゃあ! 時任です!」
「あ、トキトウだったか。悪い……」
ほら。やっぱり敵が集まってきた。
なんだろうな。トキトウって、敵を引き寄せる何かでもあるのか?
私と同じように勢いよく部屋に入ってきたドリュは、すぐにトキトウに気が付いて謝っていた。
「なんだ。ナツラもいるじゃないか。よし、戦うぞ」
「それはかまわないが、さすがにトキトウを巻き込むと叱られるぞ」
「な、なんでしょうか? 喧嘩は駄目ですよ?」
「いや、喧嘩というか……」
単なる戦いだ。
ただ、地底魔界の戦闘可能区域で行われている大規模なものというだけ。
発端は地底魔界に住まう人類たち。
彼らが地底魔界所属の戦闘員の強さランキングなんてものを作るから、私たちもその内容が気になってしまった。
見せてもらったランキングはそこそこの位置に私の名前があったが、まあそれで満足するオーガではないな。
ならばそのランキングを変動させてやろうと思ったのは私だけでなく、その結果地底魔界内で大規模な戦闘が行われることとなっている。
……トキトウがランキングのトップなのは、なんか勘違いされているだろうから当然除外だ。
そんな説明をしたところ、トキトウが突然あげた大声が広間に響き渡る。
「私のランキングが一位だと、みんなに狙われるってことじゃないですか!?」
「いや、あれは勘違いだろうというのが地底魔界の総意だ」
「だよなあ。人類にはどこかで説明を……いや、する必要もないのか?」
「してくださいよ!?」
舐められるよりはいいんじゃないか?
おおかたイピレティス様たちに交じって行動しているから、十魔将級の強さと思われているんだろうさ。
「う~……。非力なウサギなのに、とんでもないことに」
「というわけで、そこらじゅうで戦闘が行われるが気にしないでくれ」
「みんな仲良くしましょうよ~」
「仲は悪くないぞ。ただ、実力は正確に比べておきたいだけだ。よし、やるぞドリュ」
「ああ。ディキティス様の部下として、まだまだ簡単に負けるつもりはない」
トキトウがとぼとぼと部屋から出ていったのを見て、私とドリュは戦闘を開始した。
さすがにこのあたりになってくると強いな……。
戦闘部隊であるディキティス様の直属の部下なだけあり練度と経験が違う。
これは楽しくなりそうだ。
◇
「なんてことがあったんだよ~……」
芹香は困ったような表情で私に話した。
とはいえ、この子やたらと順応力高いからすでに気にしていないみたいね。
私たちの死因であるオーガの族長と魔王軍のエリート戦士の戦いが目の前で発生したというのに、本当に図太いというか……。
「それで、ナツラさんとドリュさんはどっちが勝ったの?」
「戦いに巻き込まれる前に逃げたからわかんない」
「そうよね」
魔王軍強さランキングの話は私も知っている。
芹香がなぜか一位になっていたから、地底魔界内での適当な娯楽かと思っていた。
でも、それを見て魔王軍のみんなが戦うとは思わなかったわ。
……いえ、ふつうに戦うわよね。イピレティスさんの部下やナツラさんたち、それにディキティスさんの部下たちもわりと好戦的だもの。
「あのランキング。あくまでも幹部以外のメンバーだったわよね?」
「うん。魔王様とレイさんと四天王と十魔将のみんな以外」
たしかに、その人たちを除いたら誰が強いのか気になる。
案外ランキングに載ってる人たちもそうなのかもしれない。
地底魔界の娯楽の一つとして、今後もそこら中で戦うことになるのかしら?
「……なんだか、物騒なことになりそうね」
「私たちがいたら戦わないように配慮してくれるみたいだけど、それでもわりと怖いよねえ」
う~ん……。ダンジョンならともかく、生活している場所での戦いはやめてほしいかな。
あまりひどいようなら、上の人たちに掛け合ってみたほうがいいのかも。
そんな私の心配は杞憂に終わった。
「くたばれ!」
「ちっ……。受け切れないか」
「これでも力には自信があったんだ! ……まあ、捕獲されて今は魔王軍だけど」
芹香の言うとおり、今日もダンジョンのちょっとした広間とかでは誰かが戦っている。
それが日常になりつつあるので、戦闘区域はどんどん拡がってしまっていた。
そんな騒ぎ、当然この人の耳に入らないわけがなかった。
「はいはい、そこまでー。言うこと聞かないと全員ダンジョン行きだぞー?」
「ま、魔王様!」
「ダンジョン……? す、すみませんでした! すぐにやめます!」
周囲で止められないほどに激しい戦いを繰り広げていた獣人とドワーフ。
そんな彼らがレイさんの一言でぴたっと動きを止め、次の瞬間には平伏すように謝罪している。
彼らはまだ本物の魔王様に会っていないのでレイさんが魔王だと思っているみたいだし、逆らえないでしょうねえ……。
いえ、宰相だとわかったとしても、結局逆らえないでしょうけど。
「……強さランキングの一位ってレイさんじゃないのかなあ?」
「ほら、あれって幹部以上抜きのランキングだから」
「ああ。そういうことか~」
幹部以上も含めたランキングだったら誰が一番になるのかしら。
当然魔王様と言いたいところだけど、その魔王様やリピアネムさんが逆らえないのがレイさんだし。
案外レイさんが一位とかになるのかしら。




