第656話 アットホームな職場ではありません
「ということで、うちで働くとこれだけお得だ」
「は、はあ……」
俺は執拗なまでに罠で狙われ、回復魔法も回復薬も尽きてなお痛めつけられた。
そうして俺を生かさず殺さず囮にして、仲間もろとも一網打尽にされた。
さすがは魔族だ。残虐極まりない非道さにいっそ感心する。
感心したのだが……。そんな魔王の口から出てきたのは、魔王軍の本拠地で働くといかにお得かという売り文句だった。
「ど、どうする?」
「どうするもなにも」
「あ、あの~……。働かなかった場合は、やっぱり殺されたり……」
「外部との接触を禁止してここで暮らしてもらう」
まあ、そうなるよなあ……。
俺たちは魔王が健在であることを知ってしまった。
冒険者といえど国の情報だってある程度は知っている。
だから、勇者様たちが魔王に敗北するも、魔王の力を削いだという話も聞いていた。
だが、実際に魔王軍の様子を見ると、それがとんでもない嘘だったということもわかってしまった……。
大方、国の為政者たちが見栄を張った。あるいは魔王軍に人類は負けていないと偽りの情報を流して、国民たちの不安を不必要に煽らないようにしたのだろう。
魔王は健在でおそらく四天王や十魔将といった幹部も全員健在なのにな……。
おそらくは、魔王としてもその状況が好都合なのだろう。
だから、こうして実情を知ってしまった俺たちは、もう二度と外に出ることもなく檻の中というわけか……。
「さすがに檻の中で生涯を終えるというのはな……」
「だ、だよね。それならまだ魔王軍で働いたほうが……」
「いや、ここで魔王軍のために働いたら、死後はどうなる? 女神様に救済してもらえず、永劫に忌まわしき者として扱われるんだぞ」
死後も問題なのはわかる。だが、それならここで死ぬまで檻の中か……?
そもそも、檻の中で放置される可能性だってある。餓死は……さすがに嫌だな。
「檻の中はよほど反抗的なやつしか入ってないぞ。外部との接触禁止というのは、あくまでも地底魔界で生活してもらって、外から来た者と会わないようにするだけだ」
「……捕まえておかないんですか?」
「問題児は捕まえるけど、それ以外はダンジョンを除いた地底魔界の範囲内では自由に行動してもかまわない」
「その、逃げたり外部と秘密裏に接触した場合は……?」
「ピルカヤに焼いてもらう」
「ボクが見張ってるからね~。何かする前に一瞬で燃やしてあげるよ」
そういうことか。
四天王に見張られているとなれば、うかつな行動なんてした途端に死ぬだろうな。
だとしても、檻の中にも入れずにある程度の自由を保障するなんて、なんというか思っていた魔王像と違うな。
……いや、それだけ自分や部下の力に自信があるということか。
「……なら、働いても働かなくても同じか」
結局は地底魔界での暮らしを余儀なくされ、生涯をそこで終えるというだけの話。
……そこで一つの疑問が浮かんでくる。
なら、働いても働かなくても同じ生活になるのでは?
そんな疑問は仲間も思い浮かんだのか、一人がつい口にしてしまった。
「それって、俺たちの今後は働いても働かなくても変わりはないんじゃないか……?」
だが、魔王はそれに気分を害することもなく、あくまでも淡々と答える。
……この態度も恐ろしいな。何を考えているかわからない。
そもそも実力さえもわからない。ある程度の戦う力があるようにすら見えず、つまりは俺たちでは実力も測れない存在ということだ。
「さっきも言ったとおり、地底魔界には食堂や温泉旅館やレジャー施設や魔導映写館という施設が揃っている。従業員は優先的に利用できるからお得だ」
人類より余裕がある生活をしていないか?
人類にもその手の施設を楽しめる余裕がある者はいるが、大抵は金持ちか身分が高いか実力が高いかのいずれかだ。
南の国サンセライオでさえ、一般人が毎日娯楽にふけるなんて生活はできないからな。
「仕事中はさすがにやめてほしいが、基本的には毎日利用可能だぞ」
「ま、毎日ですか……」
それだけの好待遇が獣人や人間である俺たちにも?
なるほど。日の光は二度と浴びられないが、それ以外は地上にいたときよりも破格の待遇ということなのか。
罠にかかったときは死ぬかと思ったし、その後も死ぬまで捕らわれるのかと思っていたが、それよりもはるかにまともな待遇だ。
「二度と地上に出られないが、それでも十分すぎるな……」
俺の言葉に仲間たちも頷く。
さすがにここで下手に逆らうなんて暴挙に出るつもりもないのだろう。
「いや、従業員として働くのなら、信用できると判断した時点で外出許可は出せるぞ」
「え?」
地上でも活動できるのか?
……魔王軍。思っていたのとだいぶ違うんだけど。
◇
「なんか毎回えらく驚かれるよな」
捕獲した人類にその後の道を提示するも、逆らって暴れ出す者たちはほとんどいない。
その手の者は四天王がその場で対応してくれるからいいとして、それ以外の者たちは同じように困惑する。
「そりゃあ、人類からしたら意味わかんない提案だもんなあ」
「福利厚生が足りないか……」
やっぱり地上か。地上から隔離することが問題か?
でも、ある程度信頼できる者ならピルカヤの監視付きで外出許可も出すのに。
「むしろその逆ではないでしょうか?」
「え、福利厚生が多すぎると困るってこと?」
いや、そういえば前世でも心当たりはある。
アットホームな職場なんてうたい文句は、むしろその逆であるという印象が根強い。
今ではブラック労働の常套句みたいなイメージだもんなあ。
「なるほど。つまり逆でいけばいいと」
「いえ、レイ様」
「勧誘すべき人類はまだ他にいたな。次はちょっと試してみよう」
「あの、レイ様」
「諦めろプリミラ。レイくんはまず試してからじゃないと納得しない男だ」
そんな会話をしているうちに、ディキティスが次の人類たちを連れてきてくれた。
よし、いいタイミングだ。
「魔王様の前だ。頭を垂れろ」
ディキティスに命じられ冒険者たちが平伏する。
いつもならここで地底魔界をプレゼンして、働いたほうがお得ですよとアピールするところだ。
「お前たちには今後ダンジョンのテスターとして、あらゆる罠とモンスターの効果を検証してもらう」
「レイ様!?」
プリミラの驚愕する声に冒険者たちも驚いている。
珍しいな。彼女がこういった場で、そのような失態を犯すとは。
「し、四天王が恐れてる……」
「俺たちどうなるんだよ……」
「あらゆる罠とモンスターの実験? それって、そういう刑罰ってことよね……」
なんかみんな目が死んでるぞ。どうなっているんだ。
これではさっきよりも、ブラックな職場に就職してしまった者たちのような反応じゃないか。
「それか地底魔界で働くか。どちらか選べ」
「地底魔界で働けば殺されない……ということでしょうか」
ダンジョンのテスターだって殺されないだろ。
何か勘違いしているな。こいつら。
「なら、働くほうを選ばせてください……。あの悪辣なダンジョンでの実験は勘弁してほしいです」
なるほど。たしかにこっちの勧誘のほうがすんなりと終わった。
困惑している様子もないし、きっとそのほうが人類のイメージする魔王軍に合っているんだろう。
ディキティスたちに連れていかれた冒険者たちの後姿を見て、俺は一仕事終えた満足感で頷くのだった。
「どうすんだよプリミラ。レイくん、あれを成功体験だと思ってるぞ」
「や、やはり私のせいなのでしょうか……」
後日、なんかプリミラの必死の説得で福利厚生のアピールに戻すことになった。
いいのかな? その説明のたびに困惑されて時間がかかるけど、そっちのやり方で本当に大丈夫かな?
「レイのダンジョン実験の勧誘。あれ勧誘というか選択肢を与えてないからね?」
「そうかあ?」
「死刑か強制労働の強要でしかないから」
「それはまずいな」
一応こういうのは自由意志が大切だからな。
やる気がない者たちを働かせても、何もいい結果は産まれないだろう。
そうなると行く行くはこちらの首を絞めるだけだ。
働いてもらう以上、本人にやる気を出してもらうためには、最初の勧誘をこれからも続けるとしよう。
◇
「へえ、じゃあお前らも俺たちと同じ時期にここで働くことになったわけだ」
「ああ……。魔王様に死ぬか働くか選べと言われてな」
「え? 働いても働かなくてもあまり変わらないって話じゃなかったけ?」
「いや、働くかダンジョンの実験台になるかを迫られた……」
「お前らなにしたんだよ……。魔王様の怒りに触れたんじゃないか?」
「や、やっぱりそうだよな!? 今からでも謝りに行ったほうがいいよな……」




