第655話 人の心は行方不明
「駄目!」
「アナンタ、なんか口調がおかんっぽくなってるな」
「どこに注目してんだぁ! お前は!」
いや、なんかわがままをばっさりと却下する母親みたいだったので。
……俺の場合はそんなやり取りはなかったけど。
「とにかく駄目だからなぁ?」
「駄目かあ」
「むしろなんでいけると思ったんだよ。お前、侵入者を即死させる気かよぉ」
それはなんというか……。
「興が乗った?」
「お前、いつか人類の大敵として討伐されると思うぞぉ……」
何を今さら。
こちとら転生直後で人類に殺されかけて、勇者にも殺されかけて、転生者にも殺されかけたんだぞ。
今さら魔王軍以外が俺の味方をするなんて思っていない。
「ただ、さすがにバランス壊すなあとは思っていた」
「なら、なんで提案してんだよぉ」
「聞いてもらおうと思って」
「え、なんで? 俺の胃に負担をかけるためだけの会話なの?」
いや、実現しないにしても誰かに聞いてほしいじゃん。
粘着温泉と上昇床で逃がさずに確実に潰す罠コンボ。
「最近わかってきたんだけどよぉ」
「どうした?」
「お前は一人ではそこまで暴走しない。いや、するけど俺に提案する前にやめるようにはなってきている」
「そうだな」
「ってことは、お前を暴走させた共犯がいるってわけだよなぁ」
……まあ、そのあたりもわかってしまうか。
「俺はお前だけでなく、そいつらにも説教が必要だと思っている」
困ったな。仲間は売らないぞ!
俺が怒られるだけならいいが、他のみんなが怒られるのはよくない。
アナンタは四天王の分体だからこれでわりと偉いんだ。
そんなやつにお説教なんかされたら委縮するかもしれないじゃないか。
……いや、一部はしないな。
「お前がかばうってことは、俺が叱ることで意味がある相手だよなぁ」
「いや、そんなやついないから平気」
「それはそれで傷つくからなぁ!? 四天王の分体だぞぉ!」
しまった。共犯をかばったらアナンタが傷ついた。
繊細なスライムめ。あとでパフェを用意してもらおう。
「まあだいたい見当はついた。ゼラシアめ……」
「ナツラとイピレティスとディキティスの可能性もあるぞ」
「そいつらは俺の説教なんて効かねえんだよぉ。お前と同じでな……」
立場的には四天王と同等なのに……。
そんな同情の目を向けたせいか、アナンタは細い目でこちらを睨みつけるのだった。
◇
「ということで、アナンタにばれた」
「すみませんでした」
「言い訳しないし、その場しのぎの謝罪でもないんだけどよぉ……」
そう。ゼラシアは昆虫人という種族のためか、立場をしっかりと重んじる。
だからアナンタが叱ればしっかりと反省するし、こうして誠心誠意謝罪だってする。
「それじゃあ、もう同じようなことはするなよなぁ」
「あ、それは無理です」
「だろうね!」
アナンタもこれでゼラシアが反省して、次からはダンジョンに対する意見を言わなくなるとは思っていない。
過去に何度か似たようなことがあったからなあ。
「巣の防衛は大切です」
「それはわかるんだけどなぁ」
「なので、昆虫兵を囮にして侵入者を確実に殺しましょう」
「お前、下手したらオーガより怖いんだよ」
ゼラシアだもの。
俺と気が合うだけあって、味方も敵も容赦なく葬り去る女だ。
昆虫兵ってモンスターと違って復活はできないけど、彼女にとっては使い潰すのが当然なんだよな。
彼女というか昆虫兵たちでさえ、そういう生き方が当然だと思っている。
「モンスターに任せればいいんじゃねえかぁ?」
「いいえ。魔王軍に保護されている以上、私たちも役に立ちたいので」
「労働力として役立っているじゃねえかぁ」
「いいえ。たまに死ぬことで、それらを克服した強い次代が産まれるので」
「徹底して種の存続に割り切りやがって……」
岩で潰したら、岩耐性を持った昆虫兵が産まれたからな。
ただ、継続して攻撃し続けないといずれ耐性も薄れるのが難点だ。
「昆虫兵用に、岩の間を開放しておこうか?」
「お前のそれ、本当に善意だから怖いんだよなぁ……」
でもゼラシアは悩んでいるじゃないか。
結局、岩に特化させるだけでは駄目なので、今は対侵入者用の強化を優先されてしまった。
「まったく……。お前、ほんと加減しろってぇ。そのほうが上手くいくからな?」
「それはわかるんだけど」
「一回、俺が言ったように加減してみろって。そうすりゃ間違いないってわかるから」
「仕方ない。じゃあたまにはアナンタの言うとおりにやってみよう」
「お?」
◇
「……よしっ。モンスターたちはひとまず倒せたな」
「ああ。気を付けて進もう」
獣人と人間。種族の垣根を超えたパーティが前に進む。
元より冒険者たちは国への帰属意識が薄い者も多く、それ自体はなんら珍しいことでもない。
ゆえに、つまらないことにとらわれずに、最適の面子でダンジョンへと挑むことができているのだ。
「おっと」
「あ、ごめんね」
だからこそ、彼ら彼女らは下手な王国の騎士や戦士以上に仲間を大切にしている。
人間の女性が罠を起動させた瞬間、それを守るように獣人の男性が身を盾にした。
幸いなことに、このダンジョンの罠の威力はそこまでのものでもない。
ならば頑丈な自分が多少の怪我を負うだけで済むのが一番だ。
「回復回復っと」
事実、被害は最小限へと抑えられ、その被害も自身が守った仲間の魔法ですぐに消失した。
このやり方に間違いはない。今までもこれからもそのやり方で進んでいく。
そう確信していた彼らの心は、いともたやすく折れることとなった。
「どけっ!」
乱暴に仲間を突き飛ばす。申し訳ないと思うが配慮している余裕はない。
獣人である自身の力で仲間の体は遠くへと飛ばされる。
それを確認して安堵するくらいしかできなかった。
「ぐうっ!!」
仲間が起動させたのは火球の罠。ただし、それは従来のものと違う。
対象を焼き焦がす罠ではなく、触れた途端に爆発して吹き飛ばそうとするような罠だ。
爆発だけならまだいいが、この罠は単なる火球ではないらしい。
金属片のようなものが交ざっているらしく、それらが爆発の勢いで周囲に飛び散り被害を及ぼす。
仲間を守るためには己の身で全てを受けるしかない。
「ま、待ってて! すぐに治すから!」
突き飛ばした際に自身も怪我をしたというのに、彼女はそんなことを気にせずに一心不乱にこちらを治療する。
痛みにはある程度強いとはいったが、さすがに何も思わないわけではない。
……なんとも嫌らしい罠だ。男はそう思い苦笑するしかなかった。
「もう大丈夫だ」
「で、でも」
治療により最低限は動けるようになった。
それを確認して獣人の男は治療を切り上げさせる。
仲間たちが心配そうにするが、あまりここで消耗するわけにはいかない。
「魔力の消費が想定よりも多い。このままだと、道半ばで回復できなくなる」
男の言葉はもっともだった。
幸いなことに罠により再起不能とはなっていない。
だが、仲間たちを守り続けてきた男だけでなく、回復魔法の使い手たる少女もすでにぼろぼろになっている。
回復を続けてきたことで、魔力を消耗しすぎた。それが隠し切れない疲れとなって表に出ているのだろう。
「っ! 下がれ!」
後方から仲間たちを守るのが男の役割だ。
だから、彼はいつも最初に罠の起動に気が付き、そして仲間を守って身を盾にする。
「な、なんでだよ! 罠を起動させる仕掛けには触れてないのに!」
それでも罠は起動する。
冒険者たちは度重なる仲間の負傷に、まともな精神ではいられなくなっていた。
仲間たちとならばどこまでも進めると思ったダンジョンの道。
それが先も見えない不気味なものにしか見えなくなっている。
「か、回復!」
それを繰り返すことで、ついには魔力は尽きてしまう。
少女に残されたのは、気を失わない程度のほんのわずかな魔力だけ。
かといって物資もすでに失った。保険として持ってきた回復薬も魔力回復薬もすでに使い切った。
「く、くそっ! 撤退するぞ!」
獣人はまだ生きている。
だが、足の怪我は彼の自由を奪い、これまで仲間を守ってきた大きな体はパーティへの負担となってのしかかる。
仲間たちが協力して獣人を運ぶも、その姿はあまりにも無防備だった。
「モ、モンスター……。こんなところで」
そんな状態で、新たに現れたモンスターたちの相手などできるはずもない。
彼らは心が折られ、そのまま一人残らず意識を失うこととなった。
◇
「たしかに、アナンタが言うとおりだったな。足手まといを作ったほうがやりやすい」
「そういうこと言ってんじゃねえんだけどぉ!」
でも、うまくいったじゃないか。
しっかりと連携していて地力も高い。そんなパーティを一人残らず捕獲できたぞ。
うまくいけば、タイラーたちみたいに頼れる冒険者の仲間になってくれそうだ。
「この調子で生かさず殺さず足手まといを作って生餌にしよう」
「お前ぇ……。魔族が勘違いされる発言するなよなぁ」




