第657話 君は時任の実力を知らない
「ドリュさん。お疲れ様です!」
「おう」
人間が深々と頭を下げてくる。
少し前までは考えられなかった状況だ。
少し前というよりは、俺たちが蘇生する前までと言い換えるべきか……。
食堂に到着するとそこには何人かの利用者がいた。
魔族だけでなくここにも人類がいる。
この光景にもすでに慣れたものだ。
「魔族以外の住人増えたよなあ」
「そうね。宰相様が順調に人類を捕獲しているから」
とりあえず席を確保して呟くと、アスピダやイアシスが反応した。
俺と同じく、蘇生後の地底魔界に困惑しつつも受け入れようとしている者たちだ。
そんな彼女たちだからこそ、俺と同じような感想を抱いているのだろう。
「やけに魔族に従順なのが気になるんだが」
「なんでも、捕まえた時点で宰相様が心を折ってみたらしいわよ」
「ええ……」
なるほど。それであんなにも魔族に対して下手に出ていたのか。
これまではそんなことをしていなかったはずだが、そのほうが効率的と判断したのだろうか?
「でも、それだと自由にのびのびと働けなくなるからって、それ以降は結局いつも通りの捕獲に切り替えたらしいぜ」
なるほどな。
そう教えてくれたゲフマは、すでにレイ様の方針を受け入れている。
さすがはマギレマ様の直属の部下だ。幹部以外で最初に蘇生された魔王軍の者なので、すでにレイ様の行動には慣れ切っている。
「ただ、あえて心を折らなくとも、宰相様や四天王様、十魔将様のすごさは理解できるのでしょうね。結局は私たちを軽んじる者なんていないわ」
「本当はいるけれど、早々に発見されて四天王様が直々に処理してるみたいだからねえ」
その結果、地底魔界に住まう人類は魔族への敵対心が薄いってわけだ。
なんだったら畏敬の念を送られているような気もする。
……あの宰相様と同族ってことで、何か過剰に恐れられているのかもしれないなあ。
しかも、捕獲された人類にとって、レイ様は宰相様でなく魔王様という認識だし。
「ただ、疎まれていないのはいいけれど、過剰に評価されてる気もするよなあ」
「そうよねえ」
わかる。
俺なんか、ディキティス様の直属の部下というだけで指揮もできて戦闘も優秀なんて思われてるし。
……というか、たまにレイ様もそんな扱いをしている気がする。
原因、あの魔族なんじゃないか?
そんなことを口にすると、イアシスはため息をついた。
サキュバス特有の甘い香りがこちらにまで届くほどだ。
「ドリュはまだいいわよ。実際に戦闘の専門家だし、戦えるじゃない。私はあくまでも医療が専門なのに、なんか戦ったら強いと噂されているんだからね」
そりゃあ不憫だな。
イアシスに戦う力なんてほとんどないからなあ。
テラペイア様は医療のスペシャリストなうえに戦闘もできる。なんなら俺たちよりも強い。
だからだろう。その部下であるイアシスたちも、医者といえど戦えると思われているのは。
「それ、料理人である俺たちも似たような目で見られているぞ」
「マギレマ様の部下だもんなあ……」
「いや、人間たちは昔のマギレマ様なんて知らないはずだ。だから、魔族というだけで戦闘はできて当然と思われている」
「たしかに、マギレマ様の過去を知っているのは蘇生前の魔王軍の面子くらいか」
……そう考えると、転生者たちもマギレマ様の過去は知らないはずだな。
レイ様はどうなんだろう? ……知っていそうだ。さすがに魔王様や四天王様から聞いているだろう。
「下に見られないのはいいけれど、実力以上のことを期待されるのは困るね」
「オーガたちが魔王軍の配下になったことで、最低限あれくらいの力を求められているのよねえ」
俺たち戦闘部隊ならいいが、ゲフマやイアシスは困るだろうなあ。
それにテクニティス様やルトラ様の部下たちも似たようなものか。
「最近では、幹部以外の魔王軍の強さランキングみたいなのまで考えられているらしいぞ」
「ええ……。まさか、宰相様にステータスを聞いたりしていないでしょうね」
そんな恐れ多い人間なんて……。トキトウやナルカミあたりならやりそう。
だけど、あの二人なら俺たちの強さとか、あまり興味無いだろうな。
「ちなみに、そのランキングって誰が一番上なんだ?」
「トキトウちゃんが一番上らしいわよ」
「なんでだよ」
いや、まあそうか? なんでだよと言いながらも、どこか納得する自分がいる。
しんと静まり返った様子から察するに、周りのやつらもトキトウなら納得すると考えているのだろう。
あの子、なんかすごいからなあ。魔王様やレイ様と平気で親しそうに話すし。
イピレティス様やその部下たちに、仲間扱いされている気がするし。
「実際のところ、どれくらい強いんだろう?」
「ナルカミはわりと強いよな?」
「そうね。超位モンスターとも渡り合えるし、戦闘経験を積んだら私やドリュも普通に負けそう」
だよなあ。アスピダの考えにも納得だ。
やっぱり転生者が扱う女神の加護というのはとんでもない力だ。
それを使いこなせる者はほとんどいないため、これまではそれほどの脅威ではなかった。
だが、ナルカミは女神の加護を使いこなしたうえで本人も強い。
足りないのは戦闘経験や搦手への対応策くらいのものだ。
それらを克服したら、地力で負けていそうな俺たちでは敵わないだろう。
「じゃあ、最古参の転生者であるトキトウも強いのか?」
「そうかもしれない」
……日頃の姿を見る限りではそんな風には見えない。
だけど、俺たちは知っている。宰相であるレイ様という存在を。
あの魔族も一見すると戦う力を有しておらず、俺たちでさえ勝てそうな見た目と雰囲気だ。
だが、それが擬態であることはここにいる誰もが理解している。
あの人畜無害な姿から繰り出される殺意にまみれた罠やモンスターの数々。そして、本人もためらいなく自爆をするという恐怖。
あの方を知ってしまえば、普段の姿やイメージなど何の意味もないと理解できる。
「……とりあえず、今後蘇生する仲間たちがレイ様やトキトウに絡まないよう、俺たちで注意しておこうぜ」
「そうね……」
「さすがはレイ様を排除しようとした女とレイ様を新入り扱いした男だな。実感がこもっている」
「言うな……」
「言わないで……」
だって、見た目も態度も新入りだったじゃん!
だから世話を焼こうと思ったのは仕方ないだろ!?
アスピダたちにいたっては、レイ様が上に立つのはふさわしくないとか反旗を翻そうとしていたし。
……俺の仲間、よく今も無事にここで生活できているよなあ。
「え……。そんな恐ろしいことしたの? あんたたち」
「私たちが全滅している間に魔王様に取り入った魔族だと思ったのよ……」
「ディキティス様の説教だけですんで良かったな」
「ほんと、感謝してるわ……」
そうじゃなかったら、下手したら四天王様が直々に俺たちを処分していた可能性すらある。
……うん。やっぱりこれまでの常識で考えたらだめだな。
これは今後の仲間たちにも伝達すべき最重要の話だ。
◇
「今日はモンスター園の日~」
「トキトウさん。お疲れ様です!」
「は~い。まだ疲れてないよ~」
あの人はたしか最近魔王軍に入った獣人だね。
きっとダートルさんって名乗っているリグマさんが、しっかりと教育したんだろうなあ。
私相手でも深々と頭を下げて挨拶してる。
「そんなにかしこまらなくて大丈夫だよ~。私はただの園長だからね」
そう。園長! モンスター園の園長の時任。
かっこよくない? ロペスくんがカジノのオーナーで江梨子ちゃんが海の管理者。
それに匹敵する時任じゃない?
でも、別にそこまで丁寧におじぎはいらないと思う。
「いえ、トキトウさんですから」
「うん。時任だよ」
そう言いながら頭を下げたままの獣人さん。
あれ、なんか紙を持っているね。なんだろう。モンスター園のチラシかな?
……ん? ちらっと見えたけど、なんか私の名前が書いてあったような。
ゲームの世界といえど、なんか文字や言葉は日本語っぽいからね。
ロペスくんとも話ができるあたり、きっと翻訳魔法みたいなのでもかかっているんだと思う。
だから、その紙に書いてある内容もしっかりと読め……。
「地底魔界強さランキング?」
「え、ああはい。仲間内で話していたら、段々と話が広がってこんなものまで用意されまして」
「……な、なんで一位が私なの~!?」
いったいどんな話からそうなったんだろう。
選択肢~わかる~? あ、そう。わかんないよねえ……。




