第610話 あなたがサキュバスじゃなくてよかったです
「まずは、影冠樹の様子を見てみないとな」
「それでしたら、私も一緒に」
「ああ、頼む」
俺の言葉を聞いて、クララが申し出てくれた。
たしかに、クララなら影冠樹の状態を、正確に診てくれるかもしれない。
きっと、フィオナ様が大量に魔力を吸い取ったから、残量はだいぶ減っているんだろうなあ。
またしばらく、あの魔族は貯蓄フェーズに入ることだろう。
そんなことを考えながら、影冠樹を生やしているプリミラの畑まで向かう。
転移魔法陣に乗ったら、後は一息で……。
「……転移しないんだけど、なんでだ?」
「少々お待ちください」
クララが魔法陣を解析する。
さすがは専門職。俺には理解できないが、魔法陣の魔力や反応を見て、何かを一つずつ調査しているようだ。
「わかりました。どうやら、起動に必要な魔力が、不足しているようです」
「魔力が? そんなに大量に必要なんだっけ?」
普段何気なく使っているけれど、そんなことは意識したことがなかった。
もしかして、あらかじめクララたちが、魔力を補充してくれていたのか?
それで、利用しすぎると、使用不可になってしまうとか。
「いえ、そこまでの魔力は必要ないので、一度設置してしまえば、周囲の魔力を吸収し、いつまでも使えるはずなのですが……」
「じゃあ、俺たちが、魔法陣に魔力を込めれば、また起動できる?」
「そのはずです。それでは、私が」
クララは、しゃがんだまま、魔法陣に手のひらをかざした。
おそらく、魔力を注いでいるのだろう。魔法陣の輝きが、心なしか強くなった気がする。
だが、それも一瞬で、次の瞬間には、またもとの状態に戻ってしまった。
「……光が弱くなった気がするんだけど、これって起動してるのか?」
「いえ……。おかしいですね。魔法陣の魔力が、また不足しています」
「とりあえず、歩いて向かうか」
「すみません……。お役に立てず」
「いや、魔法陣の解析なんて、俺じゃできなかったし、もう役立ってくれてるから、気にしないでくれ」
というか、読めてきたぞ……。
俺の予測が正しいのであれば、プリミラだけでなく、ダスカロスにも参加してもらおう。
◇
「さて、影冠樹は……」
「え、影冠樹が……」
ああ、やっぱり。影冠樹が、最初のころと同じ状態に戻っている。
魔力が足りず、周囲から無差別で魔力を吸っていたころと、同じ姿だ。
太い幹は、弱々しい見た目へと変わっており、そこから伸びる枝葉は、元気がなさそうにしなだれている。
「フィオナ様。やらかしたな」
「あの……まさか、魔王様が、ここまで魔力を吸ってしまったのでしょうか?」
「……あの魔族、熱くなったら、わりと止まれないところあるかも」
そういえば、いつもの延長でからかったときも、後に引けなくなって一緒に温泉に入ろうとしたこともあったっけ……。
そう。追い詰められると、なんか理性が弱体化するんだ。あの魔族。
「……宝箱でハズレを引き続けた結果、魔力を根こそぎ使い尽くしてしまったと?」
「前科があるから」
「そ、そうなんですか……」
俺とプリミラ以外は、直接見たことはないけれど、玉座の魔力を全部溶かしたことがあるんだよ。フィオナ様って。
それを思えば、この結果にも、もはや納得しかいかない。
「転移魔法陣も、影冠樹がこの状態だから、起動できなかったのかもな」
「あり得ますね……。この状態の影冠樹は、手近な魔力を吸収します。魔法陣のわずかな魔力さえも、吸収し続けていたのかもしれません」
「だから、クララが魔力を注入した矢先に吸収されて、魔法陣はすぐに起動できなくなったんだろうな」
「はい。そう言われれば、納得できます」
……待てよ。前の影冠樹は、俺のダンジョン魔力も吸収していた。
当然だ。一番膨大な魔力だし、ダンジョン内のどこにでもあるのだから、影冠樹にとっては、良い餌だろう。
……見るの嫌だなあ。これから、溜めようとしていたのに、がっつりと減っていたらダメージも大きい。
……頼む、あまり減っていないでくれ!
あれ? なんか、思ったよりも減っていない。いや、そもそもまったく減っていないんじゃないか? これは。
「どうしました? レイ様」
「ああ、なんかダンジョン魔力が」
クララに説明をしようとするが、それは松明からの声に中断された。
『二人とも~』
「どうした? ピルカヤ」
「なんでしょうか? ピルカヤ様」
『ダスカロスから、連絡があるよ~』
「わかった。つないでくれ」
あちらはあちらで、フィオナ様を叱るプリミラを見ていたはずだ。
もしかして、プリミラが叱りすぎているので、止めてほしいとか?
『レイ、クララ。影冠樹の様子はどうだ?』
「ああ、枯れてる」
「はい。安定前の状態に戻っております」
『やはりか……』
どうやら、ダスカロスは俺たちの報告を聞くまでもなく、状況を予測していたみたいだ。
というか、ピルカヤのおかげで、枯れている様子も一目瞭然か……。
まあ、どの道現場には向かう必要があったし、来たことが無意味ということも、ないだろう。
「わかっていたのか?」
『いや、魔王様の話を聞きながら、一つ思い当たったことがあってな』
「フィオナ様が、魔力を影冠樹から吸いすぎて、枯れてしまうってこと?」
『ああ。どうやら、魔王様は、相当に魔力を消費していたらしい。プリミラは今も説教中だ』
だろうなあ……。かつての玉座のときと同じだもんな。
『そして、魔王様の不運が続いた理由も、薄々理解できた』
「わかったのか? すごいな」
そっちのほうは、こちらは全く見当がついていないのに、さすがはダスカロスだ。
俺たちが少し調査している間に、答えはほぼ出てきたらしい。
『おそらく、影冠樹の怒りだろうな』
「怒り……」
『今回の影冠樹は、魔王様により力を奪われた。それを理解しているのだろう。だからこそ、主に魔王様の魔力を狙い、吸収しているのだと思う』
それで、俺のダンジョン魔力には影響がなかったのか。
ただ、全てがフィオナ様の魔力狙いというわけでもないはずだ。
現に転移魔法陣の魔力は、影冠樹に吸われ続けていた。
なるほど、それで〝ほぼ〟と言ったわけか。
「転移魔法陣の魔力も吸われていたっぽいぞ」
『そのあたりは、所有者のいない魔力なので、影冠樹も遠慮していなかったのだろうな。だが、私たちの魔力は無事であり、魔王様だけが被害にあっている。これは、影冠樹が、魔王様を標的に定めている可能性が高い』
植物にも意思はあるなんて話は、こちらに来る前でも聞いたことがある。
であれば、魔力をふんだんに吸収している影冠樹なんてものは、あちらよりも明確に意思を持っていそうだな。
『魔王様に関する魔力を吸うことで、攻撃をしかけていたのだろうな』
「もしかして、天井が崩落したりしたのも?」
『魔王様の頭上の魔力を吸収し、ダンジョンの力を弱めた。そうすれば、崩落を起こすことは可能だ』
「よく転んでいたのも?」
『足場の魔力を吸ったのだろうな。そうすれば、バランスを崩すことにもつながる』
「影冠樹すごいな……」
『本来ならば、そのような結果につながることはない。だが、執念が勝ったというべきか、あるいは、もはや祟りと呼べるものかもしれない』
影冠樹って、地底魔界にとってのご神木みたいに、しようとしていたからなあ……。
前の世界でも、土地の開発でご神木を切り倒したから、作業者が呪われたなんて話だって、聞いたことはある。
そうならないために、お祓いとかしていたらしいし。
「とりあえず、フィオナ様には影冠樹に謝ってもらおうか」
『それが良いだろうな。今から、魔王様とプネヴマを向かわせる』
「なんでプネヴマも?」
『元々彼女は悪霊だ。呪いにも詳しいだろう』
そういえば、そんな話だったな。
今でこそ、なんか急に奇声を上げて倒れる幽霊だけど、昔は怖い存在だったらしい。
「わかった。それじゃあ、俺たちはここで待っておこうか」
『そうしてくれ。魔王様の周囲にいると、私たちも巻き込まれかねない。まずは、影冠樹の怒りを早急に解決しよう』
……なんか、思っていたよりもしょうもないけれど、思っていたよりも大変なことになったなあ。
「……悪かったな。影冠樹。うちの魔王様が」
俺は、元気がなさそうな影冠樹に触れながら、そう謝ることしかできなかった。




